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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?  作者: ユメミ


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一人と一匹の冒険 3.自覚しない気持ち


 《魔獣研究予備室》は未だかつてない静寂に包まれていた。


高難易度の魔獣を鞣した(なめした)ソファーは高級品で。革の上質さから人が身動ぎしても音が出ないほど滑らかだ。

質のよいティーセットのカップは使う人が上品だから音がしない。

慎一郎の魔力が行き届いた壁紙は音を吸収する。

理由はたくさんあったが今回は違った。


部屋の片隅で頭を抱えた白衣を着た銀色髪の男を一瞥して。

ヴォルグはため息交じりに呟いた。


「だから寝ろと言ったんだ」

「違う………。寝不足の失態じゃない」

「お前そんなに不測の事態に弱かったか?」

「違う………。違うんだ」


ヴォルグは音もなく紅茶を飲みながら、先程怒鳴りつけてきた少女を思い出していた。

ついさっきまでここは阿鼻叫喚の混沌の中にあったのだ。



 「なにが「貴様ここでなにしてる」ですか?!

失礼は承知してますけど!

この可哀想なふわふわちゃんを一人ぼっちにするなんて正気ですか?!

生き物は!寂しいと!死んじゃうんですよ?!」


真神は少女が激怒する姿を初めて見たかもしれない。

いつもヘラヘラ笑う少女の変貌に面食らう。


「可哀想………?」


「かわいいこの子ですよ!」 


「かわいい………?」


りんは背後の紫の物体に手を添えるようにヒラヒラした。

とうの《かわいいこの子》は首を横に振っている。


「あ!また叫んじゃった。

ごめんね。ふわふわちゃんBIG」


「BIG………」


「あ!真神先生!

ダメですよ!ほがらかに怯えます!」


「おびえ………こいつが?」


ヴォルグはりんが背後で庇うようにしている、不格好で不気味なほど大きい紫色の毛達磨を見つめた。

前回も見たふわふわの集合体。

慎一郎はまた彼等のメンテナンスのために身に纏わりつかれたらしい。

翡翠色の瞳がもう決壊しそうである。

その頭上で湯気がたっているように見えた。


その様子にヴォルグは全てを悟ったのだ。



 それも過ぎ去った。

今はそんな騒動が嘘のような静寂の中ヴォルグはくつくつ笑った。

背後から感じる非難めいた緑の瞳の視線は無視した。



「『ここの主は多忙でな。

もし気が向いたらこいつに会いに来てやってくれないか』

とか。


『ここの主は恥ずかしがり屋でな。

ドアを開ける時ノックしないと姿をくらます魔術をゆうしている』とか!


『出来れば一週間に一度は顔を出してやってくれ。

人見知りの改善にもなるし、ここの主は拒まないだろう』

とか!


どんどん話が後戻り出来ない方向に、なんで?していくの?

君すっごく性格悪いよね?」


「は!お前の嘘を上塗りしただけだ」

「動転して話せなかったんだよッ………」


どんどん小さくなろうと縮こまる巨体の後ろ姿は滑稽だった。ヴォルグは鼻で笑いながら紅茶に添えた茶菓子を摘む。

甘い香りを口内に回すように味わって。

それに満足してからまた慎一郎の方向に振り返った。


「お前。教師辞める気か」


「辞めない。ありえない。絶対認めない」


「ふむ。学生に戻るのは造作もないがな。リリス様はそこら辺柔軟な方だ」

「そういう問題じゃない………」


目の前の腐れ縁の葛藤が手に取るようにわかる。

ヴォルグもつい最近そんな衝動に襲われたのだから。

ただ慎一郎には「希望」がある。

ヴォルグは意地悪というより純粋な手助けをした気分だった。

ただ。

慎一郎にはあまりに自覚しがたい事らしい。



「かすみ草の花言葉は『純粋な心』だ。

現に廊下には色とりどりのかすみ草の花弁が散乱していた」


「言わないで………」


「あの花はお前の好きな花だな。

「幸福」「感謝」「清らかな心」「無邪気」「親切」が代表だ。

白は「清らかな心」。

ピンクは「感激」。

青(水色)は「清い心」。

本来はーーーー」


「やめてよ!意地悪!」


振り返った涙目の男の顔。

それがさらにヴォルグの笑いを誘った。

慎一郎は若返っていたのだ。


りんと岸の前で紳士面していた慎一郎はアラサーといった風貌だった。

不幸な子供達を救い出し、養子を斡旋するに足る地位と威厳を醸し出していた。

ズボラな質をなんとか高級品で取り繕っていた。


だが今は見た目は10代後半。

とても教員を務めている年齢には見えなかった。

白衣は、相変わらずくたくただ。

髭を剃る必要のないツルツルな肌なのはいいが、目の下の隈がいただけない。

髪は伸びていた。


ーーーああ。こいつは元々髪が伸びやすい体質だったな。


とヴォルグは思い出した。

最初は身繕い出来ていないことへの動揺でふわふわを手放せなかったのだろう。

途中から身の変化にますます逃げ道は塞がれ。

その逃げ道をヴォルグが完全に絶ったのだ。



「今ならあいつらの四つ上の学年の学生に戻れそうだぞ」

「きみ。面白がってる?」

「あぁ。面白いさ。まさかな。

生き物オタクのお前が『初恋』とはな。

それも。希少種。女だ。まともな感覚を持っていて驚いた。

俺はお前は魔獣と結婚すると聞いても驚かない覚悟をしていた所だ」


ヴォルグは眼鏡を外し布で拭く。

まだモゾモゾ動く白いものはもう見なかった。


「どうしよ。身体年齢に精神が引っ張られるなんて………。

失格だあ………。失格………」

「めでたいじゃないか」

「あり得ない………ありえないよ」

「悩め。若人よ」


「ヴォルグくん!君も僕と同い年じゃないか?!」


もうこれで駄目だった。

ヴォルグは腹を抱えて声も出せない唸りと共に肩が震える。


「君。ほんとに面白いと。声出さないタイプだよね」



「くッ………俺はな。

『いつか現れる『純粋な伴侶』を迎え入れるために道を花畑にするし、それに値しない人は惑わせちゃうぞ』魔術など開発せん。

それを自分のテリトリーに編み出して組み込むほど、ロマンチストではないな」


「それ………覚えてたの………」


慎一郎の耳や首など真っ赤だ。


「佐藤 りんは『迷子救済防衛システム「かすみ草」』と名付けていたな。

お前よりはセンスある」


「それが一番否定出来なかったよ………」


「かすみ草の妖精姫か………」


「ほんとにほんとに。過去の自分を捻り潰したい………」


「ぶッ………ぐふふ。

自分が見出した勇者候補をッ………。

王子様を目指している性自認《無》を『姫』。救いようない………」


「ほんと。あの子に顔向け出来ない」


 ヴォルグの腹がねじれ、慎一郎が泣きそうになっている頃。


りんはふわふわちゃん101号を抱えながら帰路についていた。

学園の門には豪奢な紫色の馬車。

この世界にも車がある。

驚いたことに空飛ぶ車だ。


だけどリリスは馬車が好きらしい。

馬車と呼んでいいのかわからない馬型の魔獣が鎧のようなものに身を包んでいる。

だからビジュアルの攻撃力が目にも物理的にも高い馬車だ。


御者席に紫色の肌をした使用人。

厳密にはリリスの《(しき)》がその役割をしている。

リリスの魔術で生み出した人形らしい。


りんが声をかけるとそれは会釈する。

会話しようと心がけるけど顔もないし声も出さない。

リリスは人形なのだから気にすることはないとは言うのだけど。


どうもこれはりんが元日本で暮らしていたからだろうか。

機械にも命があるのでは?なんてアニメがあった国で育ったからか。

こちらに反応していじらしく動くものに、どうも感情移入してしまう。


 馬車の扉が開きオレンジの耳がピクピク動く麗しい執事が現れた。

彼女は一瞬でりんの所に瞬間移動すると、鞄を流れるように奪い腕を差し出す。

エスコートの所作だ。


りんよりも女性らしい白哉にエスコートされることに最初こそ驚いたけれど。

「淑女の気持ちも味わってくださいませ。

きっとりん様の知見の実りになります故」


と優しく諭されれば嫌な気はしない。


「りん様。本日は少し気落ちされていますか?」


「え〜。うん。わかる?

ちょっとね………。期待してたことが叶わなかったと言うか」


「おやおや」


「期待って。すると辛いよね。気を付けなきゃ」


「ふむ………。『期待は他者にではなく、自身にするべきである』とは聞きますね」


「それだあ………。反省………」


りんは振り返った。

ここからは見えないあの塔の上で香った匂いに思いを馳せた。


花畑のむせ返る甘い香りの中。

かつて嗅いだ清潔感のある鼻にツンとした香り。


救急箱の匂いと思っていた。

現に養護室が近くにあったから。


だけどあの《魔術研究予備室》の中に入った瞬間、それは濃厚に香った。


本棚の古い紙の匂い。

インクの匂い。

保存液の匂い。

飾られている観葉植物の匂い。

森の中の瑞々しい葉の香り。

土にまみれたような獣の匂い。


その全てを合わせたようなあの人の匂いだった。

脳裏に浮かんだ銀髪の紳士を思い浮かべた。


真神教諭の声がした時。

その時も期待したのだ。


ーーー『御嶽さん』が部屋の主じゃないかなって。

真神先生。一緒じゃないかな。


と。

たまに香るのだ。真神教諭からもその香りが。

だから。

知り合いかな。 

ビジネスパートナーかな?

くらいに期待してしまったのだ。


ーーー現し世で、養子斡旋のお仕事してる方だもんね。

この学園にいるはずないよね。


りんはふわふわちゃん101号をぎゅッと抱きしめた。


「うきゅ?」


「ん?大丈夫。お別れは慣れてるから大丈夫」


ーーー『また来るね』とは言わなかったもんね。


りんはほろ苦い気持ちを笑顔で隠しながら白哉を見上げた。


「白哉さん。リリスお母様におねだりしたいの。

どうしたら鼻血出させないようにおねだりできるかな?」

「それは………。

未踏のダンジョンに挑むより難解です。りん様」

「じゃあ。今日も栄養のある夕食とティッシュお願いします。白哉さん」

「お任せくださいませ」


空はすっかり茜色から群青色になる。

温かいおうちが待っている時間だ。


「りん様。馬車に甘いマカロンがおやつにありますよ」

「りん様。本日のデザートは巨大パフェにしましょうか。天界苺と冥界シロップがたっぷりですよ」

「りん様。岸くんも夕食にお呼びしましょうか?」


過保護な白哉に甲斐甲斐しく御世話をされながら、りんはふわふわちゃん101号を撫でた。


見た目は禍々しいのに室内は温かい内装の馬車に揺られながら、りんは力を抜いた。

クニャクニャになったりんの腕を白哉が揉んでいる。

同じくらいハチャメチャなのに優しく温かいリリスの待つおうちへ帰るのだった。



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