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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?  作者: ユメミ


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雷クラスへの挑戦 8.過去の敗者の安住の地

 真神は回廊を一人で進む。

学園は昼間のお祭り騒ぎが嘘のように静まっていた。

世紀の偉業を「落ちこぼれ候補」の九人が成したのだ。

歴代挑戦者は歯噛みし、目の前で見守ったはずの見物人ですら、酷い嵐の生み出す妨害磁場で詳細は見えなかったのだ。


九人が成し遂げた偉業は教諭陣しか詳細は知らない。

それが更なる熱気の坩堝を呼んだ。


やっかみは羨望に。

嫉妬は畏怖に。

理解できない事は神格化される。


ーーーそれに相応しいことをしたのだ。

あの規格外(イレギュラー)どもが。


導くものとして簡単には賞賛はしない。

自分はその役目にない。

真神はそう考える男だった。


城郭にある数ある監視塔の中の一つの階段を上がっていく。


ガツガツ足音を鳴らしながらたどり着いたのは《養護室》のさらに上の階。

最上階の《魔獣研究予備室》の扉を開けた。



「慎一郎いるか」


「ん………。ごめん。今手が離せないんーー。ヴォルグくんか」


そこにいたのは。

紫色のふわふわに全身塗れて翡翠色の瞳だけが見える、一見すると化け物だった。

ヴォルグ自身も塗れた過去があるが、それにしてもふわふわの量がエゲツない。


「あ。真神先生。お疲れ様」


紫色のふわふわ達磨が会釈する。


「時間外だ。ヴォルグでいい」


「わ………。もうそんな時間か。今日も残業だな」


慎一郎は頬を掻く。そこの部分のふわふわが身動ぎした。少し細かい脚らしきものが蠢いている。

見る人が見ると気持ち悪い部類かもしれない。


「また………そいつら撫で回してたか」


呆れとも取れる目つきでヴォルグは紫色の毛達磨を一瞥する。


「違うよ。定期検診。

これからこの子達。本来の役割に戻るからね。

リリス様の言付けでメンテナンスがてらね。

あ〜運動不足の子がいるなあ。動き悪い」


「人造魔素生物だろ。個体差あるのか」


「立派な《生物》なんだよ。

侮ったから、僕等は五年前《合格者》にならなかった」


翡翠色の瞳がそっと閉じられた。


「岸くんはヴォルグ君タイプだね。常識人の心配性だ」

「佐藤 りんがお前タイプか。生き物に向こう見ずなところが」


慎一郎はふわふわの中でクスクス笑った。

笑う度にふわふわが跳ねて本当に紫色の怪物のようだ。


「僕。昔身体小さかったから、君に引きずり出されたもんね〜。

そこは彼女のほうが握力と説得力が強かったみたいだね」


「あとは岸の服が千切れなかったせいもあるな」

「それ、ヴォルグ君の成果じゃん」


 緑の蔦が壁紙の中で静かに蠢き脈打っている。

様々な薬品、魔獣のホルマリン漬けが壁一面にひしめいている。清潔で掃除は行き届いているが、あるものが摩訶不思議で統一性がなく鬱蒼としている。

地域性のぐちゃぐちゃな温室にいる気分になる部屋だった。


「やっぱり勇者は「皆を集わせるもの」だと思うんだ。

りんさん一人では岸くんを救えなかった。

岸くんがいなかったらふわふわはあんなに懐かなかった。

彼女の周りに化学反応が起きるんだ。

皆を惹きつける光こそ勇者さ」



「そこの見解は俺とお前の違いだな」


ヴォルグは奥に据えられたソファにどかりと座った。

指をパチンと鳴らし棚から勝手にティーセットを配置した。

ふわふわに埋もれた慎一郎を横目に、一人だけ優雅に紅茶を啜る。


「勇者はカリスマだ。圧倒的力への渇望だ。

弱肉強食の世界では、仲良しこよしでは蹂躙される。


猿田 一彦や星・デウス、アンテ・クオニ程の猛者達が何故鍋を囲ったと思う」


「え。彼女………出てきてた?」


慎一郎が思い描いたのは怒りに震えた直毛の乙女だ。


「あいつら夜中も攻略しようとしやがった」


「考える事は皆似てるんだね?」


「昔の僕等みたいだ」と慎一郎は笑うがヴォルグはげんなりしている。

己の黒歴史を体現する若者を見るのは、こんなにも精神が削がれることを知らなかったのだ。


「確かに《学園登校時間内》とは書かなかったからな。


夜は難易度が上がると身を持って学んだらしい。

1日目しか来なかったな。

その時遭遇していた」


眉間を抑えソファの背もたれにもたれ息をつくヴォルグを不思議そうに眺めて。

慎一郎はハッと口元を手で抑えた。

それと一緒に口元のふわふわも目がカッと開いた。


「ヴォルグくん見てたの」

「十日間は寝ずの番だ」

「うわ………ごめんよ。手伝えなくて」

「適材適所だ」


慎一郎はふむふむと頷きながら手元のファイルに目線を落とした。

規則的なペンの音が響く。


「へ〜。リリス様。あの子の外出は許すんだ。意外。

過保護な溺愛で囲ってると思ってたな」

「泳がせてるといった印象だったな」

「あ。監視はいたんだ」

「猫もどきがな」

「虎かあ………」


二人で思い浮かべたのは、オレンジの虎耳の執事の姿である。


「ふふ。子育ても多様性だね」

「見解の違いだな。俺には理解できん」


ヴォルグは懐に抱えた黒のバインダーに思いを馳せた。


「慎一郎。お前何故、佐藤 りんを女と記載しなかった」

「ん………?女………?」

「あれは女の個体だろうが」


ヴォルグはりんの性自認に記載された《無》を思い出し眉間を深めた。


「あれが女と記載されたなら。学園の《求愛の狂乱》は岸の比ではなかったろう」


「きゅ………?あ。《婚活市場(ラブバーゲン)》か。」


ヴォルグは更に指をパチンと鳴らしたさらに蒼い光が弾け、それが戸棚を開けて菓子籠を取り出した。

ふわふわ浮く一つの飴が慎一郎の口元で止まる。

それに齧り付き、コロコロ転がしながら慎一郎は首を傾げた。

「それ何か問題ある?」って考えている顔だった。


「なんせ。人類の女は神も欲しがる純粋な《子の揺りかご》だ。優良物件どころではない。希少種だ。そもそも女の数が少ないここではーーー」


「あの子さ」


慎一郎がふわふわから目を離さず紡いだ言葉に、ヴォルグは黙った。

慎一郎に纏わりついていたふわふわが動きを止めた。

彼等は顔を見合わせたソワソワしながらすすす………と離れて行った。


白い白衣に白銀の髪の巨体が姿を現した。

翡翠色の瞳は細められて窓の外の雲を見ている。

首を鳴らしながら伸びをして、顎を擦る。手袋だけは黒い。

その引き締め色の黒ですら彼の大きな掌を隠せていなかった。

ころころ転がす飴の音だけが部屋に響く。



「あの子。夢の中のお姫様を救いたいから王子様になった子だよ?

自分の………。見栄とかじゃないんだ。

過酷な生活に恋を楽しむ余裕も無かったんだと思う。

たぶん。無意識に女の子な自分を押し殺している。

でも決して男になりたいじゃないんだ。王子様だよ。

ジェンダーな問題なら、男とも書けたさ。

ここは性別を超越させることも方法はある世界だから。


僕はあの子の身体より、精神と魂の自由を重視して性別を選んだ。なんせ。

ここは坩堝なんだもの。

他の学園ではあり得ないことも自由な箱庭じゃないか」


「ちッ………。獣医とは思えん思考だな」

「繁殖を促す身としては失格なのはわかってるさ」


ヴォルグは舌打ちをしながら足を組む。

物が多くて埋もれているが手触りのよい魔獣の皮で出来たソファは丈夫で軋まない。

ヴォルグは囂しい面々に囲まれて笑うりんを思い出した。

無邪気な笑顔を。時折見せる憂いの表情も。

大人びた視線も。


ーーーあれで可憐な乙女の面した後王子様面するからな。

側にいるほど脳を狂わせるだろうな。


そして。鈴蘭の君に思いを馳せた。

あの女こそ規格外の代表だ。


彼女を見て面食らった後目を輝かせた猿田、星、アンテを思い出した。

心酔した澪とまた違う色を帯びた男子生徒。

そしていつも頭を抱えている岸も思い出した。


ーーー若人よ。狂って悩め………か。それもまた生存競争か。


たぶん。

それらを分かったうえで転がしているであろう、リリスの笑顔と高笑いが聞こえた気がして、ヴォルグは舌打ちした。


「それ言ったら僕等だって。

適齢期に繁殖の努力してない変わり者だよ。君。学ラブバーゲン嫌いだろ」


「あんな女共に捕まる軟弱者ではないがな」


大人しくなったふわふわをケージに詰め込み、慎一郎はヴォルグの隣に座った。

そこには湯気だったティーカップが置かれている。


「ハーブティが良かったな。僕」

「自分で淹れろ」

「君が淹れてくれるの珍しいからありがたく頂くよ」

「ふん………」


二人で菓子を摘みながら暫く無言になる。


「会いに行かんのか。

現し世で二人と共にいたのはお前だろ」

「え〜。今は嫌だな。忙しくて繕えない」


ヴォルグは隣の慎一郎を見た。

白い白衣はよれよれ。

浄化はしているから不潔ではないが確かに繕いまで熟せていない。

刈り込んだ銀髪は少し伸びたのかボサボサ。

目の下には隈があり目が疲労で淀んでいる。

顎に白いマスクをひっかけている。

日頃からしているマスクだが息苦しかったのだろう。

だらしない事この上ない姿だ。


「無理して最初に紳士を気取るからそうなる」

「あれは!現し世の人間は見た目で判断するから。

身綺麗にしないと話してもくれないんだよ?!」

「それはわかるがな。最初からラフにしとけば良いものを」

「君やリリス様くらいしかお手本いないじゃないか………」

「確かにあれなら貴族っぽかったな」

「僕は弱小末端貴族ですからほぼ庶民です〜」


二人の紅茶を啜る音が重なった。

ため息も一緒だ。

ヴォルグは膝の黒のバインダーを爪でコツコツ叩いた。

頭を悩ます元凶はこのバインダーにいないのに、小突きたくなる。


「少しは寝ろ。あいつもここの生徒だ。

いつ遭遇するかわからんぞ」


「え〜。君もね?

僕はしばらくここに籠る。

こんな辺鄙な所来る生徒いないよ?しばらく大丈夫」


「確かに。

ここは我等の安住の地だ。邪心のあるもの(・・・・・・・)は絶対辿り着けんしな」


そんな辺鄙な所に迷い込んでしまう生徒。

それがよりにもよって、件のりん。

そんな未来を二人はまだ知らない。



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