雷クラスへの挑戦 7.神成りクラス
坩堝学園は大樹の上に成る学園である。
様々な教室が個性的な城を成し、集合している。
その最上階。
天の雲を穿つ位置にあるまさに《天守》に学園長リリスはいた。
日本の城を模した造形の城の《誠実の間》にリリスの学園長室はある。
外観に反して内装はロココ様式を取り入れた華美な一室である。
リリスは鼻歌を歌いながら判を押す。
マホガニーの赤光りするデスクは相変わらず妖しい照りが曲線を飾っていた。
以前からあった猫脚の百合の花の彫刻。
そこに寄り添うように鈴蘭の花が増えたことに、真神は気付いたが語らない。
象牙の大きな印は金色のインクを滴らせ、計九枚の書類に押されている。
《雷クラス最有力候補》と押されていた紅い印は《神成りクラス》と金色に塗り替えられた。
ーーー神成り。言葉遊びの隠蔽か。
喰えないお方だな。
真神は目を伏せる。
リリスの手元を見続けた。
「引き続き、表の《雷クラス》で書類作成お願いね。た♥ん♥に♥ん♥教諭さん」
「心得ております」
小気味よい判の音を直立不動で見守るのは真神だ。
目線は背後の扉を見据えている。
靴の爪先も片方扉を向いている。
片手はリリスの処理済みの調査票を回収しながらどんどんファイリングしている。
「ゆっくりでいいのよ〜」
とリリスが呟いても
「寧ろ急いで下さい。こちらは忙しいので」
とぶった斬っている。
「うふふッ。ほんとあの子ね!
まさか寝転がったり遊んだりすれば十分なのに、草花を《食べる》なんて!しかも鍋にして!
ふわふわちゃんの天敵の魔獣まで具材にして!最弱の魔獣にしてもよ?
あの子何で仕留めたと思う?魔術なしよ?
パチンコ!わかる?木の枝で即席で作ったんですって!玉も石だし。鉄の玉ですらないの!
ボウガンも強請らないの!凄くない?!」
「………こちらの申請書もお願いします」
リリスは雷クラスの内装に必要な申請に《可》の判を押していく。
その合間も彼女の惚気は止まらない。
「あの六人もね?異端児なのよ?
そんな気難しい子達の胃袋掴むって。
ウチのコ、カリスマが過ぎないかしら?!」
「………………こちらの備品申請書もお願いします」
「貴方。本当に聞き上手よね」
「ありがとうございます。………こちらの調査票は頂きます」
「嫌味よ!きッ!」
リリスは背後から取り出したハンカチを噛み締めながら奇声をあげた。
リリスの背後では不気味なほど空気になっているオレンジの虎。
その紅い瞳が真神を見つめている。
それから敢えて目をそらし、真神は手元に戻ってきた生徒調査票にまた目線を落とした。
《猿田 一彦》猿族。
先祖を馬鹿にされたとして、アイギス聖域騎士学院の試験官を殴る。
《琥珀・ピアス》巨人族
魔導学校アルカナ・ルナを除籍処分。
100年登校しなかったため。種族差別があった模様。
《アンテ・クオニ》種族不明。雑種と思われる。
魔導学校アルカナ・ルナ入学辞退。
アイギス聖域騎士学院推薦入学辞退。
坩堝学園首席合格。
《ナタージャ・A・メノウス》手多族
魔導学校アルカナ・ルナ不合格。
アイギス聖域騎士学院不合格。
坩堝学園推薦入学補欠枠合格。
素行不良。「繁華街に踊り子として出没。成年と偽証」
《木ノ葉 咲》 妖精族
芸能事務所所属のため出席日数のない坩堝学園に入学。
家系は魔導学校アルカナ・ルナ派閥である。
親とは絶縁中。寮生活。
《澪・モルガン》ハーフエルフ
アイギス聖域騎士学院推薦入学辞退。
坩堝学園次席合格。
寮生活。
《星・アスモデ》堕天使族
養子のため過保護な親元を離れたいと受験。
推薦入学。寮生活。
それらの調査票を真神は懐から出した黒革のバインダーに収めた。
糸切り歯で指を噛みちぎり血を垂らす。
紅く滴る血はバインダーの表紙に落ちた。
すると飾りのない無骨な黒いバインダーは蒼く光った。
星座図が折り重なる様に幾重もの線の点が火花を散らしながら唸る。
黒いバインダーにはうっすらと雷を蔦が絡め取るような紋様が浮び上がった。その周りを牙の紋様が囲っている。
「《血の契約》したの?
そこまでまだ厳重にしなくてもいいのに。
それ………。流出したら貴方の血族が疑われるわよ?」
「ありえませんので悪しからず」
目を瞑る真神をチラリと見てリリスはため息をついた。
「ごめんなさい。貴方の気真面目さをたまに弄りたくなる性悪女の戯言よ。忘れて」
「リリス様は昔からお変わりありませんので、きになさらず。
変わる気もございませんでしょう」
「性悪女を否定しなさいよね?!きッ!」
真神は舌打ちしながらバインダーを指で鳴らして空間に収納した。
「意外でした」
「なによ」
「ご息女を依怙贔屓なさると思っていたので」
仏頂面の真神を眺めながら意味深にリリスは微笑んだ。
「え〜?そんな風に思われていたの?」
「過保護と評判でしたので」
「でもあの子逞しいのよ?そう思わなかった?
貴方だって。指を動かした先は岸坊だったじゃない」
真神の眉が動いた。
その様を見てリリスは吹き出した。指をパチンと鳴らして爆ぜるのは蒼く澄んだ光だ。
「何が「助言はせんぞ」よ。
私が退学よと締めなかったら成り立たないくらい、文章自体がヒントの、甘々な試練内容書いたの貴方じゃないのよ〜」
「…………。あれを成せないから歴代合格者がいないのです」
「血気盛んなエリートが。
草原の生態系観察して土草に塗れて。
景色でしかないふわふわ達と仲良くなろうなんて。
それも10日間!飽きもせず!
幽玄異郷の子供って飽き性だものね。
しないわよね〜。普通のこじゃね〜」
リリスは空に《回覧用 雷クラス開設》の書類を燃やした。それは役目を終え紫の炎で塵に溶けた。
魔素が消費された残り香が、甘く空気に溶けた。
「あれはあれで。発想が振り切れていましてな。
どう導こうか。悩まされそうです」
「え〜?貴方。攻略し辛いほうが燃えるタイプじゃない?適任適任〜」
リリスはまた鼻歌を歌いながら決算書を仕上げていく。
いつもよりも進みの早い書類の山々を見つめ、真神は怪訝な顔をした。
「退学勧告も。昨年はなかったものですから。
焚きつけるだけで、本気ではないかとーーー」
「本気よ?」
真神の言葉に被せるようにリリスは呟いた。
真神の背筋が冷える。
リリスの瞳は紫紺に光って真神を射抜いた。
陽気な空気が一瞬で締まった。
リリスの背後のステンドグラスが紫紺の稲光を映す。
まるでリリスが雷を操っているように。
「あの子がこの学園を去る決意をしたなら。
新しく学園を造ればいいだけだもの」
「我等が困ります故。戯れは程々に」
「いやあね………。冗談冗談」
リリスは鼻歌を歌う。
また手を動かし出した。判を押す小気味よい音が響く。
新たに判を押そうとした瞬間一つの申請書が抜き取られた。
「申請者リリス・ヴェルミナ。
これはまだ審議してませんよ。
会議に通します。まあ……。通らないでしょうが」
「ちッ。紛れさせたのに!」
「目が良いもので」
「貴方、鼻のほうが専売特許でしょうが!」
そこには《巨大遊具所建築案「りんの遊び場とゆかいな仲間達」》と記されていた。
「もっとこの学園楽しくなるじゃない!ムキーーー!」
「ご自宅に作ってください。迷惑です」
「りんちゃんの名前冠した施設つ〜く〜り〜た〜い」
「それは公共の自由より、私利私欲です」
「わたしの!わたしの学園よ!」
「失礼します」
真神は騒ぐリリスを置き去りにして、誠実の間を退室した。




