雷クラスへの挑戦 4.誰も見ない景色
「で?真神教諭なんて?」
真神教諭が帰った後。
皆は興味津々でりんに詰め寄る。
りんは真神教諭の真似をしながら、眉間に皺を寄せながら話した。かけたことのない眼鏡を中指で中央から抑える。
少し癖のある眉毛の傾きはナタージャが眉を描いてくれた。
少しウケたみたいだ。
「《せいぜい、草原をのた打ち回るといい。
その後。絶望に打ちひしがれて小屋で慰め合いでもしていろ》だってさ」
「なんだそりゃ!」
「あの陰湿黒髪眼鏡めッ………。りん様との貴重な時間を無駄にするとは!」
「掲示板に書いてあったの。あれ真神が書いたのかもね?嫌味なヤツ!」
「あぁ。似たようなこと書いてあったな」
非難轟々である。
今や小屋の中もふわふわパラダイスだった。
窓を閉めてもドアをしめてもふわふわ。
屋根にもふわふわ。
これは小屋を離れたほうがいいのでは?と皆が心配したのだけど。
りんが止めたのだ。
勘が語るのだ。
ーーー小屋から出ないほうがいい気がする。
そう感じたから。
「それと………」
りんはその時の真神教諭のことを思い出した。
遠くの蔦の先を見上げる教諭。
その瞳に映ったのは。
「《憧れ》と《後悔》と………《口惜し》って顔だったかな」
「なんだそれ?」
「毎日ウロウロしてるんだから。助けてくれるんかと思ったのにな〜」
「俺も見た!厳つい顔が群衆に紛れないの!」
あとは。
ーーー《懐かしさ》かな。
りんの周りでもそんな大人の表情を見たことある。
昔の自分の学生時代を語ってくれた教師達だ。
彼等は成功も失敗も黒歴史も。
今の生徒達の糧になるよう身を切る犠牲を払い、語ってくれた。
時には笑えない話はたくさんあった。
真神教諭の視線の《後悔》。
それは小屋を見ていた時に色濃かったから。
りんは相変わらず外の音がしない小屋の窓の外を見た。
上空が紫紺の光で渦巻いているように見えた。
「あれ?岸は?」
もうすぐ夕方になりそうな頃。
皆がりんを信じて小屋に留まりふわふわと戯れていた。
周りが紫色でピンクの髪色が埋もれているのかと思ったのだ。
気付くと皆の声の中にツッコミがいなかった。
「澪ちゃん。岸知らない?」
「あやつですか。
そう言えば半刻程前。
『ふわふわ101号が見当たんねぇ。外見てくんわ』と………」
「きゅ?きゅきゅ?」
「「ん?」」
目の前には。
女の子達にもみくちゃにされご満悦なふわふわちゃん101号がいた。
りんと澪は一気に血の気がひいた。
「岸!大変!呼ばないと!」
「あの野郎!りん様に憂いを残すなど万死に値するぞ!」
窓の外から首を出し叫ぶりんを抑えながら澪も叫んだ。
外はいつの間にか暴風に侵されていた。
音がしなさすぎて外の異変に気付けなかった。
「やべ。ドアまでふわふわだわ」
「岸!早く!」
ふと横を見るとドアから入れなくなっている岸と目が合う。
岸も絶望の顔をしていた。
「りん!ふわふわちゃん101号いねぇ………。いた!」
岸はりんの頭にいるふわふわちゃん101号を見て驚いているし、りんは泣きそうだ。
「いるんだよ〜。良かった〜。帰ってきてくれて」
「バカか!貴様は!りん様の従者失格だぞ!お傍を離れるなど。早く入らんか!」
「ドアが!開かねんだよ!」
りん達の騒ぎに気づいた皆がドアを開けようとしてくれるが、一向に開かない。
小屋はついにふわふわに包まれようとしている。
ふわふわパラダイスではない。
もうふわふわ恐慌だ。
空が茜色から群青色に変わろうとしていた。
「岸!捕まって!」
何を思ったのか、岸はりんと澪の両手を引っ張り出した。
「おのれ!掴めとは言ったが私達を引っ張り出すな!」
澪が岸を足蹴にしてりんを抱え込んだ。
岸は周りで火花を散らしだしたふわふわたちを見ている。
身体が小屋から本能で離れようとしているみたいだ。
「りん、澪、俺がお前らを出したほうがいいじゃないか?」
「小屋の方が明らかに異常だし危険だろ。どう見ても」
りん達の背後を見て青ざめる岸がまたりん達を引っ張り出そうとする。
その度に澪が殴るから堂々巡りだ。
嵐のような強風の中。
学園のほうも騒然としているみたいだ。
音は聞こえないけど、草原の外側からたくさんの生徒や教諭が顎をはずさんばかりの様子でこちらを見ていた。
その中。
今朝よりも眉間の皺を深めた瞳と目が合う。
金色の瞳が見開かれ。
唇は真一文字に結ばれている。
真神教諭の視線が岸を見た。
彼の指先が蒼く光った気がした。
その光のせいか真神の顔色が悪い。
それもよく見えなくなった。
もう嵐で視界すら覆われ始めたから。
「こいつら。雲の紫色の雷と同じ火花だしてるぞ?
あぶねーよ。こっち来いよ!」
岸はまたりんをつかみ後退りした。
嵐が小屋を包み渦巻くようだ。
岸のネクタイがビチビチと岸の頬に当たる。
「信じて!」
りんは岸のネクタイを掴んだと同時に叫んだ。
掴んだと言うより捻り上げたと言う方が近い。
「ふわふわちゃん達は絶対に子供を傷つけない!
危険なんてない!!私を信じなくてもふわふわちゃん101号を信じて!!」
「きゅきゅ!」
りんの叫びと岸の手の中にふわふわちゃん101号が飛び込んだのは同時だった。
岸がふわふわを抱きしめるように掴みながら窓の縁を掴んだ瞬間。
世界は下に流れ出した。
胃のあたりがふわっと浮き上がるような感覚と共に、窓の外の景色が断絶した。
りんは必死に岸のネクタイを掴み、背後から澪や猿田、星もアンテまでもが岸の制服やズボンを掴み上げる。
「みんな………!」
「引っ張れ!引っ張れ!」
ふわふわが更に膨張したのか、部屋野中はミチミチのクッションになっていて。
岸の足がどうしても窓からは飛び出してしまった。
少し間抜けである。
「すげ………」
窓からは高速で雲が下に流れていく。
小屋が上昇しているのだ。
周りの雲から紫紺の雷が火花を散らす。
でも窓を開けていても小屋は無事だった。
まるでシェルターだ。
道理で防音性が高く、たまに近くに雷が落ちても気づかないほど揺れないとは思っていたのだ。
「小屋自体が………『移動手段』だったんですね」
澪がしんみりと呟いた。
「リリスお母様は過保護だもん。
子供は宝。子供は皆、愛らしいって人だよ?
まだ何も学んでない子供達皆を、傷付けるだけの試練なんて。
おかしいな………とは思ったんだ」
「さすがはりん様!なんて思慮が深い!」
「こいつ。勘は働くよな」
「こやくそ岸。
お前がりん様を一時でも疑わなければスムーズだったものを」
澪がまだ怒りが収まらないのか岸を蹴っている。
下を覗くと学園の群衆が大声で叫んだりしているのか、お祭り騒ぎなのが見えた。
それすらあっと言う間に点の集合体のようになる。
「見ろ。人間どもが蟻のようだ………」
岸が外を見下ろしながら呟くから、りんはクスリとした。
あの有名な某アニメ映画の名台詞を真似たらしい。
ーーー蟻じゃなくてゴミのようだでしょ!
お互いに目を合わせニヤニヤする岸とりん。
周りは首を傾げている。
「岸がニヤけるとキモいな」
澪が辛辣だ。まだ怒りが収まらないらしい。
「ここでも『キモい』ってあるのか?!」
「叫ぶな。騒がしい」
澪が呟いたのを皮切りに皆が発言する。
「?」
「?」
「あり?」
「魔蟻のことか?あいつら家畜を食べるほど大きいぞ?」
「ひ!現世ギャグが通じない!」
「家畜食べる蟻怖い!」
ブルブル震えるりんと岸を掴みながら猿田が呟いた。
「あれは炙ると美味いぞ」
「………食べたいかも」
りんの唇からよだれが垂れた。
「今度盗りいくか」
「行く!狩り?行く!行きます!」
「待て待て。今こいつ『盗る』って言ったぞ」
岸のツッコミが戻ってきた。
さっきまで青ざめていたけど気分は戻ったらしい。
「あの森は密猟しなきゃ入れんぞ」
「こいつ!犯罪者予備軍だぞ!りん!やめろ!」
「あはは!おそろい!私も私も!」
「お!りんも予備軍か?度胸のあるヤツだな!」
「りん様?!私しめもお供を!」
「だから!心酔するなら止めろよっ」
やっと澪の怒りは収まったらしい。
ニコニコした澪に抱きしめられりんは猿田の話が興味深くてふむふむ頷く。
「だれも外見ねぇな」
「うける」
「ふわふわって、プニプニしてきもちい〜」
「ん!」
外をじっくり見る間もないほど盛り上がりながら、一行は空の旅を楽しんだ。




