雷クラスへの挑戦 3.あな、いふかひなし
「昼寝か。余裕だな」
目覚めたら目の前に険しい顔。
今日もよい天気でポカポカな草原には似合わない人だった。
「あれ?ん………?真神先生?」
りんは微睡んでいた。
決して寝ていたわけではない。決して。
りんは急いで起き上がった。
りんの顔を覗き込んだ後。
真神教諭は草原一帯をゆっくり見渡した。
「九名か。多いな」
「多い………です?」
りんも一帯を見渡した。
九日前にはここには五十名はひしめいていた。
なんなら上級生も力試しとばかりに豆の木登りに挑んでいた。
その殆どが一日目で、姿を見せなくなった。
タイムリミットまで、残り一日となった。
残ったりん以外の七人は草原で思い思いにふわふわと遊んでいた。
最初は怯えていたのか出てこなかった紫色のふわふわが、今日は大量にいるのだ。
岸が見かけるたびにせっせと金平糖を撒いたらしい。
ふわふわちゃん101号の友達を作ってあげたかったから。と。
りんも鍋の炊き出しを作る度にお裾分けしていた。
ふわふわは雑種みたいだった。
そんな岸の献身が実ったのかはわからないのだけど。
こんなにも草原のふわふわは現れるようになったのだ。
当のふわふわちゃん101号は。
仲間と居るというよりは、もっぱら女の子達に撫でられ揉まれている。
その他のふわふわに塗れて若干寂しそうな岸が見える。
ここの草原のふわふわは凶暴だった。
私達に怯え威嚇したのは多分。
ーーーここの草花の匂いがしない余所者だからかな。
りん達がここに居着いて、鍋を囲み(草花から野草やスパイスを頂戴して)、時には飽きてゴロゴロもした。
身体から草原の香りがするのかもしれない。
そしたら今ではこれである。
すっかり懐いたのかふわふわパラダイスだ。
通りがかりの他の生徒には相変わらず、威嚇する気難しい個体みたいだ。
ふわふわは本来子供全員に懐く性質があるのにだ。
坩堝学園は生態系まで個性的みたいだ。
「あれ?真神先生には、ふわふわちゃんが噛みついたりしてませんね?」
真神教諭の眉間がピクリと動いた。
何名かの教諭がこの草原に足を踏み入れた。
たぶん無事の確認とか、編入の促しとか。それらの目的だろう。
今日など最終日だから訪問回数が多い。
けれど、彼等は皆ふわふわに撃退されて逃げ帰る。
真神教諭がこの草原に平然といる初めての教諭だった。
相変わらず真神教諭は無駄話はしない質らしい。
りんはそれ以上言葉は紡がず黙った。
「リリス学園長からは何も聞いていないのか」
「………え?………リリスお母様ですか?」
「今………寝てなかったか?」
「起きてます。おきてます。起きました」
ふとした時にこう話を振られるから、教諭との時間は気が抜けない。
りんは眠くなりそうなのを我慢して考えた。
おうちでのリリスの様子を思い浮かべた。
彼女は相変わらずいつもりんに甘々だ。
「学園は楽しいかしら?」
甘やかな声でウットリとした表情で聞くのだ。
りんが草原での炊き出しや仲間達のことを話すと大笑い。
りんの話に感心したり驚いたり。
笑い過ぎて泣くこともある。
そうなのだ。
不思議なくらい心配はされない。
あの過保護なリリスが。
この状況を創り出したであろう張本人が。
たぶんりん達が停滞しているのも知っているはずなのに。
だからりんはあまり危機感がないのかもしれない。
「お母様は。《貴女がこの世界を気に入ってくれるといいわ》とよく言います」
「そうか」
「だから。私は考えすぎないで楽しもうと思います」
「短絡だな」
「うふふッ。ありがとうございます」
「褒めてないわ」
草原は今。草花の色よりも紫色のほうが多いくらいだ。
皆がふわふわにまみれている。
今やふわふわパーク。若干ふわふわパニックだ。
穏やかな風が吹いた。
さわさわと木々が草花が揺れて、散る。
時間がゆっくり流れている。
「この光景も。五年ぶりか」
「五年ぶり………」
りんは隣の真神教諭を見上げた。
険しい顔とふわふわにどんどん引っ付かれる姿が少しシュールだ。
遠くでこちらを伺っていたらしいアンテと一彦が、口を塞ぎあい肩を震わせている。
それを岸と澪が必死にラリアットをかましながら止めている。賑やかである。
すっかり仲良しになった面々を見渡しながら、りんはやっぱり不安になった。
「あの」
「なんだ」
「退学………って。ほんとでしょうか」
しばし真神教諭は沈黙した。
だけどりんを見つめ返した瞳に嘲りはなかった。
「文言通りではない。としか言えんな」
「あ!ありがとうございます!」
りんが満面の笑みになった。
それを真神教諭は気持ち悪そうなものを見たように頬を引く付かせて。
りんを見返した。
「何故そこで笑う」
「真神先生なら。
『は。こんな試練などに耐えられん奴らなど存在する価値はないだろう。退学だ』
くらい言いそうです。
それを言わないってことは。
『問答無用退学通告』ではないってことです!」
「は?」
「退学通告五回の私の知見です!」
「誇るな。あほぅ!」
「あな、いふかひなし………」
そう真神教諭が呟いたけどりんは彼をじっと見た。
怖い先生も目が合うと何を考えているのか分かる時があるから。
ーーー「あぁ。どうしようもない」の古語。
ふふっ。この先生にも予想外のことが起きているってことかな。
真神教諭は舌打ちをして目をそらした。
真神教諭もにらめっこは得意ではないらしい。
「この《試練》は毎年恒例だ。
かつて。合格したものは誰一人いない」
「でも五年ぶりにふわふわパラダイスが出現したんですね?!
その時のことを詳しく!」
「助言はせんぞ!」
「思い出話です!私はたまたま聞いただけです。先生の独り言を」
りんは目をそらさないように真神教諭を見つめた。
冷や汗がでる。
唇をぺろりと舐めた。




