坩堝学園 7.多種多様亭(パンゲア・キッチン)
現代地球にも「人種の坩堝」と呼ばれた国があった。
後にその国は坩堝ほど混ざり合うことが出来ずに「人種のサラダボウル」と呼ばれるようになった。
人種や文化は混ざることは容易ではない。
地球上一番自由で一番権力もある国でもそうだった。
特に食生活は地域の風土、宗教も複雑に絡み合う。
《混ぜるな危険》といえる代表的なものが《食》である。
ここにはその危険を超越した《坩堝学園》だからこそ成せた偉業がある。
それは。
《多種多様亭》を創り出したこと。
「『多種多様亭はその名の通り。かつて地球上にあったパンゲア大陸。何億年も昔、
全ての地殻、大陸がかつて一つだったころのように。
原初を訪れを思わせるスパイスとインスピレーションの融合が為された稀有な存在である』」
りんが歩きながら読むのは分厚い書物だ。
開いた側からミチミチと弾けそうなほどの厚さを誇る。
「なるほど。
かつて世界が一つだった原初の記憶! 全ての地殻が分かたれる前、母なる大地パンゲアの再来の………?
歴史のお話ですか………?」
「今度は歴史オタクのりんさまは、何が言いたいんだ?」
りんの知識オタクうんちく垂れ流しツアーにまだ慣れていない澪は全力で聞き入っている。
聞き上手でりん全肯定bot強火担の澪にかかるとりんの話は膨らみに膨らむ。
夢中になると止まらない質のりんの話を端折るのは最近の岸の役目になりつつあった。
「多種多様亭には全ての次元の食事があるの!!
皆が躊躇い出来なかったこと。
禁断の組み合わせも可能にしているの!
天使が悪魔が同じワインを嗜み、ドワーフとエルフが同じ鍋を囲む。
かつての奴隷と権力者が同じ食卓で晩餐を。
禁断こそ混ぜるべき。
試さないことこそ罪。
食卓が合わさることこそ真の『坩堝』。
禁断の味がそこにはあるのよ!」
「要するに『未知なる味』を食べたくて狂ってんだな。
お前の腹時計は正確だな」
「りん様ははらぺこなんですね。
難しい歴史をこねくり回しても食への渇望を隠そうとはしない。
潔い!貪欲でハイテンションなりん様もかわいらしい………」
りんが指差す先には重厚な扉。
黄金のリンゴと心臓を交換して笑い合う天使と悪魔。
不謹慎でシュールだ。
そんな彫り物が施された扉が静かに開かれた。
この世のものとは思えない芳しくも依存性の高そうな香りがする。
キッチンから響く調理の音はさながら狂想曲。
皆が舌鼓を打ち幸せそうに語り合う平和な空間。
そこには。
りんが探し求めていた理想郷があった。
りんはしばし目を瞑り深く深呼吸をした。
岸と澪は黙って見守る。
りんの瞳孔が開かれた。
「はッ!
りん様の内に潜む野生の美食家が開眼しました!」
「なんだよ。野生の美食家って。
野生の美食家は学園に飛び出さないわ。ただの食いしんぼだろ」
そこは一見すると少し豪華なフードコートといった雰囲気だった。
学年や身分、職員、教諭、生徒の垣根すらないフラットな食堂。
弱肉強食と常に聞こえる世界でこの光景は珍しいものだった。
「見て! 仇敵の家系が同じ皿の団子を突ついてる! 復讐心よりも食欲が勝る瞬間……これぞパンゲアの神秘だよ!」
「鬼族と………。桃の………妖精か?
きび団子食べあって。イチャイチャしてやがる。けッ。
リア充か」
地獄の業火で焼いたと旗が刺してある激辛料理を、さも徳が高いですって面した先輩が汗を流しながら食べている。
「これぞ悟りの味……」
と完食し、その隣で妖怪族らしき生徒が
「坊主、やるじゃねえか」
と肩を叩いている。
「経典では調伏される側の妖怪が、坊さんに酒を注いでるわ! 戒律すら溶かす禁断のアルコールよ!」
「あれ。ノンアルコールだぞ」
「え。あの方々はノンアルコールで酔っているのですか?」
「妖怪が聖水に酔うのはわかるが、坊主もか………。 さては生臭坊主か」
「煩悩だらけなんだね」
岸が再度メニュー表を確認している。
注釈にしっかり『アルコール提供はありません』とあった。
「『聖水風味のノンアルコール・どぶろく』らしいぞ」
「成分的にはただの水なのに、精神的充足感だけで脳がバグるやつだね」
「プラシーボ効果で世界は平和になるんですね。
食料で争い食料で和解する。
素晴らしき食の世界………。天啓を受けた気分です」
「食欲に負けた戒律か………」
りんは分厚い書物に付箋をつけた。
それは元からのページ数の多さに更に付箋の付けすぎてふっくらとしている。
まんまるボディがはちきれそうである。ミチミチしている。
「なんだその本」
岸はずっと気になっていたそれに目を落とした。
りんの知識オタクはここに来てより貪欲になった。
分厚い書物をどこからか取り出すのは日常だ。
だがその書物は日に日に肥えていく。
物理的に太くなっていくことに好奇心が抑えられなかったらしい。
「死種欄ガイド。
未知なる味を求めた英雄の死因すら記した食いしん坊のバイブルだよ」
「死すら乗り越えないといけないのか………?
味のために?バカなのか?」
「未知なる味のために死すら恐れないッ。
なんて豪胆。改めて感銘しました!それは最早!
勇者の素質では?!」
「忠誠誓うなら主のために時には止めてくれよ………」
りんが満を持した顔をして死種欄ガイドをめくる。
岸と澪が見守る中探し出したのは、《444ページ》だった。
「今日は《天界メニュー》と《悪魔メニュー》が合わさる禁断の金曜日!これしかないの!」
りんは入り口に設置されたプランターからそれを引っこ抜いた。
岸の肩がビクついた。
澪がニヤリと笑い、りんが気遣わしげな視線を送る。
岸が弱虫なわけではない。
条件反射だ。
それは岸がファンタジーで呼んだそのままの形状だったから。
葉っぱは人参や大根を彷彿させる。
ただその根っこ部分は歪んだ老婆のような歪んだ形相をしている。
「マンドレイクはこえぇよ。即死もんだぞ」
「岸冒険ファンタジー好きだもんね。私あまり読まなかったな」
「む。りん様の故郷にはこれがないのですか」
《悲観のマンドレイク》
本来引っこ抜くと捕食者を死に至らしめるほどの悲鳴を上げる個体。
ヨーロッパからの外来種。
それは食の飽和国家《幽玄異郷》の魔素を含んだ豊かな水と太陽光でスクスク育ち独自の進化を遂げた。
だが己は魔物で植物ゆえ美食を食べられないことを悲観して進化した個体である。《S.M著より》
澪の魔導端末が音声で電子教材を読み上げる。
「この子。指定の食事が出来ると泣き叫ぶの。
泣けば泣くほど身が締まってスパイスが深まるんだって」
「無駄がなさすぎて、倫理が仕事してねぇ………。
マンドレイク保護団体とかないよな?」
「魔物に人権はないので大丈夫です」
澪が胸に手を当て誓った。
「人権の定義あるんだ?!」
「ぎびゃ〜〜〜〜」
「「「泣いた!!」」」
悲観のマンドレイクは高らかに泣き狂った。
「お。新入生のマンドレイク活きがいいな!」
「ありゃいい出汁が出るぞ」
キッチンの奥から香るのは背徳か幸せか。
思い思いのメニューを頼みながらりん達は席につく。
「わあ!
《地獄の業火で炙った黄金の林檎を咥えながら茹でられた魔豚〜天界の祝福ソースを添えて〜》美味しそう!
天国だあ〜!」
「おい。この魔豚の魂が白いソース越しに昇天してるぞ」
「魔豚もまた転生するのだろう。また美味しい魔豚に」
「魔物も輪廻を巡るのか………?」
そう話している間にりんの胃袋に十個の地獄のーー(以下略)が吸い込まれていく。
もきゅもきゅともゴリゴリとも聞こえる咀嚼音がりんの千手観音のような動きに合わない。
早すぎて音が置いていかれているのだ。
りんは新たなメニュー探しにニコニコだ。
「おぃ。あいつ鬼族より食うぞ」
「ぱね〜な。学園長の秘蔵っ子」
「はぁ………。王子様の食べっぷりは素晴らしいわ………」
「《冥界直送ザクロタルト〜協会のミントを隠し味に〜》二十個!」
りんの頼むメニューの数の桁が違う事に周囲はまだ慣れなかった。
死種欄ガイドはどんどんふくよかになるのに一向に変わらないりんの腹の辺りを岸は首を傾げながら見つめた。
「胃袋だけは確かに勇者級だな」
「騎士は身体が資本!りん様を見習い、私も精進します!」
「やめとけやめとけ。胃は大事だぞ」
りんの幸せそうな笑みには癒されるが、胃もたれしてきた岸は《一反木綿が作ったうどん〜現世のネギを添えて〜》を啜った。
コシが強すぎるのか勝手に動くし、うどんにしては幅が広いのは難点だ。
それでも味は普通に美味しいうどんなことに安心する岸なのだった。




