坩堝学園 6.轟かす準備
重厚なマホガニーのデスクの上。
そのデスクの脚の部分には百合の花が彫り込まれていた。
横幅はドラゴンの子供が昼寝できると謳う広さ。
異界の蜜と現世の漆を秘伝の技で掛け合わせたものらしく、艶や手触りは吸い付くよう。
そんな匠の技が光る高級デスクの主、リリスは手を組み鎮座していた。
彼女のデスクの上には書類が広げられていた。
新入生たちの報告書だ。
生体データと魔素測定の結果が記された書類が、扇を広げたように並べられていた。
レクリエーションを経てそれぞれ個性を発揮しだした生徒達を観察(監視)して。
導き出された様々な数値や素行や人間関係などが記載されている。
リリスは、濃紺の瞳を細め、そこに並ぶ数名の顔写真を見つめた。
愛おしそうに、あるいは獲物を定める捕食者のような鋭さで。
彼女の瞳は刮目した。
「見てちょうだい、空隙くん。
あの気難しいモルガン家の愛娘が、こんなに潤んだ瞳で……。
これ、完全にうちの子に『落ちて』るわよね?」
報告書の端に写り込んだ澪・モルガンの、騎士の矜持をどこかへ置き忘れたような陶酔した表情を指差し、リリスがくすくすと肩を揺らす。
「ええ、想像通りの有望株もいれば、予想を遥かに上回るトリックスターもいて……。測定テストは、なかなかの見応えでしたよ。学園長」
空隙教諭は、いつものように糸のような目でニコニコと笑いながら、手元の資料をめくった。その視線の先には、岸・護と、そして「測定不能」の烙印を押された佐藤りんのデータがある。
「まぁ! 私もい〜き〜た〜かったあ〜! りんちゃんの勇姿、特等席で拝みたかったわ……!」
地団駄を踏みハンカチを噛み締めて悔しがるリリスだったが、その背後から「スッ」と冷ややかな影が伸びた。
「リリス様。……未処理の決裁書です」
「がはっ」
白哉が、わんこそばを注ぐような手つきで分厚い書類の束をデスクに叩きつけた。リリスの豊満な体が、紙の重圧で物理的にのけ反る。
なにかがぶるんと震えた。
白哉がさっと紫色の毛皮のケープを取り出し、そっとリリスな胸元を覆う。
それを一瞥はするものの興味なさそうに空隙教諭はコーヒーを啜る。
「続いて、先月の裏庭園修復費の請求書です」
「メロン……。白哉!冷えたメロンを持ってきなさい……! 現実が辛すぎるわ!」
「請求書と一緒に頂いたメロンがございます」
「きぃ〜!美味しさ半減よ!」
死に体で叫ぶリリスだが、白哉の事務的な追撃は止まらない。白哉は淡々と続けた。
「現実逃避はそこまでに。……りん様の件ですが。
あの『測定不能』の結果を鑑みれば、普通の教育課程では器が保ちません。一番の規格外ですよ」
その言葉に、リリスは一瞬だけ道化の仮面を脱ぎ、母親の、そして支配者の瞳を煌かせた。
「……まぁね。私の子だもの。器に収まりきらないくらいが丁度いいわ」
「おや、リリス様。まだご結婚もされていないのに、すっかりママですね?」
空隙が茶化すように口を挟むと、リリスは再び眉を吊り上げて立ち上がった。
「ええい、うるさいわね!
結婚しないと養子を迎えちゃいけないなんて、どこの世界の古い倫理観よ!
そんなの反吐が出るから、先週のうちに幽玄異郷の法律の方を書き換えておいたわよ。文句ある!?」
「リリス様、お気を確かに……。法務局が泣いています」
「あはは! リリス様のご乱心だ、愉快ですねぇ!」
「早速リリス様要望の《新しい文科省指針》の改正要望もありますから。早めに目を通してくださいませ」
「また改正?」
「《身内は学園教育の担当教官になり得ない》を改正したいそうです」
「だって!
私直々に教えられない状況すっごく堪らないッ
私はあの子の一挙手一投足舐めるように見守りたいのよ!」
「それはそれは。破天荒な改正ですね………」
カオスなやり取りの中、リリスはふっと表情を険しくさせ、机の上の一枚の書類を指先でなぞった。
「なら……。決まりね」
「ええ。あのクラスですね」
「そ。あのクラスよ。煮ても焼いても食えない、最高の素材の集まりよ」
二人の顔に、共犯者特有の黒い笑みが浮かぶ。
「担任はやっぱり、あの人よね〜。あの気難しくて、老成の皮をかぶった狼くん」
「適任ですね。彼なら、眉一つ動かさないでしょう」
リリスは満足げに頷くと、虚空から紫紺の魔力を編み出した。それは実体化し、象牙の飴色光沢が美しい、巨大な「学園長印」へと姿を変える。
「さあ、始めましょう。世界をかき混ぜる準備を」
――ポン!
軽快な、しかし運命を決定づける重い音が室内に響く。
リリスは流れるような動作で、計九枚の選ばれた名簿に、鮮血のような赤ではんこを押し切った。
《 雷クラス 最有力候補 》
「轟くわよ……。この学園も、この世界も」
リリスは窓の外を見やった。
晴天だったはずの空に、突如として紫色の稲光が走り、遠くで低い雷鳴が轟いた。
黙々と火花が弾ける紫紺の雲が禍々しくうねっていた。
その光に照らされた彼女の瞳は、これからの波乱を予見して、妖しく、そして深く輝いていた。




