坩堝学園 4.魔素測定テスト
「「魔素測定テスト?」」
岸とりんの声が重なる。
レクリエーション期間も佳境に入っていた。
そんな時、珍しく全校放送が流れたのだ。
聞き慣れない単語の羅列に、岸とりんは顔を見合わせた。
「はい。こちらでは馴染みの《魔素》ですが、様々な属性があります」
「属性……。種類がいっぱいあるってこと?」
「左様でございます、りん様! 理解力もずば抜けております!」
移動を促され、人の波に乗る。
リリスホールには新入生がひしめいていた。ホールの入り口や窓の外には、見学なのか他学年の生徒や教諭陣の姿もある。
中々の盛況ぶりだ。これも新入生恒例の、通過儀礼的なイベントらしい。
「この属性の相性や特性を見て、ようやくクラス替えとなる仕組みになります」
澪が魔導端末で入学ガイダンスを読み上げる。
りんと岸が日本からの「渡り人」なことは、見た目からわかるらしい。
だいたい皆、耳が多いか、角があるか、毛があるか、翼があるか、尻尾があるか、どれかに当てはまる。
澪も髪に隠れて小さな角があるそうだ。
そんな幽玄異郷ビギナーな二人にとって、澪による「幽玄異郷あるある」の解説はとても助かっていた。
「わぁ、いつもわかりやすい説明ありがとう、澪ちゃん!」
「ああ、助かるな」
「りん様のお役に立てるのが私の至上の喜びでございます! 本日のランチメニューも検索をかけますね!」
「うふふ! もう少しで全メニュー制覇しそうなの。頑張るね」
「さすがりん様! 胃袋まで猛者の次元。いつかはこの学園の食物庫を枯渇させる快挙を――」
「おいおい。食堂のシェフがぶったおれるぞ……」
「その暁には、我が家のシェフを――」
「「「「岸く〜ん♥」」」」
背後から、ぞろぞろと花園の乙女たちがジリジリと近づいてきた。
彼女たちにとってりんや澪は眼中にないらしく、「ご機嫌よう」「お邪魔します」「どうぞどうぞ」とお互いに挨拶を交わす仲である。
「げ」
岸の口元が引きつった。
「手くらい振ってあげなよ、岸」
「むしろあちらに行ってもいいんだぞ、岸よ」
「遠慮しなくていいよ。お嫁さん欲しいんでしょ、岸」
「誰でもいいわけじゃ……ッ! 押すな、押すな!」
ネクタイを引っ張られる岸を見送ろうとりんがクスクス笑っていると、周囲もどっと沸き立った。この三人のわちゃわちゃした様子は、一年生の間ではお馴染みの景色になりつつあった。
笑い声がホールに響く。
「『囀るな(さえずるな)』。――『囂しい(かしましい)』!!」
バタン! と扉が軋む。
颯爽とリリスホールに入室してきたのは、黒髪に蒼いメッシュの長髪を後ろに撫でつけた教諭だ。金縁の眼鏡をかけた、気難しそうな人物である。
りんは反射的に背筋が伸びた。
肌を氷で刺されるような、冷ややかな威圧感を感じた。
「「かしま……?」」
「『囂しい(かしましい)』ね。騒がしいっていう古語、昔の日本語よ」
「「ほ〜〜?」」
小声でこっそり話していたら、一瞬睨まれた気がした。
三人は慌ててお互いの口を塞いだ。
ホールの全体を見渡した後、教諭は勿体ぶったため息を一つ吐いた。
一瞬にして静寂が広がった。
それから、彼は口を開いた。
「真神 玄狼だ。本日の《魔素測定テスト》の監督教諭を務める。各自、氏名を呼ばれたら前に出るように」
真神教諭が背後の鉄格子のワゴンを指でパッチンと鳴らした。
どんな仕掛けか魔術か、鉄格子が自動で開放される。そこには――。
「あれ? 《ふわふわちゃん》だ」
「ん……? くもくも君か、でかいな」
「なにそれ、かわいい! くもくも君って呼び方」
「我が家独自かもしれませんね」
「あれ、リリス様のペットだよな? 何体目だ?」
「いちいち囀るな。喧しい」
「かまび………?」
「また、《騒がしい》だよ」
「古語か」
また喧騒は収まる。
声の威圧が重い。
心底面倒くさそうに、真神教諭は《ふわふわちゃん》を演台に載せた。
まん丸お目々でベロを出している白いふわふわは、綿毛のお化けのようだ。それを品種交配したのが『ふわふわちゃん101号』である。
「学園長の魔素測定ペット『ふわふわちゃん101号』に、これから触れてもらう」
「強面とふわふわ……」
「真顔で言い切った……」
「かわいいと美男子教諭……よき」
また騒がしくなったのを、今度は視線だけで鎮めた真神教諭が声を張り上げた。
「測定ペットの色や形状状態を見て、
こちらが適性を判断する。説明は以上だ」
「岸 護、前へ」
岸はまさか自分が一番だとは思わなかったらしい。沈痛な面持ちで祭壇に登る。背後でりんがガッツポーズしたのを一瞥して苦笑いすると、彼は手を掲げた。
岸が、ふわふわに触れる。
すると、ふわふわちゃんがカチカチになり、その重みで地面に落ちた。岸が慌てて下から支えたが、押しつぶされそうになる。かなりの重量があるらしい。
色は、少し灰色がかった金属のような光沢を放っていた。
「ふん……。《鋼》か。愚直者らしいな」
「きゃ〜♥ 頑丈〜、はがね〜!」
「優良物件更新〜♥」
「カッチカチ〜♥」
岸は納得がいかなそうな顔をしながら退壇した。
「澪・モルガン、前へ」
「はい」
澪が直立して礼儀正しく壇上に足を踏み入れると、周りがざわめいた。
「モルガン家か」
「烈火のモルガンか!」
「なら、炎だな」
真っ赤な騎士服に身を包んだ澪は、凛々しい立ち姿が麗しのナイトさながらの貫禄だ。りんを含め、その格好良さに感嘆のため息が漏れた。
澪が緊張した面持ちで手を掲げる。
ふわふわちゃんはゆっくりと浮上すると、吸い込まれるような透明な水色に変わった。ぷるんぷるんとした質感になり、清らかな空気が微風のように香った。
「……《水》か。澄んだ良い色だ」
その結果にどよめきが起こる。澪の顔は強張っていたが、それを一掃するような歓声が上がった。
「澪ちゃん! すごい! 綺麗な水だね! 涼やか!」
りんがニコニコしながら手を振った。途端に、澪は瞳を輝かせながら駆けて戻ってきた。
「りん様の苦難を洗い流す濁流でも、命を繋ぐ聖水でも創り出せるよう精進します!!」
「おめぇよ、いちいち誓うな誓うな」
「黙れカチカチ」
「おまッ……プルプル!」
感極まった様子の澪が、岸と言い合いをしながらりんの手をブンブンと振る。それらを横目に、測定はどんどん進んでいった。
小さな男子生徒が触ると、ふわふわちゃんが琥珀色に輝き、複雑な数式を浮かび上がらせる。
「《知恵》か。驕るなよ」
妖艶な女子生徒はクスクス笑いながら手を掲げる。
ふわふわちゃんの色はピンク色になり、ふんわりと甘い花のような香りが漂った。
男子生徒がどよめく。
りんと澪はキョロキョロし、岸はなんだか気まずそうだ。
「……《魅了》。次!」
今度は、黒いフード付きローブを身に纏った生徒が前に出た。
彼が触れた瞬間、ふわふわちゃんがドロリとした漆黒に染まる。周囲の空気が静まり、波が引くように冷ややかさが広がった。
「不吉だ」
「黒い……」
「こわッ………」
りんはふとその漆黒の中に、星空の紋様を見た。
「綺麗……」
静かに呟いたつもりだったが、聞こえたのか。
漆黒のローブの男子生徒は、くるりと振り返った。
しばらく二人は見つめ合った気がした。
彼の瞳は光を吸収するほど陰っていた。
気がつくと、彼はいなくなっていた。
まだまだ測定は続いていく。
りんの番まではしばらくかかりそうだ。
りんは先程の男子生徒を目だけで探してみたけれど。
あっと言う間に紛れてしまったらしい。
「どうされました。りん様」
澪が心配そうに覗き込んだから我に返った。
「ん!なんでもないよ!大丈夫」
りんは気持ちを切り替えて前を向いた。
次々に新入生が壇上へ上がり、ふわふわがその性質を映し出していく。
緑に輝き草木の香りを放つ者、パチパチと火花を散らす者。そのたびにホールには驚きと興奮の声が満ち、真神教諭の眉間の皺は深くなる一方だった。
「口喧し(くちびがまし)。いつまで祭り気分でいるつもりだ」
真神教諭の声が、低く、しかし鋭くホールを切り裂く。
「また………」
「これは《喧しい》の古語だね」
「辛辣さが上がってるな」
「口やかましい」「おしゃべりが過ぎる」という意味を込めたその一言に、浮き足立っていた生徒たちが再び居住まいを正した。
そんなやり取りはまだまだ続きそうだ。




