坩堝学園 3.ラブバーゲン
「見て澪ちゃん。このブーツ、白哉さんが用意してくれたんだけど、キュロットと合わせると動きやすくていい感じなの」
坩堝学園での日常が始まった。
一週間は思い思いに学園内を散策したり、生徒の交流の時間に費やす期間らしい。
いわゆる、レクリエーションの期間である。
「素晴らしい……! りん様の細くしなやかな脚線美を損なわず、かつ実戦的な機能美。そのロングブーツの編み上げが、騎士の脛当てを彷彿とさせて実にかっこいいです!
王子とも、活発な姫とも取れる絶妙なデザインです!」
「ね?うちの白哉さん、スーパー執事だから。お任せしたらこの通り!
白哉さんすごいよね〜」
「りん様が讃える白哉さんはさぞ優秀なのでしょうね!」
日本にはない形状の珍しい花々が植えてある美しい中庭のベンチ。
そこで、りんと澪は女子トークに花を咲かせていた。
この学園の制服は自由度が高い。
澪は、深紅の薔薇を思わせる紅色に金糸の刺繍が入った、燕尾のように長い裾のジャケット。腰には細剣を帯びるためのベルトを締め、まさに「麗しの騎士」といった出立ちだ。
ただ腰辺りを寂しそうにさする。
「剣もレイピアも没収されました」
「学園に武器持ち込むなよ………」
ちらりと岸が呟くが澪は無視である。
対するりんは、ひらひらした指定の基本のスカートにどうしても落ち着けず。
かと言って長ズボンだと男子生徒と間違われる。
そこで白哉が提案したのは膝丈のキュロットパンツだ。
露出対策に膝上まである上質な革のロングブーツを合わせている。
色は学園指定制服と同色のノーブルネイビーである。
上品な紺色と称されるそのネイビー色は、リリスの瞳の色に似ている。
繊細なパールの粉が練り込んでいるかのような光沢が魔法のように美しい生地。
りんはすっかりこの色の虜になった。
「これなら、いつでも走れるし蹴れるの!」
「『蹴れる』という発想がすでに武人……! さすがです、りん様!」
「お母様がね?『無粋な男に迫られたら急所蹴り一発よ〜』って。澪ちゃん。男の人の急所わかる?
岸に聞いたらげんなりされたの」
「それは!
なんて役立たずな従者なんですか!
私が締め上げてあげましょう!
急所はまた後日お教えします」
そんな二人の横で、岸は一人、死んだような目で空を見上げていた。
彼は支給されたノーブルネイビー(岸は紺色と呼ぶ)のブレザーのボタンをすべて外し、ネクタイをゆるゆるに緩めているだけだ。改造する気力すらなかったらしい。
「お前ら、緊張感なさすぎだろ。ここ、学園だぞ」
「学園で、学生だからこそ、お洒落は大事だってリリスお母様が言ってたよ?」
「あの人の『大事』は世界の命運レベルで重ぇよ。
あ?なんだ?」
岸が不穏な気配を察知した時には、すでに遅かった。
途端に澪がりんを背後に庇う仕草をする。
四方八方から殺気がしたのだ。
校舎の影、茂みの奥、そして空からも。
「わ!空とんでる子いる。すごい!」
「りん様伏せてください!」
大勢の女子生徒たちが殺気立った勢いで迫ってきていたのだ。
「――いたわ! 希少種の人族よ!」
「岸・護くんね! 養子先貴族。経済力あり、体格良し。そして何より……!」
「『子沢山希望』の超優良物件!!」
「は? ……おい、待て、やめろ! 離せ!」
「行きましょう! お茶会という名の査定会場へ!」
「秘密の花園へのご招待よ!」
「わ!離せッばか!やめッ………」
岸の悲鳴は、花の香りに包まれた女子集団の波に飲み込まれていった。
あっという間に、ベンチの横には岸の引きちぎられたネクタイだけが寂しく残されていた。
「……岸、人気者だね。モテモテだあ」
りんは、点になった岸を見送りながら呟いた。
「いいえ。モテとは少し異なるかと。
あやつ、学園長によって『婚活市場』に載せられましたね」
「ラブバーゲン?」
聞き慣れない単語に、りんは首を傾げる。
澪は真面目な顔で、懐から生徒手帳サイズの魔導端末を取り出し、掲示板を表示させた。
それを促されりんも覗き込む。
「入学許可書を作成する際の問答内容が、全校生徒に開示される制度です。
結婚願望の有無、希望する家庭像……。
この幽玄異郷は弱肉強食。
この学園では『種を繋ぐ意欲』もまた、評価されるスペックの一つですから」
初耳である。
「全校開示……?
え。じゃあ、みんな私のことも知ってるの?」
「当然です。……もっとも。
りん様のスペックでこれほど静かなのは、おそらく……。
性自認が『無』、かつ『結婚に興味なし』と記載されているからでしょう。
手を出しても無駄な、高嶺の花を超えた『神聖不可侵な偶像』扱いになっています」
「現にあちらに………」
と澪が指差す方の茂みにはカラフルな生垣の中爛々と光る目が無数にある。
手には団扇があり『王子様♥』『りん様こっち見て♥』『ウィンクください♥』など書いてある。
遠巻きにされる視線には既視感があった。
「私……そんなこと書いたっけ?」
りんは、御嶽が書類を作っていた姿を思い出した。おそらく、あの時だ。
「さすがはりん様!
性別という矮小な枠組みを超越し、孤独すらも孤高として!
自らの光へと変えるその気高さ! 一生ついて行きます!」
瞳を潤ませてキラキラさせながら感動に震える澪。
りんは一瞬、自分の性自認が「無」で固定されている事実に違和感を覚えたが、すぐにどうでもよくなった。
「……ま、いっか。
後で確認しに――いや、興味ないや。
岸が楽しそう(?)ならそれで」
「その無頓着さこそが王者の風格! 素晴らしいです、りん様!」
一方、攫われた岸は「家庭の夢を語り合いましょう!」と迫る多民族の女子たちに囲まれ、白目を剥いていた。
「(御嶽めッ………。俺、あんたを一生許さねぇ……!)」
と御嶽へのリベンジを心に固く誓ったのである。
「はぁ………。麗しのりん様。性別無なのでしたら男にも女にもどっちにでも転ずることの出来るお方ッ………」
「女でありながら騎士家系のモルガン家の澪様。
性別自認が無の貴公子りん様。
二人の姿が、相乗効果で綺羅びやかですわ………」
「りん×澪? 澪×りん?
岸様とのトライアングラーも萌えますわあ………」
「でも。りん様のドレス姿も見てみたいですわ………」
静かに囁かれる女子生徒達の姦しい会話をまだりん達は知らない。




