坩堝学園 2.赤髪の女騎士の陥落
「くッ………これしき」
女生徒は歯を食いしばり、脚に力を入れる。
筋肉は言うことを聞く。
だが、――関節が、拒否した。
ぐらり、と視界が揺れた。
「……っ」
倒れはしない。
倒れないことに、意味がある。
騎士家系の誇り。
高貴なる血。
主を見つける為には。
その主に見合う強さが必要なのだ。
弱音など見せない。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お気になさらず」
通りかかった大道具係にそう告げると、
彼らは一瞬だけ躊躇い、すぐに視線を逸らした。
「……そうか。助かる」
「時間がなくてな」
「式典、押してるしな」
「モルガンの息子か。なら頑丈だな!」
誰も悪くない。
皆、忙しい。
そして――。
女子生徒は“心配される側”ではなかった。
壁に背を預け、息を整える。
脚は熱を持ち、鈍く脈打っている。
「……情けないな」
誰に向けた言葉でもない。
その時。
「――ねえ」
聞き慣れない、柔らかい声。
顔を上げると。
そこにいたのは――美男子だった。
淡い茶色とも金髪ともいえないふわふわの髪が揺れている。
瞬きするたびに色が変わるように見える瞳をしていた。
衣装はもう整えられていて、
花束を抱え、式典直前の空気をまとっている。
この学園のふざけた規則に「美しいものは目立て」とあったのを思い出した。
舞台に上がるに相応しい外見の男だった。
「脚、どうしたの?」
反射的に背筋が伸びる。
「問題ない。少し躓いただけだ」
「嘘」
即答だった。
美男子はしゃがみ込み、迷いなく女子生徒の足首に触れようとする。
「――なっ!」
「だめ、動かないで。お願い」
命令ではない。
懇願であり、心底心配している声だった。
長らく聞いたことのなかった声色。
過保護な母のような。
触れられた瞬間、女生徒の思考が止まる。
指先は細く、温かく、柔らかい。
戦場とは無縁だろうと思われる感触。
「……腫れてる」
美男子の唇がきゅっとすぼまる。
「これで“これしき”は無理だよ………」
「私はーーー」
言いかけた言葉は、続かなかった。
美男子は顔を上げ、まっすぐ見た。
「痛いでしょ」
断定だった。
誰も言わなかった言葉。
聞かれもしなかった問い。
「……っ」
喉が、詰まる。
「無理して立たなくていいよ」
美男子は言う。
「今は、座ってて」
「しかし……式典の邪魔になる」
「え。ならないならない。ここの人達、優しいから」
にこっと笑う。
「頑張った人を貶す人はいないよ」
意味が、分からなかった。
「あなた、さっき重いの運んでたでしょ。
それに背後の男の子庇ったでしょ。
皆、気づいてるよ。気不味いだけ。
救けたくてずっと気にしてる」
りんは立ち上がり、チラリと後方を見た。
確かに沢山の視線が気遣わしげにこちらを見守っている。
肩にブランケットがかけられた。
さっきまで美男子が使っていたものだ。
「痛がることは恥ずかしくないよ。
頑張った子は、休んでいいんだよ」
その瞬間。
彼女は理解した。
これは庇護ではない。
評価でもない。
女の子として、気にかけられている。
「……やめろ」
声が、かすれた。
「私は、騎士だ。
そんな扱いはーーー。男なんかに弱みをっ」
「騎士でも」
美男子は、さらっと言う。
「痛いものはいたいし。あなた女の子だし」
それだけで。
胸の奥が、
鍛錬ではどうにもならない音を立てた。
「……っ」
顔を背ける。
耳が熱い。
「男の子でも痛いのは変わらないけど」
言外に女の子だから特別扱いしたわけではないと語る。
「……何故女とわかる」
「うん?」
「私は男と遜色ない身体だぞ」
女子生徒は己の身体を見下ろした。
筋肉が盛り上がった腕。
平たい胸。
紅い髪は片方刈り込んでいる。
髪の長さは個性だ。
長かろうが短かろうがそこで判断出来ない。
制服は女子用ではない。騎士用の特注品だ。
そこに性差はないはずだ。
なのに。
「でも、見たまんま女の子だし」
「なっ………」
「女の子には皆違う可愛さがあるの」
「かわっ」
「『置いていかないで』って迷子の瞳してたから」
「だから。待ってて」
美男子は花束を持ち直し、
去り際に一言だけ落とした。
「男の子頼れないなら。
男の枠として見ないで、私を見て?」
何か鐘の音が鳴った気がした。
目の前の美男子の背後が虹色に輝く。
「同じ生き物!助け合い!お互い様!」
「式典、終わったら医務室行こ。一緒に」
「はい。これ飴ちゃん。あ!氷くれたよ!ありがとう!」
返事の出来ない女子生徒を尻目に美男子は周りにも声をかけ今出来る限りの応急処置をする。
救護の先生に連絡はしてくれていたらしい。
不在で指示系統が遅いと。
新人の教諭も駆けつけてくれた。
若干女子生徒の苗字を聞いて怯えているが。
時間になり式典は始まった。
残された女子生徒は、
しばらく動けなかった。
脚の痛みではない。
――初めて。
誰かが、
強さじゃなく“存在”を見た。
それが、
初恋にならないわけがなかった。
「王子様って。
ほんとうにいたんだな………」
澪・モルガン。14さい。
初めて男子に優しくされたと思ったら
女だったと知り、無自覚の失恋をする。
「りん様!是非とも貴女様のお側に侍りたく存じます!」
後日ピンク色の従者を従えたりんを見つけた澪は、校門のどまんなかで忠誠を誓った。
心なしかピンク色の従者の顔が引きつっていた。
「またたらし込んだのかよ………」
ピンク色の従者の呟きなど雑音にしかならない。
一心にりんを見つめた。
「お友達ならいいよ?」
手を差し出し跪く澪を引っ張りながらりんは頬を掻く。
小首を傾げ澪の反応を伺っている。
澪はカッコ可愛いということばを覚えた。
「くッ………。はい!りん様!」




