坩堝学園〜るつぼアカデミー〜 1.目立つ義務
岸はざわめく周りをキョロキョロしながら一人の姿を探す。
今日はりんと岸の、入学式である。
「岸!また岸と学校!行けるよ!」
「おう」
「うわ………。夢みたい………」
「おう。そうだな」
「岸!岸は何したい?私はねーー」
思い返すと口角が上がってしまう。
厳つい格好で決めた強面の岸がニヤついていたら示しがつかない。
努めて真顔にした。
背後のうるさい女子生徒の声は無視だ。
ーーーりん。こっち来たら途端に子供らしくなったもんな。
チラリと隣の男子生徒を見る。
岸より背丈がある。
角もあるし牙も見える。何族だろうか。
ーーー多民族国家か。
聞くと、空想世界の住人はほぼいると思っていいらしい。
里親の言葉を反芻する。
「護りてぇおんなは懐に入れとかないとな。
かっさらわれても文句言えねぇのが。ここさ。
強くなんな」
全身の筋肉が軋む音がする。
早朝から鍛錬鍛錬。飯を食べたらまた鍛錬。
とんだ脳筋一家に引き取られたものだ。
2週間ですっかり出来た掌のまめを眺める。
ーーー俺が護る。あいつの笑顔をーーーー。
音楽が鳴り響いた。
ファンファーレだ。
式典開始の音楽は高らかに始まりプログラムが読まれ始めた。
ーーーりん!まだ来てねぇのに!
りんの里親。学園長に呼ばれてから姿を見ていない。
親との語らいの邪魔はするまいと遠慮したのが仇になったか。
岸は立ち上がろうとした。
隣の男子生徒が怪訝そうに見下ろした。
皆がプログラムにある校歌を歌っている。
勇者 賢者 騎士〜
文官 魔法使い
花売り 大工
そして――遊び人〜
皆個性をぶつけ合い
皆削られ 磨かれる
るつぼ〜 るつぼ〜
坩堝学園!
校歌は二番目に突入していた。
花吹雪が舞い、可憐な女の子達が妖精の羽をはためかせ中央を空けた。
途端に歓声が地割れのように響いた。
強烈な既視感があった。
「だれ!だれ?あの麗しの方は?」
「微笑んでる!こっち見た!」
「スラッとしてんな。筋肉ないな」
「ほう………。ありゃ女ども群がるな」
阿鼻叫喚のカオス。
壇上の一番てっぺん。
そこには。
完璧な王子様スマイルのりんがいた。
「私は ただ
ここに立つだけ
何者でもなく
何色にもそまらずーーー」
セリフとも歌とも呼べないが、
そのアルトの美声を惜しみなく張り上げている。
「学園長権限で言われました!
『美しいものと、権力をもつものには
目立つ義務がある』って!」
言い切ったと心なしかドヤ顔なのは岸だからわかる。
「なんでそこにいるんだよ!?」
岸の叫びは届いたかわからない。
壇上から見下ろすと岸が叫んでいた。
そこは学園の式典のどまん中。
彼はピンク色の髪をいつものようにツンツンにセットして。
耳にイヤーカフスジャラジャラ。
新しい制服も見事に着崩している。
お洒落番長戦闘モードだった。
何か叫んでいる。指信号いり。
なになに。 な ん で そ こ い る ?
「ん?だから。学園長権限」
背後から音楽が鳴る。
りんの周りをダンサーがステップを踏み花吹雪が舞う。
りんは花をポンポンにしたような花束を両手に持ち佇むだけ。
華壇の階段の一番上でだ。
ーーー楽なものである。
「……誰か止めろよ!
いや、止められるのかこれ!?式典だよな!?
学園権限ってなんだよ!!
くそッ………。少し目を離したらこれだ!」
これは遡ること一刻程の出来事である。
「新入生代表………ですか?」
「そ。りんちゃんにお願いしたいの」
今日は、りんと岸の入学式だ。
この幽玄異郷には三つの学園がある。
その一つが《坩堝学園》である。
驚くべきことに。
ーーーリリスお母様が作った学園。
「お母様………。すごい人なんですね」
「ひでぶ!」
「リリス様!」
また鼻にティッシュが詰められていて気の毒である。
「私の学園だからって、勝手に入れちゃってごめんね?」
「いえ!嬉しいです。また………」
ーーー学生してもいいんだ。
りんは日本で何回も退学したけれど、学校も大好きだった。
勿論学業を頑張れば授業料免除なのも目的だったけど。
あの、皆がわいわいがやがやしている空間も好きだった。
意図せず目立つ事が多かったけど、喧騒を運よく外から眺めるのも好きだった。
「でも。また私ーーー」
それ以上の言葉はリリスの人差し指が制した。
彼女の唇はピンクでうるうるでぷるんとしていた。
ーーーぷるんぷるんだ。
ぼうっと見上げているとリリスはうっそりと笑う。
そんな何気ない仕草も妖艶だ。
「ね?ここ弱肉強食。
魔素は子供に優しいけど強いものこそ正義なの」
リリスがウィンクする。
「ここは貴女が望んだ
《誰もあなたのせいで傷つかない世界》なのよ。
皆タフ。
寧ろ、貴女と岸坊の心配なさい!
もみくちゃにされるわよ〜」
「でも、私が新入生代表なのはいいんですが?」
「なにが?」
「えぇっと………」
日本では新入生代表は成績優秀者。特に《首席》の生徒が執り行うのが一般的である。
りんと岸は勿論学業の試験はしていない。
《特別枠》と呼ばれるものらしいのだ。
それらを説明するとリリスはため息をついた。
目はかっと開かれた。
「あのね?りんちゃん」
「はい」
「貴女は学園長の娘」
「はい」
「ママは学園のトップ。
式典仕切って、くたくた心細いの」
「はい。尊敬します!」
背後で白哉さんがティッシュ箱をスッと準備している。
確かに一筋垂れている。
りんはそっと拭いてあげた。
また吹き出した。
光景はカオスなのだけど、りんは慣れっこだ。
日本でも日常茶飯事だったから。女の子の介抱は得意である。
「『美しいものと、権力をもつものには
目立つ義務がある』のよ。私はそれに晒されているの」
「はい。大変ですね」
「救けて」
「へ」
りんは一瞬、瞬きした。
「立ってるだけでいいの」
「作文書いて………演説したりは?」
「ないないない。
そんな堅っ苦しい式典じゃないのよ〜〜」
りんは弱かった。
特に女の子の救けてに。
「はい!やります!立ってるだけなら!」
「ありがとう♥ほんといい子♥」
そこから早かった。
あれよあれよと。リハーサル。
少し化粧して。
花輪と呼ばれるボンボンを持たされて。
「王子様スマイルお願いね♥学園長権限よ〜♥」
リリスはリハーサルが始まると白哉を引き連れ消えた。
白哉が指文字でりんにエールを送る。
「ご ぶ う ん を」 と。
ーーー大袈裟だなぁ。白哉さん。
すっかりおうち《城》での過保護に慣れてしまったりんはクスリと笑った。
「おぬし、規定第七条、視認性向上条項に基づき――」
「はい!“目立つものは前へ”ですね」
「すご。学則頭に入ってるの」
「さらっと読みました。面白くて」
「俺より文官向きだね?」
文官役の人がりんへの位置取りの確認をしてくれる。
褒め言葉も上手である。
眼鏡をかけた真面目キャラの先輩だ。
「うわ、学園長権限でセンター強制は草。
気の毒だなあ………。学園長の子供は」
遊び人の役の人はりんに花束を投げる練習をしながらねぎらってくれる。
「君が姫なら、護衛も脅威から逃げられない配置だな」
騎士役の人が剣を磨いている。
演舞もしてすごい目立つらしい。
「姫じゃないです!王子様役なんで!」
「「「王子様役いたっけ?」」」
皆が当日急遽参加の新参者に優しい。
学園長の無茶振りは最早お家芸らしいのだ。
途中ハプニングがあったけど皆がいつものことなのか気にしない。
気にしてオロオロしてしまう自分が情けなくなるけど、なんとか奮い立つ。
「それに、お母様も苦労してるんです。
私も支えないと!」
「「「「いいこなんだね………」」」」
なので現在、
全校放送・常時スポットライト・立ち位置センター
三点セットでお送りしております。
《坩堝学園〜るつぼアカデミー〜校歌》
《全体コーラス》
勇者 賢者 騎士〜
文官 魔法使い
花売り 大工
そして――遊び人〜
皆個性をぶつけ合い
皆削られ 磨かれる
るつぼ〜 るつぼ〜
坩堝学園!
《2番》
坩堝学園は 炉の中
正しさも 夢も
どろどろ溶けて
混ざり合い
ぶつかって
失敗して
それでも
より良くなる!
そこでりんが躍り出た。
眩しいスポットライト。皆の視線。
思ったより結構な人数だ。
もしかして。
なかなかの大きな式典じゃないか。
胃がヒヤリとした。
でも。
困った顔のリリスを思い出した。
ーーー女は度胸!
適当な、かっこいいことを言う!
怖い時ほど胸を張るべきだ。
直前にリリスから言われた言葉を反芻した。
「私は ただ〜
ここに立つだけ
何者でもなく
何色でもなく
学園長権限で
言われました!
『美しく権力あるものには目立つ義務がある』
『お母様大変だから手伝って 』と!」
「なんでそこにいるんだよ!?」
岸が吠えるまで気づかなかった。
岸を置いてきたことを。
ーーーあ。岸に言うの忘れてた。
岸にテヘっとベロを出した。
遠くで悲鳴が聞こえた気がした。
音楽はさらに高らかになる。
「ちょっと待て!」
岸の叫びは虚しく観客の声にかき消されていく。
目立て 輝け〜
逃げるな 誇れ
見られることは
祝福だ!
遊び人が歌い出す。
気にするな〜
深く考えたら
負けなのさ〜♪
勇者は剣を
賢者は言葉を
騎士は忠誠を
文官は秩序
魔法使いは夢
花売りは日常に彩りを
大工は未来〜
皆が思い思いの演舞を踊り、花が舞う。
そして――。
りんの背後の床が紫色に輝き。
出てきたのは。
全身に虹色の羽を纏わせたリリスだった。
彼女は美の女神の如く式典のオオトリを飾った。
手からは様々な光を編み出し生徒達の頭上を飛んでいく。
よく見ると色んな動物や剣や杖や花が描かれていた。
幻想的な光景だった。
もう会場《式典》はスタンディングオベーションだ。
最後リリスはりんを隣にすえて叫んだ。
「この子、私の子供よ〜!よろしくね〜」
式典は最大の悲鳴と歓声が渦巻いた。
何名かの教諭の目は死んでいて、他の教諭は顎が外れそうだ。
この式典。
予定調和ではなかったのがわかる。
「俺………不安しかねぇ………」
岸の呟きはりんには届かなかった。
るつぼ〜 るつぼ〜
坩堝学園
溶けて 混ざって
形を変えて
笑われても
見られても
るつぼ〜アカデミー〜我が母校〜
まじめな岸を置いてけぼりにして。
式典は大盛り上がりで幕を閉じた。




