幽玄異郷 満ち足りた一日………と夜
りんがリリスに一番にお願いしたこと。
それは。
「私の家族と岸は無事か確認したい」
だった。
これはとても勇気がいることだった。
孤児院にはあるのだ。
新しい家族の前では話してはいけない禁忌が。
前の家族のことを懐かしがってもいけない。
話してもいけない。
ましてや。
「会いたい」なんて。
一番里親を困らせる禁忌だ。
それをリリスはなんてことないように。
さも当たり前のように会わせてくれた。
「あ〜ぁ。こんなお願いされるなんて。親失格だわ。
まだ努力不足だわぁ」
白哉に追加のプレゼント発注を急がせる。
それを必死に止めてのおうち《城》ツアーだった。
不服そうなリリスには悪いけど、ちょっと過保護である。
そんなことよりもっと驚くべきこと。
りんは一週間も眠っていたらしい。
「りんおねえちゃん、ねむりひめ」
幼子ですら二日で目が覚めたらしいのに。
「魔術の感受性が高いのかしら………」
ーーーそれ。繊細で虚弱と言うのでは?
りんは寝ていた分以上の食事を採った。
おうち《お城》案内ツアーの前にたらふくたべたのに、皆と再会した後もまたたらふく食べた。
どうりで子供達は順応し、
岸は達観していたはずだ。
一週間もこの世界で過ごしたならりんの知らない不思議なことがたくさんあったのだろう。
目を瞑りりんは一日を思い返した。
子供達と妖精の羽根の粉を集めた。
これは甘いお菓子を作るのに使うらしい。
ふわふわした綿毛を掴むと程よく身体が浮いた。
子供達はそれをかき集めてなかなかの高さまで浮上した。
岸とりんが慌ててもリリスは驚いていなかった。
にこやかに指を鳴らして寧ろもっと高く速くふわふわを操作した。
子供達は大笑いだった。
笑い転げてふわふわから落ちた子も違うふわふわが救い上げる。
「この世界の魔素。
簡単に空気の中に含まれてるものなんだけど。
子供を絶対に害さないの。慈しんでくれるのよ」
「大人にはまた違うけどね?」
「やさしい………」
「世界丸ごと過保護かよ」
岸とりんが唖然とする中一日は楽しく過ぎた。
ご飯は少し見た目がカラフルだった。
ところどころ動いたりしているのもあった。
それを岸が訝しんでいたけど、本当に美味しかった。
満ち足りた一日だった。
ーーーそう言えば。御嶽さん。変な事聞いてきたよね。
あれはどんな意味だったんだろ。
「君たちはさ。恋人だったりする?」
「へ?」
「はぁ?」
ぽかんとした岸とりんを見て、御嶽は眉を下げた。
「恋人ってさ。一番精神の繋がりと未練があるからさ。
そんな二人の仲を誤解してーーー」
「岸は家族ですよ!ないない!」
「ぐッ………」
岸は何か言いかけて唇を噛みりんを見た。
伺うような縋るような視線で。
「あ。分かった。ごめん護くん」
御嶽の言葉を最後まで聞かなかったりんも悪いけど。
気遣わしげに護の肩を擦った御嶽は今度はりんを心配そうに見た。
「ちなみに結婚したいと思ったことは?」
「子供産みたい?産ませたい?」
「好きな人と結婚したい?いい人紹介されたい?」
「むしろ恋愛興味ある?」
ーーーほんと。
勇者になりたいかとか。
恋愛はしたいのかとか。
どうでも良いこと小話で話すから警戒が緩むんだよね………。
りんはふかふかでふわふわのベッドの中。
段々と暗くなる月のランプを眺めながら眠りについた。
一方。その頃リリスの執務室に来客が現れた。
「ご苦労様。慎一郎くん」
「リリス様」
慎一郎は跪き両手の拳を合わせると目元を覆うように隠した。
「あ〜。学園じゃないんだから。最敬礼やめて〜」
「いや。クセでして」
リリスが指をくるくると回す。
その間に豪華な応接セットには湯気を立てた紅茶が用意されている。
「ほんと。よく見つけてくれたわ」
「いえ。仕事です」
「うふふ!あそこの管轄はヴォルグくんだったの。
私知ってるのよ〜。
なんで梟ちゃんはいたの〜?」
「いやあ………。恥ずかしながらーーー」
「もう………。梟ちゃんは………」
リリスはイタズラっぽくウィンクして慎一郎の座るソファを見つめた。
慎一郎ではない。
隣の空間だ。
そこに荒々しい足音が近づいてきた。
「こいつはあの時弱体化してましたよ。
近道でもしたんでしょう」
無遠慮に扉が開かれた。
ズカズカと革靴の音を鳴らす勢いでヴォルグが入室した。
さっとコンマ何秒かの最敬礼をした後慎一郎の隣に座る。
そこにはすでに新しいティーカップが用意されていた。
受け皿にはチョコも添えられている
「ヴォルグくん………恥ずかしいよ」
もっもっ………と音がする勢いでお茶菓子を食べる慎一郎を一瞥してヴォルグは目を瞑りため息をついた。
「恥ずかしい自覚はあるな?土地神怒らせて生きてるなどお前らしい」
「あら………?どこのこ?」
「赤城の大蛇の玄孫の玄孫を撫で回して、力、一時封印されました」
一瞬の間。
そのあとリリスは笑い出した。
吹き出したと言ったほうが正確だ。
「やだ!玄孫の玄孫なんてただのヘビじゃん!」
「運悪くアルビノだったのを薄汚れていて気付かず………」
「あちゃ………赤目白蛇は神の化身の先祖返り………」
「つるつるでして………」
「それで、無遠慮に揉みしだいたと」
「ほんとにとぅるんとぅるんで………」
「おい手をワキワキするな」
「そう。それでしばらく梟の姿で連絡取れなかったのね」
「連絡魔のお前がこうも連絡ないと、逆に危険だと身に染みたわ」
「面目ない………」
あせあせしながら頭を下げる慎一郎をこれ以上諌めるものはいない。
「あのこ。泣いてたんだ」
「どのこ」
「えっと。りんさんのもう一人の方」
「解離性分離障害の人格ね。憑依型の可能性のある」
慎一郎は頷いた。
そして手を合わせ祈るように目を覆う。
その仕草は苦しげだ。
「いかり狂ってたではなくか」
「心が泣いてた」
部屋は静かだった。
ただお茶を飲む音と、時計の音がした。
「ほんとは。救けるつもりなくて」
「お前は愚かなものが罪を重ねるのは傍観派だもんな」
「悪の未然阻止は魂の修行にならない。あれは人間の問題」
「だがお前は動いた」
慎一郎がため息をついた。
「魂が………ふるえて………引き裂かれそうな音。
遠くからでも聞こえたんだ。
彼女魂がぶれぶれなんだ。人間として限界だった」
「加害行為は間に合わなかったけど………」
「間に合ったわよ」
リリスは窓の外を眺めながら呟いた。
「あの後心配で付いて行ったんだ。
そしたら傷は直してくれるわ、鼠はくれるわ。
甲斐甲斐しくて。すごくいい子なんだよ」
「餌付けか」
「あの子の鼠美味しかったよ」
「食うな」
「ジビエ気分でさ」
「まったく………」
重苦しい空気を打ち消すようにリリスは突然歌い出した。
ーーーあぁ………勇者よ。なぜ消えた。
ーーーあぁ………聖女よ。なぜ消えた。
ーーーあぁ………賢者は今日も謳う。
慎一郎もヴォルグも驚かない。
これは彼女の通常運転だ。
「慎一郎くん!あの書類は出来た?」
「はい!聞き取り済みです!」
途端に目を輝かせて鼻息荒く慎一郎は白い封筒を懐から取り出した。
ツヤツヤなその封筒から二枚の書類を取り出したリリスはほくそ笑んだ。
「やだ。こうも二人は正反対なの」
クスクス笑うリリスに慎一郎は淡々と説明する。
「片方は初恋を拗らせてモテたい、気づいてほしいタイプ。
不器用だからアプローチ出来ないのに相手の近くで機会を伺う姑息な腹黒タイプです」
「むっつりね」
「それに引換え。
初恋クラッシャーを増産する無自覚デストロイヤー。
初恋を知らない。
人の恋路には頭を突っ込むおせっかい鈍感タイプ。
性自認はあいまい。
自分のカリスマに気づいていません」
「罪な女ね〜」
「なら」
リリスは指に紫色の炎を宿した。
空中から白い羽根が舞ったような幾何学模様が重なった。
そこから滑り出したのは黄金の光沢の紙だ。
《入学許可書》
新しい書類に爪を這わせた。
人類 佐藤 りん 14さい
性自認 無 (結婚興味なし)
人類 岸 護 14さい
性自認 男 (かわいい嫁募集中、子沢山希望)
「これならあの子たちが望む学園生活を送れるはずよ」
リリスの掲げた《入学許可書》は輝きを増した。




