幽玄異郷 2.おうち《城》ツアー
おうち《城》案内ツアーが開催されていた。
りんの寝室の部屋の中ですら見るべき所がいっぱいだった。
本棚もデスクも全てが触ってよいものか萎縮しそうな高級品のオーラを出している。
寝転がれそうなふわふわのカーペットは純白の綿毛のようだ。
「転んで怪我しないようによ♥」
開放的な大きな開き窓からベランダにでた時点で外の景色は異常だった。
ーーー空が広い。
電線もなければお隣の家の外壁も見えない。
ここが普通の住宅街ではないことだけはわかった。
「ベランダじゃなくてバルコニーね♥
あん♥でもりんちゃんが《ベランダ♥》って言うと可愛いわあ………。
もうベランダでいいんじゃないかしら」
「では早速建築特許の部門に申請を………」
バルコニーの周りや下にふわふわした綿毛のようなものが敷き詰められていた。
つつくとふわふわしてプニプニしていた。
クッションみたいだ。
「落ちたりしたり怪我しないようによ♥」
扉という扉の周りには繊細な彫刻が施されている。
「ロココ様式かな?」
家具の優美な曲線。花や蔦が複雑に絡むような装飾。猫脚の家具。
部屋も廊下も調度品も統一された柔らかなアーチが弧を描き美しかった。
「んま!建築美術の知識持ち!?博識!」
「バロック様式とロココ様式の違いくらいしかわかりませんが………。教科書にあったのくらいしか知りません」
「んま!
教科書は読まないで鍋敷きにしてた私と大違いだわ!」
結局一番気になる一番目立つ塔には行けなかった。
そびえ立つ塔。
石造りのそれは一切窓がなく一見すると扉も見当たらない。
「あそこは………。お・仕・置き・部屋♥」
「おしおき………?」
「りん様には必要ないかと」
流れるように景色は移り変わる。
ダンスホールになりそうな玄関。
重役会議をできそうな趣の応接ホール。
端っこまで走らないとたどり着けなそうなダイニング。
掃除がすごく大変そうだ。
宴会も難なくこなせそうなキッチン。
数え切れない数の客間。
そこの客間を三個ぶち抜いて作ったらしいりんの私室。
りんのドレスルーム。
りんの食料倉庫。
りんの勉強部屋。
りんのおもちゃ部屋。
りんのおやつを食べる部屋。
りんのお昼寝部屋。
りんの空っぽの部屋。
りんの説教部屋。
りんのーーーー
「多すぎませんか!?」
「普通よね?」
「普通です」
ーーーえ………。
りんの名前の冠を配した部屋は軽く二十は超え、半分覗いて諦めた。
そこよりも行きたいところがあったから。
チラリと隣の美女を見上げる。
りんの隣で、鼻息荒く目を煌めかせながら話す美女。
りんが170センチくらいだから、彼女は190くらいだろう。頭一つ高い。
褐色肌な美女だ。
濃紺と紫を絶妙にまぜたような瞳の色に長い銀髪。
「いや〜ん!白髪増えてる!」
と、鏡を見て嘆いていたけどぱっと見はわからない。
その肌が日本人にしては褐色よりも漆黒なことは別段珍しくはない。
りんの孤児院は田舎で特に観光地でなかった。それでも留学生や就労ビザで出稼ぎに来た外国人はいた。
それらが物珍しいほど国際社会から孤立しているわけじゃない。
顔立ちだって中性的とはいえ鼻筋が通り。造形が美しい。
そこはいい。
絶世の美男子に見える美女。
珍しいのは耳の形だった。
チラッと背後に控える執事の人を見る。
オレンジの長髪をお団子にしている。
瞳は金色だ。
この人も美人である。
ただ気になるのはその人の頭でピクピク動くもの。
それとお尻でゆらゆら揺れるもの。
聞くべきか黙っているべきか悶々としながらも脚を進めていく。
ーーーうん。黙っておこう
なんでも疑問を投げるのは幼児の所業だ。
りんは黙々と歩いた。
「何かここまでで気になることはあるかな?」
「うッ………」
心臓に悪くなって飛び上がる。
ーーー一番気になることが聞けないッ。
それでもりんの視線がうるさかったのだろう。
背後の執事服の人が耳元で囁いた。
「気になります?これ」
あろうことかお尻で揺れるそのもふもふのシマシマのものを手で掴み、目の前で揺らしてきた。
「ひぇ!え………?かわいい!」
「でしょう?」
「でも」
執事服の人は口に人差し指を立てながら囁いた。
「触りたければ………二人きりの時に」
時が止まった。
りんは一瞬考えてから手を引っ込めた。
「触ッ………て良いものなのです………?」
「痛くないです?」とおずおずと聞くと執事服の人は目をまん丸にする。
りんがしげしげとその魅惑的に揺れるものを凝視していると二人は吹き出した。
「やっだ〜!白哉!
私の子にお色気仕掛けないでよ!」
「おや?大抵のおなごはこれでイチコロなんですがね………」
「「面白いこね〜(ですね)」」
ーーーウケてる?なんで。
「白哉です。このおうちの執事をしております。
以後お見知りおきを」
丁寧にお辞儀をした白哉はまたリリスの背後に侍る。
賑やかな一行はおうち《城》の裏庭にたどり着いたのだ。
そこには。
子供達の笑い声に満ちていて。
安心と喜びに溢れて駆け寄ろうとする。
するけど。
りんはぴたりと動きを止めた。
「きし!妖精つかまえて!」
「わ!オレンジのとらさんが来た!」
「あ!洗濯物ひらひらお空飛んでいく〜」
「だっこ!そらまでまたとばして!」
「あ!りんおねえちゃん!」
「みてみて!りんおねえちゃん!」
「ねぼすけりんおねえちゃん!」
「「「「エルフのおねえさんも!」」」」
「ダークエルフよ〜。間違えるとエルフ共がうるさいから気を付けなさいな〜」
「「「「「「は〜い」」」」」」
そこには紫色の空の下。
思い思いに草原を駆け抜け異形の人や動物やよく分からない生き物と戯れる子供達と岸がいた。
ーーーやっぱりリリスさんって、人間じゃなかった!
黒い肌。長い耳は物語に出てくるダークエルフそのものだった。
ーーーそれに白哉さんは猫か虎か迷ったけどッ。
ちなみに執事の白哉さんは明らかに虎の耳に尻尾がついている。
「子供達は順応がはやいね〜」
「はい。一週間でペット達とも仲良くなりましたし。
妖精も目で追えるほどになりましたものね」
子供達を眺めながらキャピキャピと話す大人を後ろから眺める。
そこで思い出すのは御嶽とヘルメスの説明だ。
ーーーうちの国は、多民族国家なんだ。
ーーー僕等の見た目なんて凡庸な方だよ?
「すげえよな。
光って死んだかと思ったらベッドでさ。
ユーゲン国は幽玄異郷って冥界と天界の狭間らしいし。
異世界に引っ越し?
角ある、羽ある、魔術使える、なんかふわふわしたの飛んでるし、妖精、妖怪も入り乱れた国家で贅沢な暮らし約束されてるんだぜ。
でも。
あっちより護られてる感じがすごい。
万全感?
こえぇわ」
りんが今叫びたいことは、
岸が冷静に言ってくれた。




