エピソードZERO4 孤児院焼失事案 《幸福》と名付けられた墓
「持たざるものはこうも愚かなのか」
「違うよ。今回はこちらも絡んでる」
気を失った少女をを抱えながらヴォルグと慎一郎は目の前を真っ直ぐに見つめた。
轟々と燃え盛る屋敷は唸るように崩れた。
遠くからでも立派な門は熱でひしゃげているのが見えた。
大きな看板には《幸福の家》と書かれていた。
ーーー半刻前。
「くそッくそッ台なしだ!」
「施設長!逃げましょう!」
《幸福の家》施設長小暮 恒一は焦りに焦っていた。
もう恐慌状態だった。
この施設は招かなければ見つからないはずだった。
役所の連中はたどり着けない。
学校関係者もダミーの施設に訪問する。
この二十年ほど順調だった。
そうあの方が言ったのだ。
闇っ子を集めろと。
過酷な環境で育てろと。
死んだら一箇所に埋めろと。
あとはーーー。
そこでーーーー。
ーーーなんかを子供に育てさせろと言ってたか。
小暮は頭が悪かった。
難しいことは憶えてもすぐ忘れるたちだった。
運よくこの土地を手に入れた時にあの方は来た。
日本の法律は穴だらけで。
子供を殺しても大した罪にもならない。
バレなければ犯罪者の天国。
強いものが弱いものを搾取するのは自然だと。
ーーー貴方は選ばれたのですよ。
それなのに。
「何故俺はあんなやつを連れてきた………?」
酔っていた。
何故こんなにも酔ったのだったか。
スナックで安酒を呑んでいたんだ。
そこに声をかけられた。
「慈善事業されている立派な方にご挨拶を」
そう言って。
あの白い男は酒を振る舞ったのだ。
丁寧で礼儀正しく。
ずっと微笑んでいた。
「さぞ高いのでしょうね。優秀な子供達を得るには」
その言葉に釣れたと思った。
たまに来る変態の誘いだと。
ここ一年なかったから浮足立ったのだ。
戸籍のない子供を弄びたい金持ちはたくさんいるのだ。
「金になる………。
あいつだけは連れて行く」
「書類はどうしますか?!」
いちいち指示を出さないと動けない事務長に苛立ちが募る。
「燃やせ!暖炉に焚べろ!グズグズするな!」
小暮は廊下を走った。
シスターまりなを探したがいなかった。
いい女だったから殺すのは忍びなかったから連れ出そうとしたのに。
この施設にはいつでも逃げられるように発火装置が仕掛けられているのだ。
証拠も証言者も焼けて燃える。
「間が悪い女だな」
たどり着いたのは、施設の端の暗い大部屋だった。
ガキの寝息がうるさい中。
一人の寝顔は白く発光したように輝いていた。
「ガキだと思ってたんだがな………」
ぺろりと舌を舐める。
そっと少女を抱き上げ荷物と共に車に押し込んだ。
かなり振動したはずだが少女は起きなかった。
「少し味見くらいいいよな」
息があがる。
背徳感とはなんと甘美なものか。
変態の趣向は意味がわからないと思っていたがこの少女は別だった。
美しく、無垢で。大人の女の身体に少女が住んでいた。
この少女は寝汚いのだ。直ぐには起きない。
なら。
何をしても良い存在だ。
ゆっくり後ろを振り返る。
眠る少女を暴くために。
そこで。
小暮の意識は狩られた。
慎一郎が車の天井板を引っ剥がし、男を背後から羽交い締めにしたのと女が殴ったのは同時だった。
そこに更に女の手刀が動きを止めた男の喉元を狙った。
それをヴォルグが掴み上げ止めた。
女は風に靡く髪を怒りに振り乱して吠えた。
「なぜなの?何故
邪魔するのよ!!何度も何度もッ」
「ごめん。本当に」
白い男は女に殴られるままだ。
その様子を唖然として黒い男は見た。
その手には小さな男がぶら下がっていた。
男の首がギチギチと締め上がっている。
すでに意識はない。
「半信半疑でさ………。
あんなわかりやすい悪者いるかい?
一応警戒して傍にいたさ。
ほら。りんさんは起きてないし無事」
「本当に役立たずね!
運ばれた瞬間はグレーだから私は覚醒しないのよ!肌で危険を感じないとなの!!
あの子が深く寝入ると特に!」
「僕等の国では子供や女を害するのは大罪なんだよ?
そこを冒す危険思想を探れって方が無理だよ!
僕は変態じゃないんだよ?!変態の思考想像しろと?
事前察知はこの現世じゃ無理!
それ警察の仕事!越権!適材適所!
魔素の量がちがうんだよ〜」
「このッ………。くそ梟!
虫唾がはしるわ!なんでこの男庇うのよ!言い訳ばっかの男は爆死なさい!」
「りんさんの姿で暴言吐かないでよ………」
しおしおと巨体を縮こませる慎一郎を女はずっと蹴っていた。
その女を改めてしげしげと眺めて。
ヴォルグは呻いた。
「おい。この女………」
「この娘だよ。勇者候補」
「おい。どう見ても《鈴蘭の君》だろ」
栗色とも金髪とも言える直毛の髪が怒りにたなびいている。
顔の造形はりん。慎一郎が養子を打診していた少女そのものだ。
だが体付きが報告書より大人びていた。
大人の女性にしか見えない。
被害者目撃情報の《20代前半だろう》といった証言と合致した。
「この小娘が。14だと?」
「魂の年齢測ったから確かだよ」
慎一郎の言葉を聞きヴォルグは舌打ちする。
無意識に腕の筋が盛り上がり、小暮の首が軋んだ。
日本人は比較的幼い顔つきをしている。
幼く見えて大人などザラだ。
合法を測る。
それは慎一郎しか出来なかった。
書類はあてにならないのだ。
現に書類にない被害者がいるのだ。
「そもそも。誰なんだ。こいつは」
慎一郎が答えるより早く、女が吐き捨てた。
「私?」
女はヴォルグを見上げた。
それは小首を傾げながらも目を射抜く力で。
媚ではない。
挑戦的に顎をあげた。
「女に名前聞くなら名乗りなさい」
プイっとヴォルグから視線を外した女は慎一郎を顎でしゃくる。
心得たとばかりに慎一郎が頷いた。
「身体はりんさん。
僕は憑依型のギフト持ちだと思ってる」
「身体はりんね。
危険を感じると出る意識よ。私」
「だから《病気持ち》か………」
ヴォルグは慎一郎が仕上げた書類を思い返す。
現世と孤立させる要因。
それはこちら側からしたら都合のよい材料だ。
「病気を治すことも交渉材料の候補だったんだけどね」
「《治るかわからない》ものを治すことは契約書には書けんな」
「ギフトなら治すじゃなくて《錬成》だしね」
ヴォルグはそっぽを向いたままの女を一瞥する。
その視線を保ちながら指先から青い光を編み出した。
その細長い光が施設長を更に締め上げ吊るした。
「それに庇っていないしな」
ヴォルグの指が今度は金色に光る。
そこから浮かんだ紋様は星座図を混ぜたような線と点の光だった。
「強制送致」
金色の光と共に男は塵になり
断末魔の叫びと共に消えた。
その光景を女は呆然と見る。
塵が金色の光に包まれ完全に消えるまで。
「女を襲う現行犯だ。子殺しも。妥当だろう」
「身体消失、魂煉獄の刑完了。魂移送見届けました。
はい。終了。お疲れ様」
ヴォルグが目を瞑りコートの裾を払っている。
その隣で慎一郎が懐から書類を出しサインをする。それをヴォルグが受け取るのを見て。
女はヴォルグの襟を捻り上げた。
「それ………。どうやるの。教えなさいよ」
ヴォルグは笑った。
鼻で笑う微かな笑いだったが慎一郎がビクついた。
金色の光が完全に掻き消えると、夜の空気が一気に冷えた。
慎一郎は反射的に一歩、女の身体の前に出かけて、やめた。
守る必要がないと、理解してしまったからだ。
女はヴォルグから離れ空を見た。
ただ、さっきまで人だったものが消えた場所を、瞬きもせず見つめている。
恐怖ではない。嫌悪でもない。
それは、仕組みを見せつけられた者の沈黙だった。
ヴォルグはコートの襟を整え、ゆっくりと振り返る。
その視線は慎一郎ではなく、女に向いていた。
金色の瞳の瞳孔は開いていた。
――飢えた狼の瞳だ。
と慎一郎は思った。
敵か味方かではない。
使えるか、使えないか。喰えるか。喰われるか。
女はその視線に振り返る。
その紫紺の瞳が月の光に反射して神秘的に光る。
慎一郎でさえたじろくヴォルグの視線を真っ向から受け止め。
その瞳は弧を描く。
妖艶に挑戦的に、うっそり微笑んだ。
無音なのにヴォルグの獣の気配が濃厚になっていく。
その沈黙に耐えきれず、慎一郎が声を出す。
「ヴォルグくん?」
呼びかけは、制止にも確認にもならなかった。
ただの合図だ。
ヴォルグは鼻で息を吐き、女を見下ろしたまま言った。
「小娘。やはりお前の気質のほうが勇者向きだ」
女の眉が、ぴくりと動く。
「「は?」」
慎一郎と女の声が、綺麗に重なった。
ヴォルグは気にしない。
金色の光を操った指先を握り、わずかに口角を上げる。
「成人してたなら。すぐこき使いたかったんだがな………」
冗談の形をした本音だった。
それが分かるからこそ、慎一郎の背筋がぞくりと冷え、
女は――笑った。
怒りでも喜びでもない。
狩る側の笑みだった。
「他の職員の魂圧も見よう」
「お前。魔獣化できるやつ探す気か?」
「素材が早く循環するのは良いことだよ?」
「あいつを屠ったのに匂いが消えん。くそ………。裏山にでも逃げた奴がいるのか………?」
人数的に閉鎖社会だ。
皆が共犯の可能性があった。
だから屋敷に入ろうとした。
そこで女は意識が途切れた。
爆風にふっ飛ばされたから。
爆音が鳴り響く中、慎一郎とヴォルグは子供達は救出した。
魔術を使わなければ無理だったろう。
爆風に吹き飛ばされた女をヴォルグが抱き込んだ。
そこから少女も夢の中だ。
一先ず裏山に避難して。
子供達を安全な平たい地面に寝かせる。
蔦や花が揺りかごのように子供達を覆う。
慎一郎は一息ついた。
そこでヴォルグの異変に気付いたのは慎一郎だった。
元々色白な肌に血の気がない。
額には脂汗が滲んでいる。
一瞬にしてヴォルグの首筋に指を這わせる。
急所への触診にすら抵抗しない。
それは異常だった。
慎一郎も血の気が引いた。
ヴォルグのその反応を知っているからだ。
「ここにあるの?」
慎一郎が辺りを見渡す。
りんと一時の逢瀬を交わした切り株の手前。
りんが世話していたであろう家庭菜園。
その緑が月夜に照らされて不気味なほど瑞々しかった。
「ああ………。数の………割に………薄いが。
障り溜まりだ。
大量の子供がこの下にいる」
「そんなことが………?」
慎一郎はヴォルグから慎重にりんを受け取り子供達と合流させた。
幸せそうに眠る寝息に後ろ髪を引かれたのを振り切り戻る。
呟きと共に慎一郎の指先から放たれた翡翠色の紋様。
それが緑の花畑のように広がった。
途端。
音もなく家庭菜園の中央は掘り返された。
そこには。
月に照らされた白光りするそれは、数え切れない数の小さな落ち窪んだ眼孔だった。
見るのも耐えかねても二人の反応は違った。
ヴォルグは荒々しかった息が白い煙を帯び出す。
音が、木々が、果実も凍てつく。
それらが蒼い花火が爆ぜるように朽ちる。
血走った眼孔を力強く閉じ、己の喉元を万力の力で抑えた。
口元から牙がせりだす。
慎一郎は膝を付いた地面をひび割らせるほど、太い腕をめり込ませた。
白いスーツが汚れることも、厭わなかった。
逆だった銀髪と銀色の羽根が彼を覆うように包む。
翡翠色の蔦が地面から生えるとそれを更に包んだ。
それはシェルターのようで卵のような形状をしていた。
その中で微かにうめき声と砕ける音が吸い込まれていく。
ヴォルグが森に姿を隠した。
彼の通る道なき道の樹木、草花は塵になる。
それらを止められるものはここには何者もいなかった。
ーーーー二刻は経過した。
「………持たざるものはこうも愚かなのか。いたまし………。こうも鼻が利くこと後悔したことはない。なんとおぞましいことか」
「違うよ。今回はこちらも絡んでる」
落ち着いた二人は自身の魔力の暴走に精神を削った。
まだ顔色は戻らない。
それほどの嫌悪感と怒りを抑え込むのに時間を要した。
ヴォルグと慎一郎は目の前を真っ直ぐに見つめた。
屋敷には敷地ごと呪術が施されていた。
慎一郎はそれらを解きながら侵入したのだ。
最初は土地神特有の《土地の加護》だと思った。
土地神は他の神に信者を攫われるのを嫌う。
神隠しにも領域侵犯はご法度なのだ。
だが。
それなら。
子殺しは神の怒りを買う。
ここに土地神の気配はなかった。
「これだけの被害者だ。単独なはずはない」
「やつらかな」
「わからんな」
轟々と燃え盛る屋敷は唸るように崩れた。
遠くからでも立派な門は熱でひしゃげているのが見えた。
それでも残った看板には《幸福の家》と書かれていた。
二人は子供達の真ん中ですやすや眠るあどけない少女の寝顔をしばらく眺めた。




