エピソードZERO3 孤児院焼失事案 伏見忠夫の不運
「ひっでぇな」
目の前の光景は勿論だが、異臭が鼻を突く。
男は顔を顰めながらテントの中に入った。
現場保全のためのテントだ。
建物の屋根は見るも無残に焼け落ちた状態。
焦げた木材の匂いに混ざりそれは刺激臭を発していた。
ーーー爪の先を焦がした時の匂いと。アンモニア臭か。
かなりの規模が焼け落ちたため救助も捜索も困難を極めた。
最初は近所で散歩していた少年が山火事かもしれないとの救援要請だった。
それは本来ならパトロールをする旨伝える案件で終わるはずだった。
山火事なら本来消防の管轄だし、警察は精々規制線を張るなどだ。
人気のない山里なら近隣住民の避難誘導なんかだ。
それが。
少年の苗字でその場の方針は決まった。
動きは迅速だった。
そしたら。
人里離れた山の中に未登録の孤児院があったのだ。
あった。
今はその面影もわからない。
ーーーいや。あまりに広範囲が綺麗に焼け落ちている。
これは………。放火。ーーー《事件》だな。
「………。仏は一体か」
「お疲れ様です!犬飼さん!」
背後から聴こえた声に反射のように挨拶する。
白髪交じりのスーツの男がテントに入室した。
無精髭をたたえた男だ。
依れもない高級なスーツに身を包んでいるから遠目には上品だ。
ただ近くによると印象が変わる。
青い隈が切れながの眼球のしたの皮膚に居座っている。
襟や袖は皺ひとつないが、靴が泥と傷に塗れている。
この人は足元だけが産まれたての幼児のように傷が絶えないのだ。
ーーー現場百篇。刑事の鑑みたいなお人だよな……。くう〜渋くて痺れる。
草臥れているのにかっこいいのだ。
憧れの先輩である。
そう内心思いながら現場説明をする。
男はメモに視点を落とす。
「あまりりす孤児院。
施設職員4名。
子供達の数は25名。
火元はーーー。紙の量や調度品からすると《施設長室》と思われます」
「なら。こいつは施設長か」
かつて人だったであろう黒い物体を見る。
ひしゃげたそれは高温で一瞬で干上がったかのようだ。
苦痛に喘ぐように歯が剥き出しで叫んでいるようだ。
天高くあがる腕が救済を求めているようで痛ましい。
犬飼はいつもなら丁寧なくらい仏を拝む。
人だったものへの敬意の表れだ。
ただ今回はそれを一瞥して目を逸らす。
「身長はーーー。170くらいか」
「縮みますけどね。だいたい平均的な体格っす」
「日本人のーーー平均身長体型の成人男性か」
「鑑識さんが骨盤の形状から男だろうと」
「そうか」
犬飼がテントを退室するのを追いかける。
いつもならしばらく仏から離れず黙って佇んでいることが多い。
考えを繋ぎ合わせるように黙り込む様がカッコいいのだ。
今回はそれがない。
ということは。
「ホシの目星はついてるんすか」
「いや」
「またまたあ!
犬飼さんが仏さんに拝まない時はそいつが極悪人な時だし。
犯人わかりきっているときは現場に留まらないじゃないっすか〜」
「よく見てる。いい部下を持ったな」
「ッ………。真神さん。やはりお越しでしたか」
背後に男がいた。
気づいた時には背中がヒヤリとした。
だって。
ーーーこんな瓦礫だらけで靴音がしない………?
「はいはいはい。部外者は立ち入り禁止ーーー」
「いや。この人はいい」
犬飼が男の会話をぶった切りながら前に出た。
「ご無沙汰してます」
「あぁ。最近は迅速に動けるようになったようだな」
「はぁ………。耳が痛い限りです」
犬飼はその男と話しながら左側後方についた。
その位置取りにぞっとする。
ーーー上官と同行するときの配置!
さっき威圧的に接した手前気不味い。
下を向きながら二人に同行した。
犬飼の擦り切れた革靴と男の革靴の対比がエグい。
二人が向かったのは施設の裏にある小高い丘のような所だった。
そこには小さな家庭菜園があったみたいだ。
生き残った子供達が布団ごと保護された所。
今そこは前日と違い枯れ果てていた。
一日管理しなかったぐらいでこんなになるだろうか。
鼻につく刺激臭が香る。
顔を顰めていると男と目があった。
眼鏡をした美丈夫だ。
犬飼とはまたちがう退廃的な雰囲気の品の良さを感じる男。
完全に上に立つものの圧を感じた。
その男の黒い瞳が黄金に煌めいたーーー気がした。
「この匂いがわかる人材は貴重だぞ。手放すなよ」
「?あいつがですか」
「化けるぞ。育て方次第だがな」
男を置き去りに家庭菜園の真ん中あたりに進む。
そこには重機で掘り起こされたような穴。
そこには。
「ッ!骨?!」
数え切れない数の人骨が折り重なるようにそこにあった。
その頭蓋骨は小さい。
その骨の周囲にむせ返るような甘い匂いがした。
お寺の線香のような。
胃がせりあがる。
刑事課に配属されてから幾度と見る光景。
それにしても。
あまりに残酷な光景に餌付いてしまう。
ーーー子供の大量殺人?!
これ、こんな田舎の俺等の管轄じゃ………。
「これは………」
「あぁ。ウルフ案件だ。
これから公安特別監理部・対咎物専門課の管轄だ。
………この子達の供養の手続きを頼む」
「承知しました」
ーーーーウルフ案件!
聞いたことがあった。
刑事課に入ることが決まった時にだ。
ーーーウルフ案件。
女、子供が犠牲になった事件でこの部署が出張った場合。
するべきこと。
目を合わすな。話すな。空気になれ。
ーーー高位のものへの絶対服従の犬になれ。
背筋をさらに伸ばした。
もう二禁を冒している。
「犬飼、こいつ名前は?」
「はッ。伏見 忠夫であります」
「今度しごく。開示しとけ」
「はッ」
ーーー犬飼さんから憐れみの視線を送られた。
しばらく犬飼と伏見は最敬礼のまま動けずにいた。
ーーー目を合わすな。話すな。空気になれ。
あれは粗相をするなと言うよりは寧ろ。
「あの方は厳しいぞ………。今のうちに遊んどけ」
肩を強めに叩かれた。
「肩叩き《解雇》」のようでさらに背筋が凍る。
「え?返事しちゃった………」
「お前はほんと。俺の若い時ソックリだな」
伏見 忠夫25歳。
ハードボイルドの先輩に憧れて金魚のフンをしていたら。
将来異世界で死にそうになる未来が決まる。




