幸福の家8 サイン
「え!!しかも女の子?!
すっごい貴重!すっごい逸材!さすがパイセン!」
「こちらユーゲン国渡航管理局のヘルメス・カロン」
「ちっす!ヘルメスッす」
結局口約束では済ます気はなかったらしい。
御嶽が呼び寄せたのが、この堅苦しい役職名に似合わない底ぬけに明るそうなヘルメス・カロンさんだ。
くるくると彼の性格を表していそうな栗毛の癖毛。
茶色の瞳もキラキラしている。
名前は外人みたいなのに言葉は流暢だ。
御嶽曰く、ユーゲン国は多民族国家らしく。
彼みたいな見た目は凡庸なほうらしい。
御嶽も自身を凡庸と称するからあまり信用出来ない評価かもしれないとりんは思った。
ヘルメスはりんを認めると鼻息荒く近づき握手する。
必要書類は少ない。
それなのにすごい量を捌いている。
特別な処置の許可などを御嶽が指示している。それらをヘルメスは頷きながら流れるように書類は出来ていく。
仕事は早いみたいだ。
でも口が止まらなかった。
「すごいすごい!闇っ子だぁ!」
「こら。不謹慎だぞ。ヘルメス君」
「ほんとにこの人公務員ですか?」
岸も顔を顰めるテンションでヘルメスは書類を積み上げていく。
ーーー闇っ子………?
「闇の力………を欲する厨二病のつもりはないんですけど?」
こてんと首を傾げるりんを見て周りは焦りだした。
「あ。こいつ。そういう俗語知らないで育ったタイプ」
岸が頭をかくと、大人二人が青ざめた。
「耳に毒ッ………。ヘルメス君!伏せ!」
「ぎゃんッ!いけずっす。パイセン」
御嶽は荒い口調でヘルメスの頭を掴んだ。
頭を垂れるようにお辞儀をさせている。
「闇っ子は。戸籍のない子供のことだ」
「……へ?」
岸が説明する。
「ネットスラングでは………。
違う意味を提議する言葉らしい」
「ネット使わないからいいや」
「だな」
それらの会話を聞いていたのか大人達の顔色はますます悪くなる。
「ち、違っ! その、差別用語とかじゃなくてだな!」
「そ、そうそう! 行政上の分類! ただの業務用語だから!」
「ほら、闇って言うけど暗い意味じゃないし! えっと、ほら……!」
言葉を重ねるたびに、空気が重くなっていく。
りんはきょとんとしたまま、首を傾げた。
「……?お気遣いありがとうございます………?」
「ひッいい子!しかも圧倒的美!!
寧ろ光属性ッ………」
「だから言ったじゃないか!いい子なんだよ!!」
「おい。大丈夫かよ。この大人たち」
岸の蔑む視線に肩をビクつかせたヘルメスは口をワナワナとさせた。
「ほ、褒め言葉! 褒め言葉なんだよッ……!」
ヘルメスの声が裏返った。
「う、うちの国では、その……戸籍がないってことは……
逆に言えば、どこの勢力にも属してないって意味で……」
「だから、えっと……
自由度が高い、とか……希少性がある、とか……。
属性が無限大でッ。昔の勇者様と同じでッ………。
えッと………いいお嫁さん候補。えッと。
いいッ………いいんだよ………」
「ヘルメス君。落ち着いて」
だんだん語尾が弱くなっていく。
「……本当に褒めてるんだよ……?」
「泣き出したよこの人………」
りんが泣かせてしまったような雰囲気にいたたまれなくて。
ーーーこの人をこれ以上追い詰めてはいけないよね。
ペンを持ちながらりんは一瞬動きを止めた。
隣の岸を見て。
窓の外から聞こえる子供達の笑い声に耳を傾けて目を瞑る。
一瞬鋭い視線を感じた。
目を開くと御嶽と目が合う。
彼の瞳はいつもの穏やかさだ。
りんは流れるようにサインをした。
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佐藤 りん
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ーーーその文字が静かに虹色に光ったことに。
りんは気づかなかった。




