エピソードZERO 11.囂しく口喧しい平和 Side真神
真神はすっかり綺麗になった《現し世研究生同好会》の室内を見渡す。鬱蒼としていた室内は程良く整えられている。
潔癖のけがある真神からするとまだまだではあるが及第点だ。
流石に新入生が来るのだ。
その辺の見栄はあったらしい。
ーーーあんなとこに看板はなかったな。
変わる時は変わるもんだな。
塔を登る前に見た光景を思い出した。
塔の下の入口には《現し世研究サークル》と真新しい看板が星降る夜に緑色のインクで輝いていた。
室内では紫紺の布地がもぞもぞ動いていた。
「邪魔するぞ」
と声をかけたが手をひらひら振るのみだ。
あれは機嫌が悪い時の仕草だ。
話好きの慎一郎が来客に一瞥もしないのは珍しいことだった。
「召喚拒否しとるのか」
「なに。唐突に」
鼻歌を歌いながらガラクタいじりに耽る慎一郎が振り返りもせず言葉を投げた。
「してないよ。教室では毎日のように会ったろ。僕は彼女の求めには全て応える従順な従魔だよ」
「………同衾以外は………か」
「入浴もね」
慎一郎が過剰反応した行為。
餌付け、入浴、同衾の拒否を思い出した。
餌付けは番への給餌行動。
入浴と同衾は言わずもがなだ。
それらの全てが《獣人族鳥科》の慎一郎には愛の行為だ。
それらを知らぬ《現し世人類》の佐藤 りんの無邪気で愚かな行動に翻弄される様は小気味いい。
だが。
「餌付けは甘んじたのか」
「………食事は《愛》らしいよ。彼女。愛は無下にしちゃいけないって叱られたし」
佐藤 りんは従魔の慎一郎を心の拠り所にしている。
信頼しているはずだ。
「なら………」
真神は呟いた。
腕を組みバルコニーから見える流星群を見上げた。
「「なんで《式典》に慎一郎を召喚しなかったのか」」
この星見祭の最中。
慎一郎は一度も佐藤 りんから召喚されなかったのだ。
真神は感心していたのだ。目の前の男の胆力と忍耐と公平さを。
式典で《従魔》として主に介入しなかった。
贔屓しなかった。己の《教職》の吟じを貫く。
肉弾戦など特に《従魔》が盾になるべきだ。
戦術としてそれが、正しい。
理論上《従魔》は主人が死なない限り《不死身》だ。
捨て駒として戦局として多大なる活用法がある。
白哉はそれらを望んでいた。
リリス学園長がいなかった式典で《強者》に佐藤 りんを守らせようと。
それが。
ーーー佐藤 りん自ら召喚拒否した………とはな。
炉度を測る前から力不足を自覚していた………?のか。
佐藤 りんはアホだが愚かではない。
突飛な考えをしているが書物の学びを喜びとしている。
当然《従魔》についての書物は読み漁っただろうと想像に難くない。
従魔の姿形から《従魔の未熟さ》を誤解せず《自分の未熟さ》に思考が動いたことも聡い。
それにしてもだ。
来客に茶も出さないなど本当に慎一郎らしくない。
何かを紛らわすように手を動かし続けていた。
その作業音が広い部室に反響して吸い込まれた。
「さっき謝られたんだよ。フワピィとして」
「何をだ」
何時だとは聞かなかった。
宵も深くなる時の惹かれている異性からの召喚だ。
心穏やかではなかっただろう。
この反応では《桜咲く》内容ではなかったらしい。
「『貴方の本来の力を出せない炉度なのにご主人様でごめんね』
『貴方の本来のご主人様の期待に応えられなくてごめんね』
『貴方のか弱さは炉度の低い私のせいだから愛でるしかできなくてごめん。
貴方の鍛錬も何も意味をなさなくてごめん』
『御嶽さんの望む勇者になる気がなくてごめんね』」
バルコニーから一段と大きな火球が堕ちるのが見えた。
その光が慎一郎の丸まった背中を照らし出した。
「………僕の望む勇者って何」
「俺が知るか。お前が聞け。本人だろうが」
また大きな火球が堕ちた。
広場からは微かに歓声が聞こえた。
なんて色気のない夜だろうか。
星降る夜。
《星見祭》の夜には昔からジンクスがあるのだ。
《星降る夜に共にいた大事な人と永遠が約束される》と。
そんな夜に元《時計台の裏物置》と呼ばれていた部屋で男が二人。
ーーー俺達らしいがな。
真神は式典での騒動の割に毎年と変わらぬ夜にホッとするやら呆れるやら決めかねていた。
明らかに目の前の男の様子はおかしかったからだ。
「あの子ちょいちょい僕のこと《強烈な勇者信奉者》だと思ってるみたいでさ」
「………何故だ」
慎一郎は比較的世の中を《俯瞰》してみるタイプだ。
のめり込むのは文化や生き様や価値観への興味と探究であって。
熱烈に信仰し肩入れする《宗派》や《思想》もない。
それらを知ることは《学術的興味》であって信じているとは一線を画す。
「《勇者に興味はないかな?》《君なら勇者にピッタリだ》って現し世で聞きすぎたみたい」
「………何も問題ない《賛美》だが?」
「言うたびゲンナリはされてた」
「………………?」
「だよね。君のその顔でますます分からなくなったな………。
《勇者》は褒め言葉だ。
かわいいより、かっこいいがあの娘にピッタリだと思ったのに」
星降る夜だ。
矢継ぎ早に流星群が煌めき堕ち消える。
星の儚さと無限を思わせる贅沢な夜にくだらない話をする。
そんな平和な夜は不変ではないことを真神も慎一郎も知っている。
だからこそなのだろう。
《短命種》の人類である少女一人に振り回されるのは。
「勇者になれるよって言ったら。
目を輝かせるよね。子供達は。幽玄異郷ではそうだ。
あの子は現し世人類にしては優しすぎたから。
感性は幽玄異郷の民の子供達と同じと思ったんだ。
《お金持ちにならないかい?》
《悠々自適な生活を保障する》
《皆が君を蝶よ花よ大事にするよ》
《どんな難病も治せる魔術があるんだ》
そんなマニュアル通りの孤児への殺し文句より。
《救けたいものも強さの価値も自分で自由に選べる《勇者》》が一番彼女に似合う。と思ったんだけどな。
まさか。そんなに勇者になりたくないとは思わなかったなあ………」
ショックだったらしい。
記憶する限り《失言》をした試しがない《言葉を重きにする種族》の男の後悔だ。
「勇者にはなりたくてなるもんじゃないぞ。あれは。
《なってしまうもの》だ」
「それでも。勇者に嫌悪のある子供はいないだろ」
「普通………は通じないだろ。あいつだぞ」
真神は未だ振り向きもしない慎一郎の紺色のローブの背中を見つめた。
慎一郎がこねくり回しているのは何やら四つの羽根を有する機械だ。
それらは現し世で失われつつある《ロストテクノロジー》らしい。
真神にはただの回れば風が出る魔導機械にしか見えないのだが、慎一郎には違う物に見えるらしい。
「これを頭に乗せれば現し世人類も空を飛べるはずなんだ………」
「頭皮が捲れるから諦めたとか言ってなかったか?魔術が体に練れない現し世人類では不可能だと」
「身一つで空を飛ぶのは現し世人類のロマンなんだ。叶えてあげたい。魔素のない現し世でも空を飛ぶ方法が………」
「奇特だな。お前の研究は」
「現し世人類にとって。ここは《夢の世界》とも《異世界》とも呼ばれている。
魔素があるないで大して変わらないはずなのに不思議だ」
「だから変な輩が時折降ってくるのか。迷惑この上ない」
一瞬星々の輝きが落ち着いた。
「なりたくて転移された《勇者候補もどき》は大抵現し世に役立つギフト持ちで強制送還された歴史があるもんね………」
「下手な大人が転移すると価値観も性格も捻くれ方も凝り固まっていて《神に嫌われる》からな」
「あの人達。なんで《ハーレム》とか《酒池肉林》みたいな現し世ですら倫理アウトのことばかり求めるんだろ。こちらは確かに一夫多妻も一妻多夫もあるけどさ。それは《平等》にだよ。
しかも《相思相愛》だった場合だけだ。
結構決まり事も縛りは多いのにね」
「バカの思想など考えたくもないわ」
魔術が使えるから《チート》だとか。
女が少ないのだから全て勇者の嫁になるべきだとか。
こちらが頼んでもいないのに《勇者》を豪語して暴れまわり強制送還された《名も覚えられぬように抹消された勇者候補》達。
それらがないように現し世と縁の薄い《美しい魂》を勧誘すること。
それが御嶽 慎一郎と真神 玄狼の現し世でのもう一つの仕事だ。
《汚れた魂》と《美しい魂》の選別。
それらは誉れ高い仕事だ。
「彼奴等は《現し世と縁が薄い》のではなく。
《現し世で適用しようともしなかった変人》だ。
あれらは理のバグだからすぐ修整される。
あんなのと佐藤 りんや岸 護を一緒にする気はない」
「それは………そうだけどさ」
少しぶすくれて慎一郎は道具から手を離した。
「それよりも」
「お前は俺と同じ《悟り》の域だろう。
《炉度》が《00》の佐藤 りんでは炉度の差で従魔のお前を使いこなせんのは現実で正論だ。
何が不満だ。
主人の倫理が狂ってないことを誇れないのか」
「それと召喚さえしてくれない。危険な時寄り添わせてくれないのは………違うと思うんだ」
「なんだ。拗ねてるのか。お前は《09》玖だろうが。
神格持ちが駄々をこねると洒落にならんぞ」
真神が慎一郎のマスクを剥ぎ取った。
「あ………今唇荒れてるのに」
ペロリと唇を舐めた舌先に金色に光る小さなボタンが埋め込まれていた。
ピアスの形状のそれ。
そこには《09》と刻まれていた。
「難儀だな。そんな所に炉度を埋め込まねばならんとは」
「君もね」
お返しだとばかりに慎一郎の黒革の手袋が軌跡を描き真神の頬を押し上げた。
仏頂面の頬。
本来殆んど上がらない口角に隠された犬歯。
そこにも《09》と刻まれたボタンが埋め込まれていた。
「やめろ。擦れると口内炎ができる」
「そんなの二・三時間で治るじゃん。僕なんか少し食事の味が変わった気がするし話しづらい」
「不快さは変わらん」
真神は慎一郎の手をパシっと振り払った。
やっとこちらを見た慎一郎の瞳がまん丸に見開いた後細まった。
「あの《伏見》くん。
彼すごくすごく………忍耐あったよ。
さすが君が選んだ《先遣隊》だ。
僕ですら吐き気を我慢出来ないほどの悪夢。
何十回もリフレインする悪夢にフラフラになりながらも帰還したよ」
真神の直属の組織の警察官が現し世に帰還した。
それは幽玄異郷での確認を終えたことになる。
昨日今日の深夜を使いどれだけの地獄を見たのだろうか。
その場に呼ばれなかったことへの苛立ちは置いておき、ため息をついた。
「なにかわかったか」
慎一郎の瞳に一瞬憐れみが走った。
何を哀れんだのか。
恋い慕う少女への同情ならまだいいが蚊帳の外の真神への憐憫なら殴りたくなった。
「置物の産地はわかったみたいだよ。
なんでもそれは《縁起物》で。
大きければ大きいほど良いとされるもの。
政治家のゲン担ぎに良く使われるらしいよ。その名前を冠した神社もある。
それが《小さい》ものとして室内に飾られていた。
それの意味する所に心当たりがあるって」
意味する所。
それは。
「本来とは《気安い》意味合いに落とし込まれた縁起物か」
真神の呟きに慎一郎は頷いた。
「それは《簡略化》が好きな現し世日本人らしいお土産品だけど。見目が麗しいものではないから他県にはあまり渡さないらしい。女の子へのプレゼントには不釣り合いらしいんだ。なら渡すのは………」
「《身内》か《地元民》か」
「そこから導き出したのは。
彼女の本来の地元は《赤城県》の可能性がある」
「………《赤城県》だと。あのお前が呪われた《赤城山》がある県か」
「彼女の日本語に訛りはなかった。
関東圏の出身だろうと当たりはつけてたんだ。言語の癖は一昼夜では直らないからね」
「北関東の。………神々の禁忌地が多い事で有名な………」
「そ。別名《アカギー帝国》と呼ばれるかかあ天下の県さ」
日本には県という地方の括りがある。
〜地方と呼ばれる中でも独立した自治と個性を発揮するのだ。
都会の東都県に関西の京西県などが首都を古来から争っているのだ。
それぞれの県が《自治区》であり法律も細かく異なる。
その中でも異彩を放つのは《アカギー帝国》だ。
三方を山やまで囲まれた盆地と平野を持つ農耕と野生を宿し民族。それが《アカギー帝国》の民だ。
口調はぶっきらぼうだが情深い。
その地に生まれた乙女を他県に嫁に出すことを禁忌としている。芸能人に赤城県に少ないのは《地元を離れて大成しなくとも大事にされるから》とされる。
そんな閉鎖的な山の民の住まう県。
それが佐藤 りんのルーツだとしたら。
「………あの身体能力も頷けるか」
「山に入るとおなごは死ぬと言われるのを凌ぐための身体のかもしれないね」
二人はバルコニーから群青色の空を見上げた。
白みつつある空を。
まだチラチラと星は瞬き流れている。
「彼女には悟らせない。
彼女は《幸せになるために》ここに来たんだ。
現し世の闇は僕等が背負えばいい」
そう語る慎一郎を見ないように空を見上げていた真神の頭にあったのは月夜が似合う女のことだった。
「らんは。あいつは………知ってるんだろうか」
慎一郎は何も語らなかった。
真神は歯噛みしたくとも押し殺した。
らんは《仮初め》だ。《概念》だ。
どんなに強く気高ろうと《別人格》だ。
宿主は佐藤 りんである。
彼女を佐藤 らんと定義しても良いかどうかもわからない存在だ。
「ごめん。僕の一番はりんさんだ」
「わかってる」
「君が………らんさんを優先するなら。僕等は《敵》だよ」
「………言うな。いや。言わせてすまん」
「君………」
慎一郎の視線が刺さった。
今の真神の姿に驚いているのだろう。
顎を触った。
そこにはヒゲの剃り後など存在しないと言わんばかりの柔らかい肌の感触があった。
「君の初恋を祝えなくてごめんよ」
「いや。これは初恋にする気はないから気にするな」
自嘲気味に真神は口角を上げた。
こんなのが初恋などの美しいものであって良いはずがないのだ。
愚かな男の愚かな執着だ。
初恋は手にはいらないからこその美学があるものだ。
その欲望がこんなにも焦がして親友と呼べるべき男に嫉妬するならそれは。
「あれは《ロマン》だ。俺の理想の形をしてる。
まるで御伽噺のような女だ。存在することのほうがおかしいんだ」
「ヴォルグ君………」
「ありえんさ。俺がお前と敵対するなど。
それこそ天地がひっくり返っても滅びてもありえない」
星見祭。
それは本来神が一人の人類の少女に恋焦がれて星を降らせたことが発端の神話だ。
神が一人の人類の少女を欲しがることを神々が赦さなかったのだ。
だから《狂乱の宴》フェスティバル・ド・ラ・ラジアが起こった。
神々はその一柱の神に見せつけたかったのだ。
人類の欲深さを。
人類の浅ましさを。
人類のか弱さを。
神々が《恥》とする部分を愛した神はそんな神々から決別した。
堕ちたのだ。自ら。
それは《自殺》だ。
神々が一番忌み嫌う罪深い行い。
神に愛された人類の少女はどうしたか。
彼女もその神のために《殉教》した。
後を追ったのだ。
それは今夜のような星降る夜だった。
元神と元人類の少女は愛の力で新しい世界を作った。
優しすぎて自らを殺してしまった民の魂が生まれ直す世界を。
天国と地獄の狭間。
この理想郷《幽玄異郷》を。
その少女を神々は皮肉にも《聖女》と名付けた。
聖女は落ちた神の花嫁だ。
元神はのちに《魔王》とされた。
この世界を作ったのが魔王なことは高位のものしか知らない御伽噺だ。学園でも教えない。
「魔王と勇者。何が違うんだろうな」
「愛のために世界を滅ぼすものか。
愛のために世界を救うものかの違いだよ」
「深すぎてわからん」
「君。その雑さが教諭とは思えないな」
「………お前に言われたくはないな」
夜露の香りがした。
色濃い目覚めの香り。
朝が来る。
「夜明けか。喧騒がもどる」
忌々しいと首を振った。
それを眺めて慎一郎はうっそりと笑う。
「いいじゃないか。平和じゃないと子供は騒げない」
「平和と平穏は違うことを痛感するな」
囂しく口喧しい平和な一日が始まろうとしていた。




