1-3 父母へ未来からの接触を開示
楽しんで頂ければ幸いです。
とりあえず未来情報の打ち込みは終わったところに、ちょうど父の克己の「ただいま」という声が聞こえる。亮太は内容をチェックして、何か所かを修正し、それを母にも見せるつもりで、2部プリントアウトする。ホッチキスで止めた紙束を持って、ダイニングキッチンに降りると、父はビールを飲んでいるところだ。
父はいつも、ビールを飲みながら母や姉と話をしながら1時間以上食事をする。姉は、今日コンパということで、遅く帰る予定になっていると、さきほど母から聞いている。食卓の父の前にはまだ食べ物が大分残っているので、まだゆっくりするつもりだろう。
「おお、亮太、どうした?」
亮太は一応受験生なので、あまり父とは夕食は付き合わないことから、父はドアを開けて入ってきた亮太に聞く。
「うん、ちょっと話したいことというか、相談したいことがあるんで、聞いてほしい」
「ああ、無論いいぞ」
機嫌よく応じる父と向かいに座っている母に作った書類を渡す。
「うん、何だ、これは。『近未来の世界の出来事』なんだSFか?」
そうと言いつつ、父は早いペースで目を通していく、流石のエリート官僚である。書類を手早く読んで内容を掴むのは早い。母のペースがやや遅く、まだ1枚を残している。
「うーん、これはフィクションとは思えないな。ありそうなことばかりだが、これは亮太が?」
顔を上げて聞く父に亮太は応える。
「これは、フィクションではないよ。僕の頭に刷り込まれた情報を要約して文書化したものだ。僕にその情報を刷り込んだ存在は、それを未来における歴史と言っている」
「亮太、お前の頭に刷り込んだって!?そんなとんでもない!」
そこで亮太は、マエゾノのコンタクトと人工頭脳アイエボによる刷り込みの作業、さらにその後2日でその結果を正常に認識できたことを述べた。さらに、刷り込みは未来の人工知能を含む情報技術をあと数回で行われることも説明した。
「多分、父さんの母さんも信じられないと思うんだよね。ただ、僕の中ではこれは真実なんだ。ここに書いている出来事は、今まで学校で学んだ歴史の知識と同じ以上に信じられるものなんだ。だから、僕にとっては近い未来史で起きる2年後の地震と、C国のT国侵攻は間違いない。
前者の地震は、今から備えれば人命だけでなく物理的な損害も大いに軽減できるはずだ。C国の侵攻はそうはいかないかもしれないけど、さっき言った人工頭脳によって未来の知識をインストールできれば、現在の兵器体系を遥かに上回る情報が得られる。
だから、まだ中途半端な状況だけど、父さんと母さんにこの話をしたんだ」
「うーん。ちょっと途方もなさ過ぎて、悪いがまだ信じられない。ただ、これが事実とすれば、絶対に政府を挙げて対策が必要だ。その意味で、今から20日後におきるという、このインドネシアの地震と津波の情報。さらに、1か月後のこのM国とL国の国境紛争の勃発、それから、ほぼ同じ時期のIn国の列車大事故、これらはお前のこのペーパーの信ぴょう性を証明になる。そうだね。僕も動いてみるよ」
「そうね。これが事実であるとなれば、300年以上先の歴史も判っているということだから、国にとって物凄いアドバンテージになるわね」
「ああ、地震などの自然災害の発生は変わらないだろうが、戦争、経済変動、政変とかは変ってくるはずだし。特にひどい経済変動や戦争については変えなくてならん。それに自然災害についても、対策は勿論だけど、発生そのものを制限できる可能性もあるな」
母と父の言葉に亮太は返す。
「そうだよ、その為の未来の知識なんだ。その意味で今後1ヶ月で未来の情報技術を得られるという点で凄く期待しているんだ。特にその中に2年後に迫っているC国のT国への侵攻、これを防ぐ手段がないかと、思っているのだけど、どうかな」
「ああ、現状ではA国軍に大いに頼ることになるが、相手の動きが判っていれば、こちらに有利な形で対処は可能だ。それと長期的に見て、亮太が主導して人工頭脳を製作し、それによって未来の技術を取り込めれば、まずは我が国から始まる文明の加速が起きるだろう。
だから、多分世界から戦争を無くすことじが可能になるはずだよ。つまり、300年の未来の歴史はまったく変わったものになるはずだ」
父克己はそのように言いながら、だんだん亮太の言うことが事実であることが、信じられるように思うようになってきた。亮太の歴史による2年後に迫る地震災害とC国によるT国侵略、特に後者の対策には我が国のみの力では2年では足りないだろう。
いずれにせよ、早く亮太の歴史が真実であることを実証することが先決であり、その上で固く秘密を守った上でそれを活用していく必要がある。それから“人工頭脳”、これの製作が可能であれば、是非早期に完成したい。そのためには、亮太に協力する体制を速く作る必要がある。
亮太の話では、最近㈱富士と組んで産業科学総合研究所が制作に成功したと発表した、量子コンピュータの初期モデルがフレームに使えるということだ。だから、亮太の刷り込みが終わり次第連絡を付ける必要がある。亮太の話が真実であるとの前提で、そのように考えを巡らす克己であった。
「ねえ、亮太。その“刷り込み”というのは続けて大丈夫なの?体と精神の面で悪影響はないのかしら?」
おもむろに母が言う。彼女はこの数日亮太は普通に振る舞ってはいても、普段とは状態が違うことを敏感に感じ取っていた。亮太が得た情報、さらに今後に得る情報が大変なものであることは解るが、前例のないことでもあり、息子の体と精神を気遣うことは当然であった。
ちなみに、彼女は亮太の言っていることは素直に信じられた。亮太は異常なほど学校の成績は良いが、反抗期もあったものの幼いころからまっすぐで、正義感が強い息子が事実でないおかしなことを言うとは思えなかったのである。
「うん、大丈夫。まったく苦痛はないんだよ。ただ、刷り込み後の最初の日はまだ内容が落ち着いてない感じで、その情報の記憶が混乱している感じだなんだ。だけど、その記憶領域をいわば棚上げしておけば、普通の生活には支障がない。そして1日たつと落ち着くから。
さっき言ったアイエボとはコミュニケーションは取れるから、おかしくなれば刷り込みを中止できる。僕はこの情報技術を是非とも取り込みたい。もともと情報技術には興味があったけど、現在のレベルを遥かに超える技術が完全にマスターできるのだから、このチャンスは逃せないよ」
亮太の応えは母の佐知は予想通りではあったが、尚も心配ではある。
「ええ、亮太にとって大事なのはわかるから、本当に異常があったら、休むか止めるかをするのよ」
「うん、本当にやばいと思ったら止めるから。約束するよ」
亮太はその晩には、2回目の刷り込みであるので、一通りの話の後に早々に部屋に引きあげた。その後、父と母は遅くまで話し合って当面の方針を決めた。克己は、妻と話しあって決めた方針で、属している経産省の中で動いてみるつもりだ。
とは言え、克己は本格的に動くのは1か月後に2つの予言というか未来の出来事が正しいことが証明された時点であると思っている。さらには亮太の未来の情報を刷り込みが完了して、それがどれほどのものである確認してから、産業科学総合研究所への接触を行おうと思っている。
後者が期待はずれであった場合でも、予言だけでも極めて大きなテーマである。
その晩亮太は、情報技術の刷り込みを行い、前の回と同様に、翌朝は混乱の程度が軽くなったのを実感した。そして、3回目、4回目と続くにつれてドンドン翌日の混乱が軽くなっていき、定着が終わったと感じる時間が短くなっていく。
『これは、俺の頭脳が刷り込みに適応しているのだな』
そう思うが、刷り込みの翌日の混乱の軽減のみならず、通常の生活を続けていく上で、授業中の教師の説明、あるいは教科書・ネットの解説などを読む上で理解力が増してきているのに気が付いた。さらに、インプットされた未来の通信技術は、現在にない概念を使っており、極め難解であるがそれも楽々とはいかないが、どうにか理解できている、
『やっぱり、頭脳の働き、つまり知性が改善されている。ナカゾノの言う通りだな、そうすると頭脳とのリンクが改善されて、身体的な働きも良くなっているのかな』
たしかに、身体的な面では部活においてフィールドを見渡す視野が広くなって、的確なパスが出せている。そこで、ラノベで言う身体強化の効果があるかなと思って、思いっきりジャンプをしてみるが、この点はまったく進歩はないようだ。
気を取り直して、ボールを足で蹴り上げてリフティングをしてみると、明らかに以前より安定してボールをコントロールできる。さらに、今度はフェイントの動作をしながら、ドリブルをしてしてみると、以前には全くできなかったエラシコなど難度の高いプレーが、軽々と可能になっている。
「おい、亮太、どうしたよ。急にボールコントロールがうまくなったな。そんなフェイントできなかっただろう?また、それに動きが随分早くスムーズになっている」
おかしな動きを始めた亮太を見ていた、同級生のチームメイトの中川誠二が、感嘆の声をあげる。
「ああ、ちょっとな。秘密の特訓の成果ということだ、ハハハ」
ごまかすが、すっかり周囲の注目を集めてしまい、再度相手をつけてドリブルを披露することになった。3人に囲まれても、その隙が明らかに判り、すいすいと抜いていける。結局、3年の亮太は半ば引退ということでボジションを2年生に譲っていたが、2週間後の春の大会には出場を懇願されることになった。
『なるほど、筋力があがるわけではないが、視野が大幅に広くなって体のコントロール能力が増すのだな。サッカーには欲しい能力だな。まあ、普通の選手だった俺が、まあ優秀と言える選手になったということだ。とは言え基本的走力などが、大したことがないから、一流とは到底言えない』
このように、亮太は情報技術を身に付けるほかに、頭脳の機能の底上げを実感できることになった。これは、刷り込み自体が楽に速く行えることに繋がるので、10回と言われていた彼の刷り込みは結局8回で終了することになった。




