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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Kさんと腕



これは、Kさんが中学生の時に通っていた学校の話だ。


 なんでもその学校には、25メートルプールの半分くらいの大きさの池があったらしい。その池は、ちょうどKさんの教室の窓から眺められる位置にあった。Kさんは、暇な時にはその池を見て過ごしていたという。

 池には特に名前はなく、ただそこにいるだけという風情で存在しており、生徒もあまり近寄ることはなかった。生徒が近寄らなかったのは、校庭の端の薄暗いところに池が位置していたことと生き物がアメンボ一匹として見られず、池というよりは沼のような風体だったこともあるだろう。そこは年中じめじめしており、底にたまったヘドロのせいか常に物が腐ったような嫌なにおいが漂っていたという。周囲には柵も何も設置されておらず、今にして思えば随分とずさんな管理だった。

 Kさんがその池を教室からたびたび眺めていたのは先述した通りだ。はじめは、退屈な授業の合間に何とはなしに眺めていただけだったが、ある時Kさんはその池から何かが突き出ているのに気が付いた。気づいた直後は何なのかよくわからなかったが、何度か見るうちにそれが何なのかなんとなくわかった。

 それは腕だった。陶器のように白くやわらかそうな腕が池の水面から突き出ているのだった。子供か女の人の腕だったように思う。そんな一本の腕がちょうど池の中心にあたる部分から空に向かって突き出ているのだった。そうあるのが、さも当然と言わんばかりで。

 それが腕と気づいてもKさんは何もしなかった。ただただ、その腕を眺めるのみだった。それは誰かが溺れているとするには、あまりにも現実味が欠けているように見えた。腕がピクリとも動いていなかったせいか、汚く汚れた池から突き出ているにしては腕が白く、汚れていなかったせいか。やがてその腕はいつのまにか池から突き出たのと同じようにKさんの視界から消えた。

 それから時々Kさんは腕らしきものが池から出ているのに気が付いた。あるときは、早朝朝日を遮るためにカーテンに手をかけていたとき。またあるときは、掃除当番で日が暮れる時間になって帰ろうとランドセルを背負ったとき。腕は何も変わらない様子で、池から突き出ていた。

 一度気になって、腕が池から見えたとき友達にあれが見えるかと聞いてみたことがある。しかし、友達には何も見えないようだった。

 Kさんが腕を見つけてから一月ほどたったある日の夕方、夜と昼が混じり合ったように見える空の下。Kさんは、塾に向かっていた。塾に行く途中、小さい川がある。流れがあまり無いせいか、いつも水が淀んでいた。Kさんが、橋を渡る途中に何とはなしに水面を眺めると見覚えのあるものが遠くに見えた。腕だった。遠目でもあれが何か、Kさんにはよくわかった。Kさんは、わかりたくなかったがわかってしまったので、気づいていないことにした。

 塾で講師のけだるげな声を聴きながら、Kさんは気のせいだったような気がした。塾の帰り同じところを見たが、何もいなかった。そうして、Kさんはそろそろ本気で友達には見えない腕が見えてしまう自分の頭が心配になってきた。

 はたまたとある日、Kさんはラーメン屋にいた。煤けた店内の壁、厨房から漂う熱気、黙々と食べ続ける客達。Kさんは、期待に胸を膨らませながらラーメンを待つ。注文したのは豚骨ラーメンだ。

 とどいたラーメンを見てKさんはぎょっとした。カウンターの上に無造作に置かれたラーメン。スープは豚骨や魚介出汁で白濁しており、おいしそうに湯気をあげている。脇のほうに添えられた煮卵は、黄身がとろとろでKさんは思わずつばを飲んだ。

 そんなラーメンの中央から腕が出ていた。白く、病的なほど白い腕。サイズは小さく女性のもののように見える。カウンターの後ろで、せっせとオーダーをとっている店員は、腕に気付いている様子はない。Kさんは、突如として吐き気を覚えた。喉の奥から酸っぱいものがこみあげてくる。

 トイレに駆け込んだ。喉からは唾液と胃液が混じり合ったようなものしか出てこない。当然だ。まだ何も口にしていないのだから。もうラーメンなど見たくもない気分だったが、何とか気を取り直して席に戻る。先ほどのラーメンに腕はもう浮かんでいなかった――いや、突き出ていなかったというべきか。腕を支えるものなど何もないはずなのに、その下に体があるかのように腕は自立していたのだから。

 結局、ほとんど食べられずに店を出ることになった。店員は、腕には気づかなかったくせにKさんがラーメンを残したことには気が付いて、顔をしかめていた。

 これであの腕が、自分以外には全く見えないことがはっきりした。だが、状況は悪い。今までは、学校の池でしか見ることはなかったのに、現れる場所がだんだんKさんに近くなっている。

 なんとかしなくては……Kさんはそう思った。


 Kさんは考えた。あの腕には、実体がないのではないか?現れる場所も変化している。腕だけなのに移動できるはずがない。Kさん以外に腕が見えている様子もない。要するにKさんの脳が生み出した幻か何かなのではないかと思ったのだ。あれが幻であれ幽霊であれ、実体を与えてやればいい。そうKさんは直感した。ただの腕に幻を押し込めてしまえば、無闇に移動したりはできまい。

 Kさんは計画を練った。そうして思い至った。あの腕はどうやら女性のもののようだ。そこで、Kさんは同級生の女子に目を付けた。同級生の女子、仮にSさんとでもしようか――の腕を何とか穏便に――穏便に?切り取ってあの池に沈めればいい。そうすればKさんの目に映るあの腕は、Sさんの腕と同化あるいは憑依して、あの池から出てこれなくなるだろう。幻の腕をSさんの腕に閉じ込めて動けなくしようという訳だ。計画は完成した。あとは実行あるのみである。

 結果として、計画はうまくいった。うまく行き過ぎたくらいだ。Sさんを呼び出すのは難なくうまくいった。前々から好意?のようなものを向けられているのには、気が付いていた。ちょっと、休日に映画でも見に行こうと誘ったらイチコロだった。だからSさんを選んだのだが……

 大変なのはそこからだった。映画を見た後、――約束は守る主義だ。家にだれもいないからと誘ったら、のこのこついてきた。こんなにちょろくて大丈夫なのかと心配になった。家に着いた後、部屋に招き入れる直前に木製バットで背後からぶん殴った。一撃で動かなくなってくれたのは幸いだった。用があるのは腕だけなので、命まではいらないのだが、生きていると切断の邪魔になりそうだったのであっさりと殺せたのはよかった。そこが計画の最大の不安要素だった。

 切断には、物置にしまい込まれていたのこぎりを使った。切断にニ時間もかかったのは予定外だったが、大丈夫だった。残りのいらない部分は、真夜中になるのを待って運んだ。運搬には、家の近くの農家のものと思われる台車を使った。この辺は、住宅地なので十時にもなると人気がほとんどなくなる。死体の上にビニールシートでもかぶせておけば、多少移動を見られたとしても大丈夫だと思った。Kさんをとがめる者は誰もいなかった。死体は適当な路地の暗がりに放り込んでおいた。こちらは、別に見つかっても構わない。

 Sさんの腕は、次の日に大きめのジップロックの中に厳重に保管して、大切に学校に運んだ。騒ぎになっているかもしれないと思って、気を付けていたがSさんのことは、あまり話題にはならなかった。

 放課後、家に帰るふりをして池に寄った。相変わらず陰気で嫌な場所だった。Sさんの腕は、すぐ池に投げ込めるようショルダーバックの中に移しておいた。周りに人がいないことを確認して、池の中央のあたりに狙いをつけて投げ込んだ。Sさんの腕は、枯れて溶けかかった水草にまみれながら沈んで、すぐに見えなくなった。これでもう大丈夫なはずだった。

 だが腕が消えることはなかった。むしろ、二本に増えたくらいだった。増えた一本はSさんのものだった。Kさんの考え――はたしてあれが考えといえるのだろうか?は間違っていたようだ。あれが幻覚でも幽霊でも、本物の腕を池に投げ込めば何とかなるというのは、実に馬鹿げた考えだった。


 以来、Kさんの目には二本の腕が今でも写っているという。 

Kさんの思考をも少し丁寧に書けたのではと思う。

次も頑張りたい。

気味の悪いものになってしまった。

ありがとう。

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