武蔵嘘向和歌集②
武蔵嘘向和歌集②
患ひし床にて詠める
201.病床は夜ぞ悲しさまさりける咳の音のみ響くが故に 雑
雲に思ひを込めて詠める
202.細蟹の愛しき思ひぞ雲となりて今日の風にて運びてしがな 恋
返歌
203.空見れば風にたなびく糸雲の誰が思ひとぞ胸に結びし 恋
奈良の都跡にて鹿の音を聞きて詠める
204.青丹よし奈良の都は過去になれど春日の鹿は今も鳴きけり 羇旅
神在月を詠める
205.八雲立つ出雲に行かばやちはやふる神在月の季となりぬれば 神祇
夜の虫の音を詠める
206.うばたまの夜の更け行けば虫の音の盛りとなりて寝こそ寝られね 雑
夢にて逢ひし人のことを詠める
207.むばたまの夢見しことこそあはれなれ覚むれば袖を濡らすばかりに 恋
返歌
208.あはれなる夢にて逢ふより願はくはうつつの世にて逢はむとぞ思ふ 恋
武蔵野の夏を詠める
209.風吹けば若葉の匂ふ武蔵野の夏の季節ぞひとしほになる 夏
向日葵と恋を詠める
210.ひまわりの陽に向くごとく我が心の迷ひを持たで人に向けたし 恋
返歌
211.沈みては萎るる花のさまに似て君が心もかくやなるらむ 恋
夢に見し男を詠める
212.夢にだに人をば見つる我が身なりこの思ひこそ絶えて忘れね 恋
返歌
213.ありしだに身にぞ誓へど忘れぬる我が見し夢を覚えむやはある 恋
鄙びし町にてつばくらめを詠める
214.つばくらめ鳴く音を聞けばいと悲し鄙びし町の春の夕暮 春
霞む三日月に思ひを重ねて詠める
215.今はただ絶えむばかりの三日月かあらぬ風にも消えぬべきかな 恋
返歌
216.いとどしき風のまにまに消えぬとも我は止めじな人の契りを 恋
身分差の恋を詠める
217.下と上を隔つ籬の厚ければ声は届かず我もえ行かず 恋
返歌
218.鳥ならば越えて逢はむと思へども羽なき我には道こそあらね 恋
盛夏を詠める
219.敷島の山と里とを行き来して汗ぞ染みたる盛夏なりける 夏
板橋の花火を詠める
220.夕月夜轟く音に顧みれば空に咲きたる花火ありけり 夏
朝霞の花火を詠める
221.夏花火の美しき色のまされるは暗き夜空のあるが故なり 夏
明日を詠める
222.この世にて明日をも知らぬ命ならば身を憂へても甲斐こそなけれ 雑
道端にて蝉の亡骸を見て詠める
223.道端に儚くなりし夏蝉に無情な日矢と心なき風 夏
夜空を行く飛行機の光の早きを詠める
224.夜になりて飛行機星の早ければ明けの近しと思ひまどへり 雑
悩みを詠める
225.悩みつつ花火を見れどいつしかぞ空を染めるは黒きのみなる 夏
夏恋を詠める
226.夏花火の熱くも儚きごときなる我と君との契りなりけり 恋
返歌
227.音も光も消えぬる後も猶胸に残る火の粉は熱を忘れず 恋
藤原摂関家を詠める
228.望月は一夜限りのものなれば世を我が物と思ふぞ危ふき 雑
長岡の花火を詠める
229.一時に命をかける火の花の夜空の闇を染めて散り行く 夏
茨城県にて海を見て詠める
230.夏風のほのかに吹けば漣の寄る音しかと聞こえけるかな 夏
巨峰を詠める
231.紙の上に置ける巨峰の皮見れば染み出づる色ぞいと美しき 雑
夏の日に鍬形虫を飼ひしことを詠める
232.夏の夜に飛び来る虫も契りかな命尽きるまで飼はむとぞ思ふ 夏
箱根の鹿を詠める
233.玉くしげ箱根の山に鹿鳴けば秋の深きを我知られけり 秋
今まで儚くなりし生き物を詠める
234.我が身よりありたる時の短きを知りても飼ふは愛あるが故 哀傷