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ぼっちと力と昼行燈


 逸野と出会った翌日、驚くほど学校生活は変わらなかった。普通のラノベなら、翌日からヒロインには執拗に話し掛けられるのがテンプレだというのに……。まぁ現実だし、ヒロインじゃないし、そもそも僕は一人の方がいいし、あんな人気者とセットになった日には、僕の理想はあっさりと幕を閉じるだろう。

 昼休みになり、一人で弁当と新刊を持って、廊下に向かって歩き出す。だらだらといつもの場所へ向かうのだ。少し歩くと、屋上に通じる扉の前についた。使用禁止ではあるんだけど、入り口のカギに癖があって、針金で簡単に開くようになってるのだ。カチャカチャと鍵穴に針金とドライバーを入れ込み、グルッと回すと開いた。孤独を愛するということは、時に規則を超越すると言う事でもある。別にバレなきゃいいかなって……怒られたらやめます。多分。

 

 「ちょっと暑いけど、ここの孤独感は唯一無二!」


 誰もいない屋上に出る、扉横の日陰、定位置でラノベを読む。今日読むのは『BCC:延々続く現実流浪』の新刊だ。前の巻では主人公が千葉のデータセンターに到着して、発狂した市民と戦う辺りで終わっていたはず。静止した時をテーマにしているだけあって、描写に一々目が離せない神作だ。

 本を開いたまま固定して、母の絶品弁当を食べようと弁当箱を開く。誰も見てないってのもあって、食べながら本を読むことが多い。自由にできる時間は、出来る限り無駄にしたくない。

 弁当の中を見ると、肉と野菜がバランスよく詰められていた。流石栄養士、プロの仕事だ。そして美味そう、ありがたい。昨日はしっかり怒られたが、なんだかんだ朝には元に戻ってくださっていた。


 「うまい!うまい!」

 「新木、お前一人で何やってんだ……」

 「うぇ!?」


 誰もいないからとノリノリで弁当を食べていると、逸野が隣にいた。そのお綺麗な顔が困惑に彩られている、なんでここに。屋上が使えることを知っているのは多分数名、その中でいつも使っているような悪い生徒は……あ、この人元ヤンか。ならあり得る……のか?


 「その……ちげーからな?」

 「???」

 「別に追ってきた訳じゃないからな?」

 「そりゃそうじゃない……?」

 「あっ!そうだよな。うんうん。その通り」

 「なんなんだ……」


 なんか勝手にわたわた慌てて、気まずそうにしている。その様子も可愛いものだから、そりゃ学校でも人気になるよなぁと思った。その人気者様は、一通り慌てた後、僕の隣に腰を下ろした。


 「ご友人と食べないの?」

 「そうだな……五人ぐらいに全身見られながら、飯食いたいか?」

 「それはそれは、ご愁傷様です……」

 「だろ?たまには自由に食べさせてくれ」

 「別に僕の場所って訳じゃないし、好きにしなよ」

 「よっしゃ!」


 鼻歌を歌いながら、逸野は弁当を広げ始める。ピンクの生地に花柄……なんというか、普通だ。中身もシンプルだが丁寧に作られたような印象が素直に出てきた。


 「そんな見んなよ……」

 「あぁごめん……まさか自作?」

 「そそ、ウチの家族は料理ひっどいから、アタシが全員分作ってんだ」

 「凄いな……」

 「ま、簡単なものしか詰めてねぇけど」


 それでも凄くないか……?料理自体は可能だけど、毎朝起きて弁当作るのが無理かな……。朝よっわいし。逸野はもぐもぐと弁当を口に詰めている。そういう食べ方なのか……リスみたいだ。


 「ふぁからふぃんなよ!」

 「ごめんって」

 「ふぅん!」


 また怒られてしまった。なんか気になるんだよね。逸野はプイッと逆方向を向いているけど、頬が上下しているのが見えてしまって笑いそうになる。


 「なんだよ!好きに飯食っちゃ悪いか!」

 「いやさ……そんな感じだったっけ?」

 「そりゃ、アイツらの前だとちびちび食べてるさ。普通が分かんねぇから、好きに食べていいのかって」

 「確かに……やっぱ気になる?」

 「当たり前だろ」

 「やってけそう?」

 「まだ一学期だぜ?修業は始まったばかりだっての」

 「進捗は?」

 「根本的な価値観にズレを感じるな……」

 「前途多難って訳か」


 ぐぬぬ、と頭を抱える逸野。実際、僕もぼっち作戦を始めてから、まだ数ヶ月程度しか経っていないのだ。逸野のマジメ作戦も発動したばかり、お互い悩みなく自由になれる訳もないよね。

 僕もぼっちを維持するために色々とやってはいる。虐められない程度の関係性、絶妙なクラスメイトとの関係の維持。委員会活動の回避、じゃんけんになった時はひやひやしたが、無事回避できた。目指しているのは「新木?あ~、いつも一人だけど、多分悪い奴じゃないんだよな~」ぐらいの距離感。作戦自体は上手くいっている、はず。


 「例えばこう、話し掛ける時に頭叩いたりしねぇとか……」

 

 「あれ?誰かいんじゃん」


 知らない間に、二号が来た。もう限界だよ、この屋上にはこれ以上人が入りません。黒髪ロング、黒縁メガネ、端正な顔。そして美人、屋上の顔面偏差値が凄いことになっている!僕が多分下げてるんだけど。


 「まぁいいや、奥使うね~」


 言いながら、屋上の日向へと向かっていく彼女。逸野が、かなり嫌そうな顔をしていた。分かる。圧倒的に自由人の気配、僕が苦手なタイプだ。

 そのまま日傘を広げて、寝っ転がってしまう。ちゃっかりと頭の後ろにタオルを敷いている。自分の快に全力な感じ、余りにも苦手だ。

 

 「なんだあいつ……」

 「さぁ……?」


 お互いに顔を見合わせて、困惑する。そもそも、屋上の開け方を知ってる奴なんて僕以外にいたのか?いや、今は開けっ放しだけど、使えるのを知ってないと来ないはず。

 しらね~と言わんばかりに弁当へと視線を戻す逸野。僕も同じように視線を落とす。もう、ラノベを読むどころじゃなくなってしまった。


 「あ、そういやさ。新木に聞いても仕方ねぇかもしんないけど」

 「なに?」

 「なんというか……こう、人の上手い動かし方知らねぇ?」

 「う~ん……。動かない側としては、声かけて貰えると動けるかなぁ……?」

 「なるほどなぁ」

 「僕に限った話だよ?」

 「そりゃそうだろ。ま、ちょっとしたヒントにはなったか、ありがとな」

 「いいさ、それぐらい」


 その後もあーでもないこーでもないと同じ話題を続けていた。やっぱりサボる側としては、基本的になんでも面倒なんだよね。出さなきゃな~で先延ばしか、そもそも忘れてるかって感じで。

 というか、さっきから視界の隅であのメガネ女子がピクピク動いている。話題の最初ぐらいから手がちょっと動いたりしていたが、今じゃ床を指でリズミカルに叩いている。こっわ。


 「知らない奴をどう動かすか……難しいね」

 「アイツら話聞いてくれねぇんだもん」

 

 「共感。」


 「え?」

 「だから、共感」


 いきなりメガネ女子が言葉を発してきた!しかも共感ってなんだ。うんうんわかるわかるってことか?むしろ怒らせそうだけど。

 メガネ女子はバッっと起きて、日傘を手にし、こっちに近づいてきた。嫌な予感がする、愛する孤独が離れていく気配!


 「君らの立場で考えてみなよ。知らない奴からさ、あれやれこれやれって言われて、やる気になる?」

 「ならない……かな」

 「場合による」

 「おお、賢いね。基本的には、彼のように萎えてしまう」

 「じゃあどうすんだ?」

 「簡単さ、少しだけ内側に入る。それだけ」

 「は?」

 「……??」

 「言い方が悪かったね。知ってる奴になればいいのさ」

 「仲良くなれって?」

 「そそ、ちょっとだけ……仲良くなればいい」

 

 やばいぞ、メガネ女子の言い回しがややこしすぎる。とりあえずちょっと仲良くなればいいのか?全く相手のことも知らないのにどうやるんだ。

 メガネ女子は立ったまま話していたが、とうとう僕らの横に腰を下ろしてしまった。なんてことだ。ぐいぐい近づいてくる。


 「話題は何でも、機会があればちょっと深く話すんだ」

 「深く?」

 「課題がいい例かな?課題を集める時に、あれ出して。だけじゃなく、あの問題難しかったよね~って一言付け加えるのさ」

 「ふ~ん、意味あんのそれ……?」

 「なんとなくわかるかも。僕だけに……感が出るというか」

 「そう、特別感が出る。それを続けると、向こう側に申し訳なさが湧いてくるんだ」

 「確かに……でも、勘弁して欲しいね」

 「操ってるみたいで嫌だな……」

 「人の使い方って奴だから、嫌になるのも分かるけどね」


 気がつけば、最初のだらーんとした気配はどこへやら。内容と雰囲気のせいか、すっかり二人とも聞き入ってしまった。メガネ女子はそう言うと、疲れたらしく今度は僕らの横で寝転び始めた。いや、もう無理だよ……その感じは。


 「こんな所にいた!」

 「春奈様!今日こそ戻ってもらいますよ!」

 「うわ……。ここまで見つかんの?暇じゃん」

 

 マジメそうな女生徒数人が屋上に押し掛けてきた。もう終わりだ、僕の平穏が壊れていく。屋上だけは聖域だったのに、誰も知らない場所だったのに!なんでこんな目に……。

 春奈様、と呼ばれたメガネ女子は、嫌いな虫を見たかのような表情を浮かべて、開いた日傘を彼女らに向けて視線をさえぎってしまった。


 「明高の掌握!お前なら、一年……いや、数ヶ月で出来るだろ!?」

 「何度も言ってんじゃん、やらね~って」

 「なぜだ!中学であれだけ暴れまわったじゃないか!」

 「春奈様、明高にも仲間が多数入っております。号令あれば、すぐにでも動ける兵士たちです」

 「だから、やらないって」

 「どうして!?」

 「あの頃は親にやれって言われてたからやってたの。親は黙らせた。だから、やる意味ないって話」

 「市内のほぼ全てを手中に収めた東顔谷の怪物!お前の影を、みんな追ってるんだよ……!」


 なんかすっごい名前が出てきてる……怪物?とんでもないな。でも確かに、さらっと人の使い方を出してくるとこを見る限り、普通じゃないよなぁ。

 逸野は静かに動向を見ている。その顔は、真剣そのものであった。そりゃそうか、もう似た境遇だよね。お互い、過去が追いかけて来てる。大変だなぁ、そっち方向とは無縁なんで……。


 「しかし春奈様、彼が台頭してきますよ?」

 「あ~~。まぁいいんじゃない?彼、やる気があって真面目だし」

 「いい訳あるか!奴のカリスマは認めるが、お前のように中を見る視点を持ってない!」


 プンスカ!と言わんばかりに地団駄を踏む二番手女子。他も困ったようにメガネ女子を見ている。人気者は大変だな……僕は諦めてラノベでも読んでやるか。もうどうにでもな~れ。


 「うっさいなぁ……有彩、お前が補佐してやりゃいいじゃん。なんで私なんだよ」

 「私も!こいつらも!真香部春奈、お前に覇道を見てるんだ!」

 「勝手に夢見んな。帰ってあいつの補佐でもやってろ。」


 どんどん会話がヒートアップしてきたタイミングで、予鈴が鳴った。時間切れか、全然本読めなかった……。弁当は食べ切れたからいいか。逸野も少し落ち着いたようで、同じく弁当を片付けていた。


 「諦めないからな、絶対に」

 「諦めろ、めんどくさい」

 「どうせ一人なんだろう?お前の才は、友誼を遠ざける。分かってるはずだ」


 痛い所をつかれたのか、メガネ女子は顔を歪めた。逸野の表情も、あまりよろしくない感じになっている。僕は並び立ててない側過ぎてなんも言えない……。でも、才能があるからといって別に仲良くなれない訳じゃなくない?僕の考え方が変なのか?


 「いいや、違う。一人じゃない」

 「は、苦し紛れにしては無様じゃないか」


 「友人なら……ここに二人いるさ!」


 「ん……?」

 「はぁ……!?」


 そう言ってメガネ女子はこっちを指してきて、彼女達が見えない角度で僕らに、乗って!お願い!と言わんばかりの迫真の顔をしていた。

 いきなり友人宣言されて困惑する僕ら。いや初対面なんだけど?今聞いた名前以外知らないんだけど?イラついていた逸野もポカンとしている。僕も多分そんな顔してる。

 逸野と顔を見合わせた。呆けていた表情はやがて、しょうがないなというような笑みに変わった。僕も同じ顔だろうなぁ。孤独が消えていく……でも見捨てられない……。


 「心理を読み取る洞察と精緻な推論。友人として、居られる訳がない!」

 「お二人とも、嘘をつく必要はありませんよ」

 「そうだね……まぁ、でも、友人だよ」

 「おう!才能とか関係ねぇ!コイツは友達だ!」

 「有彩、君は私を高く見積り過ぎてる。私だって、間違ってばっかりだ」

 「くっ……行くぞ。諦めないからな、春奈」

 「またお会いしましょう、春奈様」


 いよいよ時間が迫ってきたからか、あっさりと彼女達は引いていった。しっかり肩をいからせてはいたけど……。

 今度は呆れながら二人で、メガネ女子を見る。視線が集まった彼女は、ごめんこと言わんばかりのポーズを取って、誤魔化してきた。なんだこいつ、助けられたわりに自覚が無さすぎる。だから自由人が嫌いなんだ。逸野も同じようで、はぁ……と両手を横に振っている。僕も同意見だよ。


 「ま、まぁ……乗りかかった舟ってことで。これから仲良くしてよ。あの子らに追われたくないし、友達いないのは事実だからさ」

 「は……しょうがねぇな。見捨てらんねぇし、いいぜ。新木もいいよな?」

 「えっ」

 「お前も一緒だろ?」

 「あ~、はい……。まぁ、よろしく」

 「うんうん、よろしく」


 喜ぶメガネ女子、この感じを見る限りだと彼女らが言っていたような、怪物感は無いように思う。まぁもう、言っちゃったし。そもそも見捨てらんないし、しょうがないと言えばしょうがないけど。ぼっち……ラノベ……消えていく、遥か彼方へ……。


 「あ、名前言ってなかったな」

 「新木琉矢君と、逸野麗依菜さんだよね?知ってるよ」

 「!?」

 「マジ?なんで知ってんの?」

 「ツテが多くてね。旭河のいぶし銀と、龍造の宰相。それなりに君ら、有名人だし」

 「チッ、全部知った上でここに来たのかよ……」

 「屋上が開いてるのを知ってたのも、僕を知ってたから。なるほどね」

 「あぁごめん!屋上に来たのは、本当に逃げるため。新木君がいるのは知ってたけど、逸野さんがいるのは知らなかったし」

 「ほんとか……?信じらんねぇ」

 「彼女らにバレると思ってなかったよ。そこからは完全にアドリブ、仲良くして欲しいのもほんと」

 「じゃあ、いいか」

 「素直過ぎねぇか!?」

 「嘘じゃないんだよね?」

 「勿論。嘘は無いよ」

 「……いったん、信じてやる」

 「はは、ありがと」


 もう疲れた……。昔の話を知ってるなら、もうどうにもならない。メガネ女子が本気を出せば、僕らの高校デビュー作戦が塵に変わるのは間違いない。逸野は気になるようで、メガネ女子を強く睨んでいた。そりゃ、学校にバラまかれたら彼女の努力は無に帰す。それは、僕としてもどうにか止めたいところだ。


 「そう睨まないでよ。誰にも言わないし、なんなら止めてるから大丈夫」

 「なんで、そこまでしてくれるんだ?」

 「可哀想だし……何よりも、私も同じだから」

 「同じ?」

 「そう、私も変わりたいの。真面目にやるの、めんどくなっちゃった」

 「なら、しょうがねぇか……」

 「うん、そんな感じでよろしく」


 三人で屋上から出ていこうとする、額に手を当てている逸野。諦めの境地にいる僕。にこにこ笑顔で機嫌が非常に良さそうなメガネ女子。

 出ていこうとする刹那、メガネ女子が前に出る。そして振り向いて言った。


 「私、真香部春奈。これからよろしく~」


 はいはいと二人して流しながら、屋上の扉を開けて戻った。鍵を閉めて教室へ、別クラスの真香部とは廊下で別れる。自分の席に座り、顔を覆った。絶望である。

 また一人、メンバーが増えてしまった……。孤独どこ……消えちゃった……。三年間孤独で、ラノベを読み漁る計画が崩れていく……。


 「じゃ、始めるぞ~。飯の後で眠いと思うが、寝るなよ~」


 山谷先生の眠りやすい声を聞きながら、さっそく僕は眠りの世界へ旅立って行った……。これから、絶対騒がしくなるなぁ。愛した孤独が去っていく……行かないで……。


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