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08 体を貸して①

 丸っこい幽霊姿のライズは、ロアンナの手のひらの上で『幽霊に憑りつかれやすい体質?』と不思議そうにつぶやく。


『そうなの、子どもの頃にいろいろあってね。弟の名前はレイよ。今は王宮騎士団員をしているわ』

『それは、なんというか……。弟さんは、エリートですね』


 身内を褒められて悪い気はしない。ロアンナはふと、ライズとの会話を楽しんでいる自分に気がついた。


(家族以外の誰かと、腹の探り合いではなく、普通に話したのはいつぶりかしら?)


 ライズは、不安そうにロアンナを見上げている。


『そんな方が、体を貸してくださるのでしょうか?』

『大丈夫だと思うけど……』


 レイが自分の意志で幽霊に体を貸すなんて、今までなかった。だから、ロアンナも本人に確認を取るまで断定はできない。


『今の時間なら、レイは王宮の訓練場にいるはずよ。会いに行きましょう』

『ここに呼び出すのではなく?』

『王太子宮内に呼び出すのは、ちょっとね』


 ここにはロアンナを見張る目がたくさんある。そして、ロアンナを今の地位から引きずり下ろしたい者が数多くいる。


 ロアンナが歩き出すと、その後ろをライズがフワフワと飛びながらついてきた。


『えっと……。お付きの者なしで、一人で行くのですか?』

『そうよ。私には専属メイドも専属護衛もいませんからね』

『そっか、王宮内は危なくないんですね』


 ライズの言葉は、正しいようで正しくない。


 王宮内には、たくさんの騎士がいて外部の敵の侵入を防いでいる。しかし、ロアンナの敵は外部でなく王宮内にいるジーク王子だ。だから、ロアンナとしては、専属メイドと専属の護衛騎士を側に置きたいと思っているが、ジークからの嫌がらせで、それすらも叶わないでいる。


 ジーク曰く、ロアンナは「着飾るだけ時間の無駄だ」そうだ。それでも一応、王太子宮のお飾りではないメイド達が仕事としてロアンナの身の回りの世話をしてくれているが、皆、それほど好意的には見えない。


 王太子宮に来る前は、毎日綺麗なワンピースやドレスを着ていたのに、今では飾り気のないものしか着なくなった。王太子の言いなりになっているのではない。着飾って見せたくなるような相手がここにはいないからだ。


(お父様とお母様は、私が着飾ったら大喜びしてくれたけど……)


 さらに、ジークが言うには「こんな地味な女、誰も気がつかない。気がつかなければ、襲われもしないだろう」という理由で護衛も不要とのこと。


 そう言い放ったときの、こちらを見下した青い瞳を思い出し、ロアンナの心は冷えていく。


 そのとき、背後から『ロアンナ様の弟さんか……。すごそうだな』という独り言が聞こえてきた。


 振り返ったロアンナが『どういう意味?』と軽く睨みつけると、ライズは丸い体をビクッと震わせる。


『ライズさん。私のことはどう言ってくれてもかまわないけど、弟まで悪く言うのは見逃せないわ』

『えっ!? 悪く言うって、なんのことですか?』

『だって今、私の弟がすごそうだって言っていたじゃない』


 ライズは、コクコクと体を縦に揺らす。


『はい。これだけお美しいロアンナ様の弟さんだったら、それはもう美形だろうなと思い!』


 ロアンナとライズは、しばらく無言で見つめ合った。先に視線を逸らしたロアンナが、気まずそうに咳払いをする。


『……そ、それは、どうかしらね?』


 嫌味な婚約者ジークの前なら、こんな風に言葉に詰まることはない。髪色や容姿を貶されることにもなれている。しかし、まっすぐな言葉で褒められたとき、どうしたらいいのかロアンナはとっさに思い出せなかった。


(ジーク殿下から貶されすぎて、考え方が卑屈になってしまっていたわ。気をつけないと)


 ロアンナが『私の勘違いだったわ』と伝えると、ライズは安心したようだ。


『誤解が解けて良かったです』


 ロアンナとライズが王宮の訓練場につくと、すぐに側にいた騎士が駆け寄ってきた。その瞳は心なしか輝いている。英雄の血を引くロアンナは、騎士には好意的に見られることが多い。


「ロアンナ様、ここにはどういったご用件で?」

「私の弟を呼んでほしいの」


 礼儀正しく頭を下げた騎士は、すぐに黒髪の若い騎士を呼んできてくれた。


「姉さん!」


 レイは、「とりあえず、こっちに」と人がいないほうへロアンナを案内する。そして、辺りを見回したあと、真剣な表情でロアンナに囁いた。


「ようやく、あのクソ王子を消す覚悟がついたの?」

「レイ、ダメよ」


 人がいないように見えても、どこで誰が聞いているか分からない。

 レイは「なんだ、違うのか」とため息をついた。


「だったらやっぱり、僕が決闘を申し込むしかないな!」

「危ないことはやめて」


「でも、そうでもしないと、あのクソ王子は、いつまでも姉さんを苦しめ続けるよ!? サッサと向こうの有責で婚約破棄すればいいのに!」

「レイ」


 少し強めの口調で名前を呼ぶと、レイは「ごめん」と肩を落とす。


「姉さんを守りたくて騎士になったのに、いつまでたっても王太子宮に近寄ることすらできなくて嫌になる」

「王太子宮の騎士になるには、ジーク殿下の許可がいるものね。でも、あなたが王宮にいてくれて、こうして会えるだけで私は救われているのよ」


 ロアンナがレイの肩に優しく手を置くと、レイは泣きそうな顔をした。その顔が、幼い頃と少しも変わらず、ロアンナは懐かしい気持ちになる。


(あんなにも泣き虫だったレイが、騎士団に入ってこんなにも立派になって……)


 しかし、どれだけ立派になってもレイの首元に輝く、銀色のネックレスだけは変わらない。飾り部分の星マークの周りに書かれている読めない文字は、古代文字だそうだ。


 このネックレスのおかげで、レイは幽霊に憑りつかれることがなくなった。

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