07 三英雄の子孫
ジークの顔が、青いを通り越して土気色になっている。
その場を王太子宮の騎士達に任せて、ロアンナとライズは自室へと戻った。
作戦をやりきったライズは、ロアンナの姿で「ふぅ、なんとかなりましたね」と穏やかに笑う。
ロアンナは、いつものように通りがかりの幽霊に助けを求めただけ。少し手を貸してもらえればそれで良かったのに、ライズは、たった一日でジークの無理難題を解決し、かつお飾りメイド達を統率してしまった。
『……すごいわ。あなた、何者なの?』
ライズは照れるように頭をかく。
『あっ、俺はノアマン辺境伯です。じいちゃんがトーゴで』
トーゴと言えば、ロアンナの家門、クラウチ侯爵家の初代当主と同じで魔族を倒すために異世界から召喚された者の名だ。異世界から来た三英雄の中で、トーゴはリーダー的存在だったと聞いている。
英雄の中の英雄とでも言うべきか。そのため、この国の人達は、異世界から来た三人をすべて英雄と称えていたが、召喚された者達が英雄と呼ぶのはトーゴただ一人だった。
トーゴは、魔族からこの国を救ったあとは、恋仲だったノアマン辺境伯の娘と結婚し、婿入りしたのち、ノアマン辺境伯を継いだ。
ロアンナが自分の身体に戻ると、ライズは丸っこい白い塊の幽霊になった。そんなライズをロアンナは尊敬の眼差しで見上げる。
『ということは、あなたは英雄トーゴの子孫なのね』
『そう、なんですけど……。その黒髪、ロアンナ様もそうですよね?』
『そうだけど、三英雄の中でもトーゴは別格よ』
『でも、すごかったじいちゃんとは違い、俺はただ兵法と戦記が好きなだけで』
ライズは、しなしなと元気がなさそうに落ちていく。
(あまり自分に自信がないのかしら? こんなにすごいのに)
ロアンナは、下に落ちていくライズを両手で受け止めた。本当ならそのまま通り抜けてしまうので、ライズが自分の意思でロアンナの手のひらに止まってくれたようだ。
ロアンナが顔を近づけると、驚いたように目をパチパチしている。
『ライズさんのお話、もっと聞きたいわ。兵法と戦記って?』
『は、はい。えっと、じいちゃんが異世界から持ち込んだ兵法書や戦記がたくさんあって……。それを読むのが趣味で。今回は、それを応用して解決しました』
ライズが言うには、今回のことはソンブという人物の逸話を参考にしたそうだ。
『ざっくり説明すると、ある日、とある国の王様が兵法に優れているソンブを王宮に呼び寄せて、王様の愛妾二人と愛妾に仕えるメイド達を兵士に見立てて、兵の訓練を見せてほしいと言ったんですよ』
『何それ。そんなのできるわけないじゃない。嫌がらせだわ』
『そうですね、嫌がらせです。もちろん、愛妾やメイド達は、クスクス笑うだけでソンブの言うことを聞きませんでした』
ロアンナの中で、お飾りメイドに笑われていた自分とソンブの姿が重なる。
『それで、ソンブはどうしたの?』
『ソンブは、二人の愛妾を隊長に任命して、メイド達をその部下にします。そして、指示通りにしないと隊長に罰を与えると言ってから、号令を出したのです』
『誰も言うことを聞かなかったでしょう?』
『はい。だから、ソンブは、罰として隊長に任命していた二人の愛妾を、自らの剣で切り捨てました』
ライズの声は、あくまで淡々としている。
『……え?』
『その後、切った愛妾の代わりに、次はメイドの中からまた二人の隊長を任命したのです。そうしてから号令を出すと、今度はメイド達全員が、ソンブの号令にしたがったという逸話ですね』
『なるほど。それを元にして、今回のジーク殿下の難題を解決したのね』
幽霊姿のライズが、コクコクと頷くように揺れる。
(さすがね。今のように平和が訪れていなかったら、彼もまた祖父トーゴのように、英雄と呼ばれていたのでしょう)
そんな人物に助けてもらえたのは幸運でしかない。
『えっと、それでですね。ロアンナ様』
スラスラと話していた先ほどまでとは違い、ライズの声は遠慮がちだった。
『あの、お約束の件は……?』
『ああ、女性とお付き合いしたいって言っていたわね。どんな子が好みなの? 約束通りデートさせてあげるわ』
フワフワしながらライズは、『あの、えっと』を繰り返している。
『そんなに言い淀むなんて一体、誰を指名するつもりなの!? まさか殿下の想い人のエリー様とか言わないでよ?』
『言いません、言いません! 俺の好みは……その、ロアンナ様で……』
ロアンナは、たっぷり時間を空けてから『ええっ?』と目を見開いた。
『わ、私?』
『はい! 初めてロアンナ様を見たとき、すんごい黒髪美人がいるなと思って無意識に近づいてしまって』
『あなた、私目当てであの場にいたの⁉』
『は、はい』
思い返せば、ライズは確かにあのとき『すんごい美人がいるな』と言っていた。
(まさか、あれが私のことだったなんて……)
ジークから会うたびに外見をけなされているロアンナは、あの場でライズが自分のことを褒めているなんて夢にも思わなかった。
『俺も黒髪だからでしょうか? 勝手にロアンナ様に親近感を覚えてしまって……。デート、ダメですか?』
『ダメじゃないけど、私の身体は一つしかないのにどうやってデートするつもり?』
『あ、ああっ? 本当ですね、どうしましょうか⁉』
『どうしましょうって……』
ロアンナは、こらえきれずに笑ってしまった。こんなに笑ったのは、久しぶりだった。今思えば、ジークと婚約してからは、楽しいと思えることが一つもなかったような気がする。
『分かったわ。約束はきちんと守ります。私の弟は、幽霊に憑りつかれやすい体質なの。彼に事情を話したら身体を貸してくれるかもしれない』