59 盗賊を捕らえましょう②
ロアンナの声が聞こえていないレイは瞳を輝かせながら、ライズに話の先を促した。
「それで、そのマンテンなんとかってなんなんですか?」
「マンテンカカイは、天を欺きて海を渡る、ですね。本当にざっくり説明すると大胆な行動を取り、それを日常に落とし込むことで、敵の警戒心を解くというものです」
「わ、分かるような……」
『分からないような……』
同じように困った顔をしている姉弟を見て、ライズは苦笑する。
「口で説明するより、実際に見てもらったほうが早いかと。とりあえず、準備のために市場に行きましょう」
「はい!」
元気なお返事をしたレイは、ライズの隣を並んで歩きだす。
人型幽霊姿のロアンナは、フワフワと浮かびながら二人のあとに続いた。
(何を買うのかしら?)
市場についたライズは、帽子を売っている屋台の前で立ち止まった。そして、つばの大きな麦わら帽子に手を伸ばす。
「レイさん。すみませんが、これをかぶってみてもらえませんか?」
それは紳士用の麦わら帽子ではなく、農民などが日差しを避けるために被るようなデザインだった。
(普通の貴族男性がそんな帽子を渡されたら、侮辱されたと勘違いして怒ってしまうわね)
それなのに、レイはなんのためらいもなく素直に受け取り帽子をかぶる。よほど、ライズのことを信頼しているようだ。
「かぶりましたよ。どうですか?」
「うわっ!? さ、さすが美形姉弟。帽子をかぶったくらいでは、美貌を隠し切れませんね……。って、こういうことを言ったらいけないんでした!」
「どうしてですか?」
「ロアンナ様を褒めることを禁止されていまして」
レイは、「それって、もしかして姉さんを褒めすぎて怒られたってことですか?」と驚いている。
「そうなんですよ。俺はただ本当のことを言っているだけなのに……」
「さすがライズさん! 姉さんは、ずっとあのクソ王子に外見を貶されてきましたからね。これからもたくさん褒めてやってください」
『ちょっと、レイ。勝手なことを言わないで』
ロアンナの声が聞こえていないレイは「やっぱり姉さんを任せられるのは、ライズさんみたいな人だよなぁ」などと無責任なことを言っている。
顔を真っ赤にしたライズは、近くにあった服をレイの体に勢いよく押しつけた。
「こ、これ、着られそうですか!?」
それも麦わら帽子と同じで、農民が着るような服だったが、レイは少しも嫌がらない。
「大丈夫です」
「じゃあ、あとは釣りざおと魚籠、ロープとランプを買えば終わりです」
レイが「釣りかぁ。騎士団の野外訓練以外でしたことないな」と呟いたので、ライズは「えっ!?」と驚きの声を上げた。
「都会の貴族って釣りしないんですか!?」
「しないと思いますけど?」
顔を見合わせて自然な会話をしている二人が、なんだか微笑ましい。
(きっと友達ってこういう感じよね。私も見習わないと)
レイが支払いをしている間、ロアンナはライズに話しかけた。
『釣りをするのが作戦なの?』
「はい、そうです」
ライズはロアンナに顔を近づけると「どこで誰が聞き耳を立てているのか分かりませんから、ご自身の体に戻っていただけますか?」と囁いた。
『分かったわ』
ロアンナが自分の体に戻ると、入れ違いにライズが出てきた。白く丸い幽霊になったライズの声は、ここではロアンナにしか聞こえない。
『これで内緒話ができますね』
ロアンナは、心の中でライズに返事をする。
『ライズさんも、声を出さずに話せばいいのに』
『やろうとしても、つい口に出してしまうんですよ。ロアンナ様ってすごく器用ですよね』
『そうかしら?』
支払いを終えたレイは、ロアンナを見たとたんに「あれ? 姉さんだ」と気がついた。
「レイ。しばらくライズさんの話を聞くわ」
「分かった」
それきりレイは、口を開かずロアンナの数歩後ろを歩いている。ロアンナは、隣に浮かぶライズの声に耳を傾けた。
『今日から数日間。俺とレイさんは、川で釣りをします』
『なんのために?』
『盗賊の移動手段である小舟を使えなくするためです。警備隊から聞いたのですが、ここらへんで桟橋があるのは、前に盗賊の小舟を見た場所だけらしいので、あの付近を見張ります』
『じゃあ、私も一緒に釣りに行くのね』
ライズは、つぶらな瞳をキリッとさせた。
『ロアンナ様は、宿で待機してください。主を危険な目に遭わせるのは、もっとも愚かなことですから』
不思議そうにロアンナが首をかしげた。
『私がいなかったら幽霊のあなたは、どうやってレイと意思疎通するの? もしかしてライズさんは、釣りをしている数日間、ずっとレイに憑りつくつもりかしら? あまり長いとレイの体に何か影響があるかもと心配になるのだけど?』
『ああっ!?』
しょんぼりしたライズに『すみませんが、ロアンナ様も釣りにご同行願えますか?』と頼まれて、ロアンナは「もちろんよ」と微笑んだ。




