58 盗賊を捕らえましょう①
ロアンナ達は、宿でゆっくり過ごしながら、それぞれが旅の疲れを癒やしていた。しかし、夜になっても、小舟を追っていた使用人の二人が戻ってこない。
心配するロアンナに向かって、ライズは短い両腕をピョコピョコと上下させた。
『夜の間に捜しておきますね。俺は寝る必要がないので。こういうとき、幽霊って便利ですね』
ニコッとつぶらな目を細めたライズは『だから、ロアンナ様は、しっかりと寝てくださいね!』と言いながら宿の壁をすり抜けていく。
一人きりになったロアンナは、ライズの言葉を守るようにベッドに横になった。
(この旅に付き添ってくれているのは、クラウチ侯爵家の使用人の中でも優秀な者ばかり。それに、護衛代わりにもなるように剣を扱える者が選ばれているわ。ライズさんも捜しにいってくれたし、きっと大丈夫)
ロアンナは、自分に言い聞かせるように目を閉じた。
その次の日。
ロアンナ達が、宿で朝食を終えたころにライズが戻ってきた。
『ロアンナ様、戻りました!』
『おかえりなさい。どうだった?』
『お二人とも、この街に向かっている途中でした』
『無事で良かったわ』と胸を撫で下ろすロアンナに、ライズは報告を続ける。
『それが、小舟を追っているときに、ひとり足を挫いてしまったらしく。ゆっくり戻ってきているので、合流するまで数日はかかりそうです』
『こちらから、迎えに行ったほうがよさそうね』
ライズは、丸い体を左右に振った。
『今、ロアンナ様や弟さんが街から出るのは危険です。盗賊の頭が、英雄の末裔を狙っているような発言をしていましたから。クラウチ侯爵家の使用人に、携帯食料を持たせて迎えに行かせましょう』
『分かったわ。私達は、その間に街中で敵側の情報収集をしておくのね』
『そういうことです』
その後、ロアンナとレイ、そして幽霊のライズは、盗賊の追加情報を得ようと警備隊の詰所を訪れた。
(いつでもお越しくださいと言っていたから、事前に連絡しないできてしまったけど……)
茶色のウィッグをかぶったロアンナと護衛のレイが顔を出したとたんに、隊長のビルは椅子から転げ落ちるし、お茶を淹れてくれようとした隊員はロアンナに出す前に盛大に床にこぼしてしまった。
(こちらが申し訳なくなるくらい、動揺させてしまっているわね)
お茶をこぼした隊員を、ビルが怒鳴りつけている。
「このバカ! お嬢様のお召し物が汚れたらどうするんだ!? 俺らじゃ、一生かかっても弁償できない金額なんだぞ!」
「ひぃ、お許しを!」
床に両手をつく警備隊員に、青ざめる他の警備隊達。
ロアンナは、自分の横をフワフワと浮かんでいるライズをチラッと見た。
『彼らとは和解できたと思っていたのだけど、どうして、こんなことに? もしかして、私が王都で悪役令嬢と呼ばれているからかしら?』
ロアンナとしては、王都で広まっていた悪役令嬢の噂がこの街まで届いているのかもしれないと思った。しかし、ライズの見解は違ったようだ。
『そうではないと思いますよ。おそらく、ロアンナ様の立ち居振る舞いが優雅すぎて、詰所の雰囲気に合わないからでしょうね。しかも、広い外で会うのとは違い、同じ室内に圧倒的な美人がいることで、彼らは極度の緊張状態に陥っているのだと思います』
説明を聞いたロアンナは、ジトッとした目をライズに向けた。その頰は少し赤い。
『ライズさん。これからは、会話内に無駄な褒め言葉を入れることを禁じます』
『ええっ、そんなぁ!? 俺は本当のことを言っているだけですよ?』
ロアンナは『もう』とため息をついた。
『このままでは話が進まないわ。私の代わりにビルさんと交渉してくださる?』
『そのほうが良さそうですね』
ロアンナが体を明け渡すと、代わりにライズが入っていく。その瞬間にだけ見えるライズの本当の姿は、相変わらず誠実そうだ。
(この真面目顔で私のことを美人と褒めるのだもの。これが続くと本当にそうなのかと思い上がってしまいそうだわ)
ライズがロアンナの体に収まったとたんに、ロアンナの雰囲気が変わった。困ったように眉が下がり、紫色の瞳が優しく細められている。その様子を人型の幽霊になったロアンナは、フワフワと浮かびながら観察していた。
(顔は私なのに、中にライズさんが入ったら、なんだか優しそうに見えるのよね)
ロアンナになったライズが、お茶をこぼした警備隊員に「大丈夫ですよ。汚れていませんから」と微笑むと、張り詰めていた空気が緩んだような気がする。
ライズは、「それに、この服は旅用ですから、汚れても問題ありません。ロアンナ様……じゃなくて! わ、私の普段着よりぜんぜん安いです」とニコリと笑みを浮かべた。それを見たビルは、胸を撫で下ろしている。
「そうですか、良かったです」
それからは、流れるように話が進んだ。
ライズが「今まで盗賊の被害にあった場所を教えていただけますか?」と尋ねると、ビルはライズに説明しながら地図に×印を書き込んでいく。
「バーク男爵は、盗賊に対してどのような対策をとっているんですか?」
「これといって指示はありません」
「指示がない?」
「はい、我々の仕事はあくまで街の治安を守ることです。盗賊は、これまで移動中の商人を襲っていました。しかし、最近になって周辺の村も被害に遭い、いよいよ放置するわけにもいかなくなり……」
ビルの説明を聞いているライズに、ロアンナは『バーク男爵は、今はここではなく王都にいるはずよ』と伝える。
コクリと頷いたライズは、「なるほど。領主の不在を狙った犯行なのかもしれませんね。いないのなら、こちらも好きに行動させてもらいましょう」と呟いた。
地図から顔を上げたライズは、警備隊員達を見まわした。
「私達で盗賊を誘き出しますので、警備隊の皆さんで捕らえていただきたいです。ビルさん、ご協力いただけますか?」
「もちろんです。でも、お嬢様が危険な目に遭いませんか?」
「その心配にはおよびません」
ビルにお礼を言ってから、ライズは詰所を後にした。すぐに、後ろに控えていたレイが、ライズの横に並ぶ。
「今、姉さんとライズさん、入れ替わっていますよね?」
「あっ、はい」
長年の付き合いになる弟には、入れ替わりがすぐに分かるようだ。
「ライズさん。あの警備隊、信頼できるんでしょうか? 僕達を盗賊と間違えるような奴らですよ?」
「安心してください。警備隊と協力しますが、信頼はしていませんから」
ライズはレイに、盗賊の人数が三十人程度いたことや、捕まえるためにはどうしても人手が必要になってくることを説明している。
「なるほど」
レイが納得したのを見てから、ロアンナはフワフワとライズに近寄った。
『それで、今回はどうするつもりなの?』
兵法と戦記が大好きなライズの作戦に、ロアンナはこれまで何度も助けられてきた。なので、今回もどんな作戦が出てくるのかと興味津々だ。
「ロアンナ様は、【兵法三十六計】って聞いたことありますか?」
『初めて聞いたわ』
ライズは、声を出しながら話しているので、レイも「なんですか、それ?」と首をかしげている。
「その名のとおり三十六種類の計略が書かれた書物です。今回は、これの【マンテンカカイ】を使ってみようかと? そこに、『セキヘキの戦い』で使われた計略を混ぜて……」
「なんか、すごそうですね」
期待の目を向けるレイに、ライズは「もちろん最善を尽くしますが、成功を確約はできません。でも、ロアンナ様を危険な目にだけは絶対に合わせませんから!」と両手を握りしめている。
ロアンナは、そんなライズを見てクスッと笑った。
『やってみましょう』




