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46 ライズの献身①

 ライズの提案に、ロアンナはすぐに返事をしなかった。何かを考えるように目を伏せている。


(さすがに、このお願いは無理があったかな?)


 体を貸してほしい、でも、交渉している場面は見ないでくれなんて、ロアンナからすれば、その間、自分の体を使っておかしなことをされたらどうしようと不安に思うだろう。


『あの、無理には……』


 ライズの言葉をさえぎるようにロアンナが口を開いた。


『体を貸すのはいいけど、あなたが何をするかまったく予想がつかないわ』

『えっ! いいんですか!?』


 綺麗な紫色の瞳が、不思議そうにライズを見ている。


『もちろん、いいわよ。どうして私が断ると思ったの?』


 あまりに警戒心がないので、ライズのほうが慌ててしまう。


『自分で言っててなんですけど、俺に体を貸している間に、変なことされたらどうするんですか!?』

『ライズさんは、しないでしょう?』

『そうですけど……』


 少しの疑いもなくロアンナが信頼してくれていることに、胸の奥がムズムズする。


(理想の主から寄せられる絶対的な信頼……。う、嬉しすぎる!)


 ライズは小さな両手をグッと握りしめた。


『ありがとうございます! 俺、必ずロアンナ様のお役に立ちますから!』


 やる気に溢れるライズを、ロアンナがジッと見つめている。


『今回は、何をするか教えてくれないの?』

『あっ、えっと、はい……。不安ですよね?』


 おずおず尋ねると、ロアンナの口元にやわらかい笑みが浮かぶ。


『大丈夫よ』


 今のように、ロアンナが作り物ではない笑みを浮かべたときや、そよ風が彼女の艶やかな黒髪を揺らしたとき。


 そんな何気ない瞬間に、気がつけばライズは、ロアンナに目を奪われている。


『ライズさん』

『あっ、はい!』


 名前を呼ばれて、ライズは我に返った。


『体を貸すのは決定として、私はこれから何をしたらいいのかしら?』

『そうですね。ジーク殿下と二人きりで話し合いする場を作っていただきたく』

『分かったわ。さっそく取りかかりましょう』


 静かなお茶会を終えたロアンナは、席を立ちバルコニーから室内へと戻っていく。

 その優雅な後ろ姿を眺めながら、ライズはため息をついた。


(ロアンナ様は、すごく綺麗な方だから見惚れてしまうのは仕方ないよな。別に……そこに深い意味はない)


 ロアンナが侍女長に、ジークに会いたい旨を伝えると、すぐに予定が組まれて、次の日には会うことになった。


 ジークの部屋に向かうロアンナは「殿下から断られるかと思っていたわ」と呟いている。そして、部屋の前にたどり着いたとたんに『はい、どうぞ』と軽いノリで体を貸してくれた。


『では、失礼します』


 入れ替わったライズは、動きを確認するようにロアンナの手を握ったり開いたりした。


 慣れないライズに気を使ってくれたのか、今日はヒールの低い靴を履いてくれている。ロアンナの優しさに触れる度に、心が温かくなる。


 廊下にかかっていた鏡を覗き込むと、首元にピンク色のリボンが結ばれていた。これはライズが、いつもつけているリボンが反映されているようだ。


 すぐ側には幽霊の姿になったロアンナがいるはずだが、これから自分がやることを思うと、恥ずかしくなりなんとなくそっちを見れない。


 そうしているうちに、侍女長が扉を開いた。扉の向こうでは、いつものようにジークがソファーにふんぞり返っている。


「よし!」と小さく気合を入れてから、ライズは部屋の中に入った。約束通りロアンナは、ついてきていない。


 王族を前にしても、ロアンナのように優雅な淑女のカーテシーなんてできない。代わりにライズは、ジークに向かって礼儀正しく頭を下げた。


「ジーク殿下にご挨拶を申し上げます」


 返ってきたのは鼻で笑い飛ばす音だけ。そんなことは想定内だ。


 ライズはお辞儀をしたままの姿勢で、楽しいことを考え始めた。すぐにロアンナと過ごした日々が蘇ってくる。


 リボンをお揃いで買ったときのことを思い返せば、自然と口元に笑みが浮かんだ。


 ようやくジークから「面を上げよ」と声がかかったので、ライズはその幸せな気持ちのまま顔を上げる。


 それを見たジークは、大きく目を見開いた。毒気を抜かれたように、口がポカンと開いている。その反応もライズの想定内だった。


(やっぱりな。ロアンナ様の幸せそうな笑顔を見たら、誰でもこんな顔になる)


 優秀なロアンナは、不思議なことに自分自身の美しさを正しく理解していない。


(一番の原因は、殿下に外見を貶され続けていたことだろうけど……。弟さんも美形だから、おそらく他の家族も顔が整っていて、自分が美しいという自覚が薄いんだろうな)


 もし、優秀なロアンナが自分の美しさに気がついていたら? それを武器として利用できていたら? 幼稚な考えのジークなんてとっくの昔に手玉に取られていたはずだ。


(そんなことをする気はないが、話し合いの場に持ち込むために、こちらに敵意がないことを示さなければ)


 これは、そのための微笑みだ。


(今までロアンナ様から作り物の笑みと、冷めた目しか向けられたことがないジーク殿下にとっては衝撃的だろうな)


 ロアンナに席を外してもらった理由は二つあるが、その一つ目がこれだった。ジークと話し合いをするためとはいえ、今まで執拗に嫌がらせをしていた相手に優しく微笑みかける姿なんて、ロアンナには見せたくない。


 ジークが固まっている間に、ライズは向かいのソファーに許可なく座った。以前から、ロアンナをずっと立たせていることが気に入らなかったからだ。


 それでも、ジークは何も言わない。


 侍女長が二人分のお茶をテーブルに置いたときになって、ようやく「なんの用だ?」と尋ねてきた。


 その声に、いつものような刺々しさはない。


(笑顔の効果がすごいな)


 感心しながら、ライズは話を切り出した。


「殿下のお耳にもすでに入っていると思いますが、私は、しばらく王太子宮を空けることになります。今日は、そのご挨拶にまいりました」


 ジークは、不快そうに眉をひそめる。


「いつになったら報告に来るかと思っていたが、こんなに遅いとはな」


 最近、顔を合わせないなと思っていたジークは、ロアンナのほうから「会いたい」と言ってくるのを待っていたようだ。


「おまえ、本当に私の婚約者でいたいと願っているのか?」


 その言葉で、ロアンナが提案した『一年間婚約を続けたい』ということをジークが疑っていることが分かる。


 まじまじとジークを見つめたライズは、『殿下って、バカではないんだよな。ただただ性格が悪いだけで』としみじみ思った。


「いったい、何を企んでいるんだ?」


 ジークの質問には答えず、ライズはできるだけ優しい声音で話しかける。


「殿下。私は最近、ある人に悩みを相談しました」

「悩みだと?」


 ジークの眉間にシワが寄った。


「はい。私では殿下の婚約者が務まらないという悩みです」

「ようやく気がついたか!」


 意地悪く口端を上げるジークに、ライズは微笑みかけた。


「その相談をした相手は、私の境遇を憐れんでくださり、助けてくれるとのことです」


 嘲笑う声が室内に響き渡る。


「おまえを助けるだと? 王家に反旗でも翻すつもりか!? その愚か者の名前を言ってみろ」

「はい」


 ライズは、ジークをまっすぐ見据えた。


「私と同じ英雄の子孫、ライズ・ノアマン辺境伯です」


 ジークは、一瞬だけ驚いたものの、すぐにバカにしたように顔を歪める。


「今のノアマン辺境伯領がどうなっているのか知らないのか? あそこは何もない。寂れたド田舎だぞ?」


 まったくもってその通りだったが、物はなくともライズには祖父からの素晴らしい教えがある。


 まだ幼いライズがあからさまな噓をついたとき、祖父はライズを怒った。


 ――こら、ライズ! どうして、そんなに分かりやすい嘘をつくんだ! 噓をつくなら、バレないようにしろ! いいか、じいちゃんがコツを教えてやる。真実の中に嘘を混ぜるんだ。


 祖父の言う通り、真実の中に混ぜ込まれた嘘を見つけることは難しい。


(前もジーク殿下相手に使ったけど、これ、本当にバレないんだよな……。だからと言って、敵対する相手以外に使う気はないけど)


 今回、利用する真実はこれだ。


「殿下。ノアマン辺境伯が、最近になって要塞を修理し始めたことを知っていますか?」


 ジークの笑い声が、ピタッと止まる。


「長年放置していたのに、どうして、今になって修理を始めたんでしょうね?」


 その質問は、ライズの体を乗っ取っている相手に聞きたいことだったが、ジークを誤解させるには十分な情報だ。これを利用しない手はない。


(この情報を利用して、殿下の敵意の矛先をロアンナ様から、俺に移す!)

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