40 来客は王妃様①
ライズは素直に『分かりました!』と言いながら、ロアンナの正面に回る。
『今回、俺がお手伝いできることはありますか?』
『そうね……。王妃様とは、社交界流の女の戦いになると思うから、ライズさんの出番はないでしょうね。でももし、私がまたカッとなってしまったら止めてほしいわ』
『はい!』
騎士団長デュアンと会話したとき、ライズが割って入ってくれたおかげで冷静になれた。最後まで冷静でいられた者に、きっと勝利の女神は微笑むはずだ。
しばらくすると、王妃が王太子宮を訪れたと知らせを受けた。
『まだ昼にもなっていないのに』
ロアンナの心の中での呟きに、幽霊ライズが『よほどあせっているようですね』と返す。
しかし、出迎えた王妃は、あせりなど見えず堂々たる態度だった。その豊かな髪は黄金のように輝き、見る人を魅了する。色味を抑えた赤色のマーメイドドレスは、右肩部分や腰辺りに金と銀の花飾りが咲き乱れ、王妃の華やかさを演出していた。
総刺繍の扇子で口元を隠しながらも、王妃の青い瞳はしっかりとロアンナを捕らえている。
(まるで肉食獣に見つかってしまったような気分だわ)
ロアンナは、その目から逃げず淑女の礼をとった。
「王妃様にご挨拶を申し上げます」
「そう堅苦しくならなくていいわ。座りなさい」
王妃が座ったあと、向かいの席にロアンナは腰を下ろした。使用人は、王妃の指示ですべて下げられている。
ライズは、王妃の周囲を飛びながら観察しているようだ。
『この方が王妃様かぁ。俺、実物を見たのは初めてです。なんというか、こう、ものすごく迫力のある女性ですね』
『今の姿は、そうね』
王妃になる前は、妖精王子と称えられる息子と、よく似た外見で妖精のように愛らしかったとロアンナは母から聞いたことがある。
『愛らしいだけでは、王妃は務まらないということでしょう』
若い頃、武器にしていた愛嬌を威圧に変えた王妃は、年を重ねていても美しい。
「昨晩、侍女長ヒルダが捕まったそうね」
扇子で口元を隠しながら淡々と話すので、どういう感情をロアンナに向けているのか分からない。なので、ロアンナは素直に「はい」と返した。
「ヒルダとは長い付き合いなの。分かるでしょう?」
王妃の問いかけに、ロアンナは首をかしげる。
「私では、王妃様のお言葉の意図を計りかねます」
「あら、困った子ね」
その声にも感情は、少しも乗っていない。
「ヒルダの罪をなかったことにしなさい、と言えば分かるかしら? 従えばあなたを悪いようにはしないわ」
「と、言いますと?」
王妃は扇子を閉じて、優雅に微笑んだ。
「王太子宮の管理権限をあなたに与えるわ」
それを聞いたロアンナは、顔に笑みを張り付けた。
『王妃様は、侍女長が王太子宮を管理していて、私が手を出せなかったことを知っていたのね』
『それを知った上で、侍女長をジーク殿下に仕えさせたままにしていたなんて、ロアンナ様への嫌がらせですね。ひどい人だ!』
体を赤くしてプリプリと怒るライズを見ていると、ロアンナの心は不思議と落ち着いていく。
(私のために、怒ってくれる人がいる……)
ロアンナは穏やかな笑みを浮かべたまま、王妃を見据えた。
「おかしいですね。王太子宮の管理権限は、元から私のものですが?」
「あら、そうだったかしら?」
「はい。なので、もうすでに持っている物は必要ありません」
王妃の青い瞳が、わずかに細くなった。
「なら、あなたは何がほしいの?」
「そうですね……。私とジーク殿下の婚約条件に、追記したいことがあります」




