39 ドレスアップ
手紙から視線をそらしたライズが『侍女長の減刑が目的でしょうか?』と呟いた。
『私を王宮に呼び出すのではなく、王妃様がわざわざこちらに出向くのだから、その程度のお願いではすまないでしょうね……。王太子宮内で起こった盗難事件そのものをなかったことにしろ、くらいは言われそうだわ』
『だとすれば、交渉のチャンスですね』
ライズの言う通り、王妃の願いをただで叶えるほど、ロアンナはお人好しではない。
『以前の私ならジーク殿下との婚約解消を願っただろうけど、あの未来の暴君を野放しにすれば、多くの人の人生が今後も狂わされ続けるわ』
『そうですね。しかし、この婚約がロアンナ様の都合でいつでも解消できるようにはしておいたほうがいいかと』
『そうね』
エリーが戻ってきたのでロアンナは、ライズとの静かなやり取りを一時中断した。
ロアンナの後ろには、通常のメイド服を着たお飾りメイド三人の姿もある。彼女達の目は赤く少し腫れているようだ。
「何かあったの?」
そう尋ねたロアンナに、エリーが耳打ちする。
「昨晩、侍女長が殿下の身代わりに捕らえられたことが、もう広まっています」
エリーが噂を広めたのかと思ったが、そうではないようだ。
「王太子宮内での盗みは死罪。それが分かっていて、侍女長がするはずありません。殿下は以前、私を切り捨てたことがあるので、今回は侍女長が切り捨てられたのだろうとすぐに予想できたようです」
「なるほどね」
ロアンナは、三人のお飾りメイドに視線を戻した。
「それで、あなた達はどうしたの? 目が真っ赤じゃない」
お飾りメイド達は、視線を交わす。
「侍女長の件を聞きました」
「ロアンナ様に保護してもらっていなかったら、私達が侍女長の立場になっていたかもしれません」
「そう思うと、ジーク殿下への恐怖と、ロアンナ様への感謝の気持ちでいっぱいになってしまって……」
涙を滲ませて言葉に詰まったメイド達の代わりに、エリーが「朝方まで三人で泣いていたそうです」と教えてくれる。
「そうなのね。それで、あなた達はこれからどうしたいの? できる限り希望は聞くつもりよ」
三人のメイドは、再び視線を交わし合い、小さく頷いた。
「私達は、帰りたいと思う場所がありません」
ロアンナは、エリーも前にそう言っていたことを思い出す。自分の娘をお飾りメイドとして送り出すような家は、やはりまともではないようだ。
「ここに置いていただけないでしょうか?」
「お願いします」
エリーも「お願いします。お姉様」と瞳をウルウルさせている。同じような家庭環境のせいか、仲間意識があるのかもしれない。
「もちろんいいわよ。彼女達をエリーの下につけてもいいかしら?」
パァと表情を明るくしたエリーは「ありがとうございます」と満面の笑みを浮かべる。そして、勢いよく元お飾りメイド達を振り返った。
「そうと決まれば、さっそくお仕事よ。今からロアンナ様を徹底的に着飾ります!」
三人はコクリと頷く。
「私達、美しく着飾ることなら自信があります!」
なぜならジークの前で美しく着飾ることが、今までの彼女達の仕事だったからだ。彼女達は、これまで身につけた美容技術や知識を惜しみなくロアンナに披露していく。
「今、王都で流行っているドレスは、華やかなデザインであり、かつ、色が落ち着いているものです」
それを聞いた別のメイドが「こちらはどうでしょうか?」と濃い緑色のドレスを指さすと、すぐに別のメイドが「こちらもいいですよ」と別のドレスを手に取る。
初めはロアンナに話しかけていたが、次第にメイド達は白熱していった。
「アクセサリーは、今は大振りより小振りのものが流行っているよね?」
「ロアンナ様のお肌には、この色が一番似合うと思うわ!」
「髪型は?」
「こっちのほうがいいわよ!」
「趣味悪いわね!? こっちのほうがロアンナ様にはお似合いよ!」
「何よ!?」
段々と白熱していく彼女達を見ながら、ロアンナは思った。
(この美への追求心や譲れない情熱は素晴らしいわ。お飾りメイドになんてされなければ、きっと社交界でそれぞれ輝いていたでしょうに……)
そんなことを考えていると、メイドの一人が覚悟を決めたようにロアンナに近づいてきた。
「ロ、ロアンナ様、私に髪を結わせてほしいです! これだけは誰よりも自信があります!」
そういったメイドの髪は、メイドキャップの下から編み込みが見えて、とても可愛らしい。
「お願いするわ」
「はい!」
真剣な眼差しで取り組むメイドを鏡越しに見ていると、あっという間にロアンナの黒髪を華やかなハーフアップに整えた。
「ドレスは、こちらにしませんか?」と黒いドレスを持ってきたのはエリーだ。
鎖骨や胸元が見えないデザインなので王妃に謁見するのも問題ない。スカート部分は贅沢に様々な種類の黒い生地を重ねることにより豪華さを演出していた。
「まるでお姉様のように、高貴で優雅なドレスですね!」
エリーがそう言ったのは、このドレスが黒だけではなく、ところどころに紫色の光沢がある生地を入れてアクセントにしていたからだろう。黒はロアンナの髪色、そして、紫はロアンナの瞳の色だ。
実は、両親が数年前にロアンナをイメージしてロアンナのためだけに作らせたドレスだった。
腰回りやスカートの裾に入れられた金糸の刺繍は、ロアンナの希望で母の髪色を取り入れている。
両親からの愛情が詰まったドレスを見ていると、ロアンナの脳裏に『素敵なドレスになるわね』と微笑む母が浮かんだ。両親は、このドレスの完成間近に馬車の事故に遭い、そのまま行方不明になってしまっている。
(お父様、お母様……)
エリーが「お姉様?」とロアンナを覗き込んだので、ロアンナは感傷に浸るのをやめて微笑んだ。
「そうね。このドレスでお願い」
「はい!」
すべての支度が終わった頃、鏡の前にはクラウチ侯爵家で暮らしていた頃のロアンナがいた。
(なんだか、懐かしいわ)
優しい家族に守られ、何不自由なく暮らしていた頃のロアンナは、パーティーが開かれる度に、こうしてメイド達に着飾られていた。
「いい仕事だわ。ありがとう」
振り返ったロアンナを、エリーやメイド達がうっとり見つめている。
「まるで月の女神様だわ」
「いいえ、夜を司る女王様のようです」
「これだけ美しくては、太陽も恥じて顔を隠してしまいますね」
エリーに至っては「お姉様、なんてお美しい」と涙ぐんでいる。
『皆こんなに褒めるのがうまいなんて、ジーク殿下はさぞかし気分が良かったでしょうね』
クスッと笑うロアンナに、ライズが『いや、ほんっっっとうにお美しいですから!』と声を大にする。そのとたんに、ロアンナの頬はほんのりと赤くなった。
『えっ!? どうしたんですか、ロアンナ様』
オロオロするライズを、ロアンナは指ではじく振りをする。
『ジーク殿下に貶されすぎて、褒められ慣れていないのよ』
『でも、メイドさん達の褒め言葉は軽く流していたのに?』
『だって、対等な協力関係にあるライズさんが、わざわざ私をおだてる必要はないでしょう?』
『メイドさん達も本気で褒めていますよ! ロアンナ様ほどお美しい方を、俺は見たことがありませんから!』
『も、もうその話は終わりよ!』
頬を赤く染めたロアンナは、ライズに背を向けた。




