34 兄からの手紙
ライズの説明を聞いたロアンナは、静かに頷く。
(なるほど。それが前にライズさんが言っていた、異世界の領主タケダなんたらさんを参考にした方法なのね?)
『タケダ シンゲンですね。はい、そうです』
王太子宮内にある自室に戻ったロアンナは、後ろに控えていたレイとエリーに微笑みかけた。
「今日はもう部屋から出ないから、あなた達も自分の部屋でゆっくり過ごしてね」
ロアンナの実家であるクラウチ侯爵家には、複数の護衛騎士や専属メイドがいたので、交代で常に誰かがロアンナの側にいた。でも、今はそうもいかない。
レイとエリーには、外に出るときや用事があるときだけ側についてもらっている。
幽霊ライズと二人きりになったロアンナは、机の上に手紙が一通、置かれていることに気がついた。
赤い封蝋には、クラウチ侯爵家の紋章が押されている。
「マックスお兄様からだわ」
封筒の向こう側で、ライズが『クラウチ侯爵家の現当主様から? 何かあったのでしょうか?』とフワフワと飛びながらオロオロしている。
「前にも言ったけど、私からお兄様に手紙を出したの。クラウチ侯爵領とノアマン辺境伯領は、けっこう近いでしょう? だから、お兄様にライズさんの身体がどうなっているのか、調べてほしくて。その返事が届いたようね」
ライズは『俺のために……。ロアンナ様、ありがとうございます』と声を震わせている。
「結局、ライズさん本人が領地に行ったから、身体の確認は必要なくなってしまったけどね」
『そうですけど、何者かに俺の身体が乗っ取られていると分かった今、ノアマン辺境伯領がどうなっているのか気になります。皆、大丈夫かな……』
不安そうなライズの前で、ロアンナは手紙の内容をかいつまんで読み上げた。
「最近のノアマン辺境伯領は、領内にある要塞の修理を始めたらしいわよ」
『えっ!? あのバカでかいボロ要塞を?』
慌てるライズに、ロアンナは手紙を見せてあげた。
『ほ、本当だ! そう書いてありますね?』
手紙の続きには、修理の指揮を取っているのは、ライズ・ノアマン辺境伯、とも書かれていた。
『そ、それって偽物が俺の振りをして、しっかり辺境伯の仕事をしているってことですか!?』
「そうなるわね……」
『でも、要塞の修理って資金と人材はどこから? 自慢じゃないですが、今の辺境伯領は本当に廃れていてお金もないし、若い人もいませんよ?』
ロアンナは、出会ったときのライズが、ド田舎で同じ年頃の娘さんがいない、と言っていたことを思い出した。
「だいぶ領内の高年齢化が進んでいるようね。でも手紙には、大規模工事と書かれているから、無理やり捻出したり、どこかから借りたりしたのかしら?」
『勝手に借金とかされたら困るんだけどなぁ。それに、領民のじいちゃんやばあちゃん達が大変な目に遭っていたらどうしよう……』
「心配よね。手紙のつづきに何か書かれているかもしれないわ」
ロアンナは、二枚目の便箋に目を通す。
そこには、ノアマン辺境伯領の住民達も大規模工事を喜んでいて、積極的に手伝っている、と書かれていた。
「あら、今のところ問題はなさそうよ」
ロアンナの言葉に、ライズは全身を青くする。
『あの、本物の俺がここにいるのに、偽物に成り代わられても問題がないことが、一番の大問題なのではないでしょうか!?』
ライズのつぶらな瞳に、ウルッと涙が浮かんだ。
「そ、そうね。ごめんなさい。早くライズさんの身体を取り戻すお手伝いをしたいけど……」
『分かっています。ロアンナ様が王太子宮から心置きなく離れられるように、俺も頑張ります!』
ライズが小さい腕をピッと前に突き出したので、ロアンナはハイタッチするように手を重ねる。お互いに触れることはできないが、信頼し合っているのは伝わるような気がした。
「私も頑張るわ」
『はい、王太子宮内をしっかりと掌握してから、ノアマン辺境伯領に向かいましょう。引き続き俺にお任せください!』