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33 ウワサ話を広めましょう

 廊下に座り込んだままになっているジークを立たせて上げようとしたのか、レイが無表情に右手を差し出す。その手を乱暴に払いのけ立ち上がったジークは、鋭くロアンナを睨みつけた。


「ロアンナ、このままで済むと思うなよ」

「なんのことでしょうか?」


 ロアンナがとぼけると、屈辱を受けたようにジークの唇がワナワナと震える。


(暴れるかしら?)


 そう思ったロアンナをよそに、ジークは無言でその場を立ち去った。


(ライズさんの言っていた通り、ジーク殿下は越えてはいけないラインは超えてこないわね)


 ジークが無礼なメイドを打ったとしても、それほど問題にはならない。しかし、もしメイドではなく婚約者のロアンナに殴りかかっていたら、大問題に発展していた。

 それをジークも理解しているのだろう。


 ジークの後ろ姿が完全に見えなくなってから、幽霊ライズがロアンナに近づいてきた。


『うまく行きましたね!』


 ロアンナは、声に出さず心の中で返事をする。


(そうね。あれだけ挑発できたなら大成功ね。エリーとレイが協力してくれたおかげだわ)


 エリーはというと、ロアンナにまだ抱きついていて、なんだかうっとりしている。


「エリー、素晴らしい演技だったわ。レイもありがとう。演技はもういいわよ。エリー?」


 ロアンナに名前を呼ばれてハッとなったエリーは、姿勢を正してから「褒めていただき嬉しいです!」と明るく笑う。


『あの、さっきのエリーさん、本当に演技ですかね?』と疑うライズに、ロアンナは不思議そうに瞬きした。


(どういう意味?)

『えっと……。ま、まぁいいか』


 部屋に戻るために歩き出したロアンナの横で、ライズは話を続ける。


『ロアンナ様は、このままエリーさんを大切にする様子を周囲に見せつけてください』


 ライズ曰く、この行為には複数の効果が期待できるそうだ。


『その様子を見た人達は、何があったのか不思議に思いますよね? そうなると王太子宮中に噂が広がります。その中には、真実も偽りもあるでしょう』


 ロアンナは静かに頷いた。噂話ほど、あてにならないものはない。


『ロアンナ様やジーク殿下に真相を聞くわけにはいかない、となると皆が聞く先は……』


 ライズは、ロアンナの後ろに付き従っているエリーに視線を向けた。


(なるほど、エリーさんに真実を広めてもらうのね)

『そうです。きっとエリーさんは、こう言うでしょうね』


 ――ジーク殿下に傷物はいらないと王太子宮を追い出された。絶望して川に身を投げようとしていたところをロアンナ様に助けていただいたの。これからは、ロアンナ様のために生きていくわ。


『この話を他のお飾りメイド達が聞いたら、次に捨てられるのは私ではないかと恐れる可能性が高いです』


 お飾りメイドからすれば、ムチ打ちから守ってもらえないし、傷物になったら追い出されてしまう。そんなジークの側を離れたいと思うのは自然な流れだ。


『その結果エリーさん以外にも、保護してほしい、とロアンナ様を頼るお飾りメイドが出てくるかもしれません』

(それは……。ジーク殿下が、さらに激怒するでしょうね。ここまで怒らせてしまうと、手段を選ばなくなるのでは? 相手は王族よ? さすがに危なくないかしら?)


 ライズはニッコリと笑う。


『ロアンナ様。逆上した人間は、短絡的になりやすいのです。その状態で、わざとこちらから【こうすれば勝てるよ】という隙を見せれば……相手を簡単に、罠に誘い込むことができるはずです』

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