31 ロアンナからの提案②
ポカンとエリーの口が開いた。長い沈黙のあとで、エリーはなんとか声を絞り出す。
「えっ?」
「嫌かしら? 私の専属メイドになったら王太子宮に残れるし、家に戻らなくてもいいからエリー様の希望はすべて満たしていると思うけど」
「そ、そうですが……。どうして私を? 傷物になった私なんて、もうなんの価値もないのに――」
ロアンナは、エリーの言葉をさえぎった。
「背中の傷あとが残るかなんて、まだ分からないわよ? そもそも、あなたの顔には傷ひとつなく綺麗なままなのに」
ロアンナは乱れたエリーの髪を、優しく耳にかけてあげる。
美しいものだけを愛しているジークが認めていただけあり、化粧をしていない状態でもエリーは透き通るような輝きを持っていた。
「あなたは綺麗よ」
素直な感想を伝えると、エリーの白い頬がほんのりと赤く染まる。
「でもね、人は皆、死んだら同じなの。美しい外見も、使いきれないほどの財産もお空には持っていけない」
「お空……?」
「そうお空。だから、私達にできることは、せいぜい後悔や未練が残らないように生きるだけね」
「後悔や、未練がないように、生きる……」
エリーは、ロアンナの言葉を噛みしめるように繰り返している。
「私にもそんな生き方ができるでしょうか? 外見以外を褒められたことがない私に……」
「あら? 私はエリー様の外見だけではなく、中身も評価しているわよ。だって、あなた、あの性格が悪いジーク殿下の機嫌をうまくとっていたでしょう?」
エリーを捨てたあとのジークは、ルルに対してイライラしていた。あれは、今までエリーがジークのしたいことを察して、思うままに動いてくれていたから比べてしまったのだとロアンナは思っている。
「エリー様ほど、ジーク殿下をうまく扱えた人はいないんじゃないかしら? ぜひ、私の味方になってほしいわ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、本当よ。あなたはとても優秀だわ」
「ロアンナ様……」
乙女が祈るように両手を組んだエリーは、瞳を潤ませながらロアンナを見つめた。
「私でよければ、お仕えさせてください。決してロアンナ様を裏切りません!」
「これからよろしくね」
エリーを味方にできたロアンナは、嬉しくてつい弟のレイにするようにエリーの頭を撫でてしまう。ビクッと身体を震わせたエリーは固まってしまった。
「あっ、ごめんなさい。妹ができたような気分になっちゃって」
「妹……」
放心状態のエリーは、しばらくしてから「お、お姉様とお呼びしても?」とつぶやいた。
「いいわよ。私も妹がいないから憧れていたの」
ロアンナがクスッと笑うと、エリーは熱に浮かされたように熱い瞳をロアンナに向ける。
(エリー様と和解できて良かったわ)
ホッと胸を撫で下ろしたロアンナは、ふと重要なことを思い出した。
「そうだわ! 私の専属メイドになったら、ジーク殿下にも会うことになってしまうけどあなたは大丈夫? 先に確認しておくべきだったわね」
心配するロアンナをよそに、エリーは心の底からどうでもよさそうにこう言った。
「ジークって誰でしたっけ?」
「えっ?」
「昔そんな男がいたような気もしますが、今の私には素敵なお姉様がいるから大丈夫です!」
「そ、そうなの?」
「そうなんです! お姉様、もう一回頭を撫でてください」
キラキラした青い瞳で見つめられたロアンナは、言われるがままにエリーの頭を撫でてあげた。満面の笑みを浮かべているエリーは、もう二度と川に身を投げようとは思わないだろう。
「エリー様。まずはケガをしっかり治してね」
「はい、お姉様! 私のことは、どうかエリーとお呼びください」
「じゃあ、これからはそう呼ばせてもらうわね。エリー」
幸せそうにエリーは微笑んでいる。
(エリーが本当にほしかったのは、ジーク殿下からの愛ではなく、家族愛だったのかもしれないわね)
ロアンナは、ライズに心の中で話しかけた。
『ライズさんの言う通り、いつも通りの私でうまくいったわ』
喜ぶロアンナとは対照的に、ライズは戸惑っている。
『あ、あのぅ……。ちょ、ちょっと、主への忠誠心をすっ飛ばして、エリーさんからおかしな執着を向けられているような気がするのは俺だけでしょうか?』
『そうかしら? よく分からないけど、姉妹関係なんてこんなものじゃないの?』
実際に姉も妹もいないロアンナはよく分かっていないが、姉妹がいる母から「姉妹は兄弟より仲がいいのよ」と聞いたことがあった。
『お母様は、姉妹で一緒に買い物に行ったり、お揃いのドレスを着たりしていたらしいわよ』
『へぇ、姉妹って仲良しなんですね。俺、一人っ子だからよく分からなくて』
分からない者同士で話し合っても仕方がない。
ロアンナとライズは、とりあえずエリーを味方にできたことを素直に喜ぶことにした。