24 ライズが戻ってきた理由
ロアンナに別れを告げて空へと飛び出したライズは、期待と不安でいっぱいだった。
(まさか、俺が生きている可能性があったなんて!)
喜ぶのはまだ早いと分かっていても、都合のいいほうに考えてしまうのは仕方ない。
(ロアンナ様には、感謝してもしきれないな)
自分が、もう死んでいる、と言われたときの絶望を思い出すと、それと同時にロアンナの悲しみを浮かべた瞳が脳裏に浮かんだ。
見ず知らずのライズが、幽霊になってしまったことを哀れんでくれた人。
(優しい人だったな)
ライズの後悔を取り除くために、約束通りデートをしてくれた人でもある。
そのときに見たロアンナの笑顔は、とても温かかった。
おそらく王太子宮では、気を張り詰めて暮らしているのだろう。
ロアンナのどこか冷たく見える表情も、凛とした言動も、王太子宮を出てしまえば穏やかになった。
(もし、俺が本当に生きていて、元の身体に戻れたらロアンナ様にお仕えするのもいいかもしれない)
ライズの両親は、ロアンナの両親とは違い行方不明になっているわけではない。
ライズが二十歳になったとき、早々に当主の座をライズに明け渡して、夫婦で旅行に行ってしまったのだ。
それからの四年間、あちらこちらからよく分からない土産と共に手紙が送られてくるので、会ってはいないが元気にやっているのが分かる。
(この前の手紙に、年内に領地に戻る、と書いてあったからそのとき親父に当主の座を返して、俺はロアンナ様の元に……)
そんなことを考えていると、ふとライズの視界の端にピンク色がよぎった。
そちらのほうを見ると、目立つピンク色の髪をした少女が川べりに佇んでいた。
(あれは、エリーさん?)
王太子宮でジーク王子に侍っていたお飾りメイドによく似ている。しかし、エリーはムチ打ちの傷を癒すために、まだ部屋で休んでいるはずだ。
不思議に思い近づいてよく見ると、エリーに似ているがどこか違って見えた。
長いピンクの髪が風に吹かれるままになっている。服装は質素なワンピースで、背中部分が黒ずみ汚れていた。王太子宮で見た、華やかな格好をしていたエリーとは程遠い。
(他人の空似かな? 彼女がこんなところにいるわけないし)
それより今は、自分の身体の確認をしなければ、とライズは通り過ぎた。
フワフワと飛び続けて、王都の大門が見えた頃。
ライズはピタリと止まった。
来る途中で見かけたエリーに似た少女。忘れようとしても、なぜか脳裏にこびりついて忘れることができない。
空中を行ったり来たりしながら、ライズは考えた。
(あれはやっぱりエリーさんのような気がする。どこか違って見えたのは、化粧をしていなかったから、とか?)
そして、なぜか背中部分だけ黒ずんでいたワンピース。
(あの黒ずみは、もしかして……血!?)
そう思い当たった瞬間、ライズは全速力で川べりまで飛んで戻った。
エリーと思われる少女は、先ほど見かけた場所に同じように佇んでいる。
近づいたライズが風に乱された髪の隙間から、少女の顔を覗き込むと、虚ろな目が見えた。
悲しみや絶望を通り越して、もう何も感じなくなってしまったような瞳に、キラキラと輝く水面だけが映っている。
ふとした瞬間に、少女が川に飛び込んでしまいそうでライズは怖くなった。
少女の口が小さく動いたかと思うと、かすれた声がきこえてくる。
「ジーク、さま……どう、して……」
『やっぱりエリーさんだ! なぜここに? ……あっ!』
その答えをライズは知っていた。
――じゃあ、もういらないな。
月明かりの下で聞いた、ジークの冷たい声。
――侍女長。エリーが動けるようになったら、すぐに王太子宮を出るように伝えてくれ。
ジークは確かにそう言っていた。
『お、追い出されたのか? ムチを打たれて、一晩しか、経っていないのに……まだ傷口すら塞がっていないのに?』
怒りや悲しみ、罪悪感などのいろんな感情が一気に押し寄せ、ライズの身体が震える。
『いや、冷静になれ俺! エリーさんは、侯爵令嬢であるロアンナ様に長年に渡り無礼を働いていたんだ。罰を受けて当然だし、王命の婚約を潰そうとしたのだから、命があるだけでも感謝するべき……』
そのとき、エリーの虚ろな瞳から、一滴の涙がこぼれた。
「愛して、いたのに……。あなた、だけを……」
『……』
そこには、信じていた恋人に捨てられて、 絶望している少女しかいない。
政治的思惑は、何も見えてこない。
今さらながらにライズは、エリーの立場を考えた。
(どうしてエリーさんは、王太子宮内でお飾りメイドをしていたんだろう?)
自分の意思で? それとも、誰かにそう指示されたから?
そもそも、ジークがお飾りメイドを受け入れなければ、エリーは王太子宮内にいなかったのでは?
そんな言葉が、ライズの頭をグルグルと回っている。
(早く自分の身体を確認しに行かないといけないのに……)
しかし、こんな状態のエリーを見て見ぬふりなんてできない。でも、幽霊姿のライズではエリーに声をかけることすらできなかった。
(どうしよう)
そのとき、ロアンナの声がライズの脳内に蘇る。
――ああなることを望んだのは私です。ライズさんが気にする必要はありません。あなたの行動の責任は私がとります
『そうだ、ロアンナ様!』
情けないが、またロアンナに助けを乞うしか方法がない。
エリーの身体が一瞬ぐらついたので、ライズは悲鳴を上げた。
『わっわっわー! ちょっと待って! エリーさんは、そのままそこにいてください! 今、信頼できて頼りになる人を呼んできますから!』
相手には聞こえていないと分かっていても、そう叫んでしまう。
ライズは、全速力でロアンナの元へと飛んだ。




