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22 勝負のあとで

 ロアンナは、馬をゆったりと歩かせながら、ジーク王子とルルが待つスタート地点へと戻った。同じく戻ってきたデュアンは、何かを考えこんでいるようだ。


 ロアンナが馬から降りると、幽霊姿のライズが近づいてきた。


『やりましたね!』


 ライズは小さな両手をピョコピョコと上下に動かし、喜びを表現している。そんなライズにロアンナは、微笑むことで応えた。


(さてと……。勝負には勝てたけど、ここからが重要だわ)


 この勝利をジークにも認めさせなければならない。


 怒りで顔を真っ赤にしながら駆け寄ってきたジークは、ロアンナに指を突きつけた。


「見損なったぞ、ロアンナ! 不正を働いてまで勝とうとするとは! おまえのような浅ましい者は、私の婚約者に相応しくない!」


 その言葉に反論したのは、ロアンナではなくデュアンだ。


「お待ちください、殿下。この勝負はロアンナ様の勝ちです」

「はぁ!? 何を言っているんだ、デュアン! この狡猾(こうかつ)な女に勝ちを譲る気か!」


 デュアンは、硬い表情で首を左右に振った。


「勝ちを譲るのではなく、私が負けたのです」

「それは、ロアンナが卑怯な手を使ったからだ!」

「もし、ここが戦場なら死んでいたのは私です」

「ここは戦場ではないだろうが!」


 ジークの言葉はもっともだったが、デュアンは首を縦に振らない。


「そうです。ここは戦場ではありません。だから、私は英雄の子孫との真剣勝負に勝ちたいと思っていました。しかし、ロアンナ様はここが戦場だという意気込みで競っていたのです。そもそも、勝負にかける気迫が違っていました……」


 デュアンは、手を自分の胸に当てると、ロアンナに向かって礼儀正しく頭を下げた。


「この勝負は、やる前から精神面で負けていたのです。ですから、勝者はロアンナ様で間違いありません」


 絶句しているジークの横を通り過ぎ、デュアンはルルの前に立った。青ざめているルルは「お、お兄様。これは、違うの、そのっ」と震えている。


 そんなルルに向かってデュアンは、右手を振り上げた。


 打たれると思ったのか、ギュッと目をつぶったルルの頭に、デュアンはそっと手を置く。


「ルル。言いたいことはたくさんあるが、とにかく先におまえの話を聞こう。怒るのはそれからだ」


 ルルの頭をなでながら、デュアンは微かに笑みを浮かべる。


「手紙を読んで心配したぞ。とにかく今は、ルルが無事で良かった」

「お、お兄様ぁ……」


 ルルの瞳に涙が滲む。そんなルルの頭を優しくポンポンッとしてから、デュアンはロアンナを振り返った。


「ロアンナ様。私の持つ情報は、多くが欠けているようです。ですから、今はまだどういう対応を取るべきか判断がつきません。あなたの言った【お飾りメイド】という言葉の意味もまだ理解していませんが……」


 デュアンは改めて、メイドに相応しくないルルの格好を見てから、ため息をついた。


「どうやら、こちらに非がありそうです。急ぎ父と連絡を取り、オーデン子爵家の今後の対応を決めさせていただきます」

「分かりました」


 デュアンは、ジークを振り返った。その瞳は、今までとは違いどこか冷たい。


「我が妹は、ジーク殿下に不敬を働きました。その責任を取り、今日限りで王太子宮のメイドを辞めさせていただきます」

「は? ルルは不敬など働いていないぞ!」


 ジークの言葉を聞いたデュアンの顔に、目に見えて怒りが浮かんだ。


「ジーク殿下には、ロアンナ様という婚約者がいるにも関わらず、我が妹は殿下のお側に(はべ)っていました。これを不敬と言わず、なんと言うのでしょうか?」


 ライズが『これはようするに、婚約者がいるくせに、うちの妹に手を出してんじゃねぇよってことですね!』と嬉しそうに通訳する。


『そうね。王族相手にデュアン卿もけっこう言うわね』


 心の中でライズに返事をしながら、ロアンナが感心していると、ライズはプンプン怒った。


『もっと言っていいくらいですよ! ロアンナ様という素晴らしい婚約者がいるにもかかわらず、愛人を侍らすなんて! 許されることではありません!』


「うっ」と言葉を詰まらせるジークから視線を逸らし、デュアンはロアンナに向き直る。


「そういうことですので、ロアンナ様。ルルが辞めることを認めていただけませんか?」

「もちろんです。ルル様の今日付けの退職を認めます」


 ジークが「勝手なことをするな! 私は認めないぞ!」と叫ぶと、デュアンは眉をひそめた。


「王太子宮の管理は、婚約者であるロアンナ様がされているはずですが? まさか、王太子宮内で問題があるのですか? でしたら、私が責任を持って秩序を乱す不届き者を見つけ出し捕えましょう」


 そう言われてしまえば、ジークも黙るしかない。ジークが好き勝手できているのは、あくまで王太子宮内の出来事が(おおやけ)にされていないからだ。


 デュアンからの信頼がなくなり、疑惑の目を向けられている今、王太子宮を調査されて困るのはロアンナではなくジークのほうだった。


 そんなジークに、ロアンナはニッコリと微笑みかける。


「殿下。お約束通り褒美として、私の専属メイドと専属護衛騎士を王太子宮に置かせていただきますね」


 カッとなり何かを言いかけたジークは、デュアンの冷淡な顔を見て口を(つぐ)む。


「勝手にしろ!」


 足音荒く立ち去るジークの背に向かい、ロアンナは優雅に淑女の礼をとり、デュアンは礼儀正しく頭を下げた。

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