02 ロアンナならできるよな?
ザナトリア王国には、見目麗しい王子様がいる。
十五歳になったばかりのジーク王子は、光り輝く金髪に、宝石のような青い瞳を持っていた。まだ少年っぽさを残したその顔は、整い過ぎていて『妖精王子』などと呼ばれている。
その妖精王子の婚約者に選ばれてしまった侯爵令嬢ロアンナは、内心でため息をついた。
(物語に出てくる妖精って、いい妖精と悪い妖精がいるのよね。こっちは、悪いほう)
王太子宮の中にある豪華な一室に、ロアンナは呼び出されていた。
室内には色とりどりのバラが飾られ、高貴な香りが部屋を満たしている。この部屋の主は、ソファーにふんぞり返っているジークだ。
(自分は優雅にお茶を飲んでいるくせに、私は立たせたまま……)
ジークはバラの花びらがブレンドされた紅茶を一口飲んだあと、「やはり、華やかなものはいい」と呟いた。
「それに比べて……」
やれやれとでも言いたそうに、ジークはため息をついた。ロアンナに向けられた視線は、ひどく冷たい。
(あなたが私に『着飾るな』と言ったのでしょう)
派手に着飾っているジークとは対照的に、ロアンナの服装はとても落ち着いていた。薄紫のワンピースに飾り気はないか、それでも見る人が見れば侯爵令嬢に相応しい品だと気がつくほどには質がいい。もちろん、目の前の婚約者はそんなことには気がつかない。
(ジーク殿下は私が何をしても気に入らないのよね。私が殿下より年上で、髪が殿下のお嫌いな黒色だから)
ロアンナの家門、クラウチ侯爵家の初代当主は、魔族を倒すために異世界から召喚された三英雄の一人だった。その血を受け継いでいるせいなのか一族は、なぜか高確率で初代当主と同じ黒髪になる。
(私の瞳は、母譲りで淡い紫色なのに、殿下からすればそんなことはどうでもいいのよね。何度「お前を見るだけで、気分が悪くなる!」と罵られたことか)
ロアンナとしては、政治的意味合いで結ばれた婚約なのだから、愛はなくともお互いを尊重し合えればいい関係が築けると思っていた。
(この婚約をうまくやろうと思っていたのは私だけ……)
待っていたのはジークに外見や年齢を貶される日々。
ジークが五歳年上のロアンナを女性としてみれない気持ちは分からないでもない。だがそれは、ロアンナも同じだった。
(私だって、折れそうなくらい線が細くて、弟より年齢が下のジーク殿下なんて異性だと思えないわよ。私の理想は、同年代か年上で、見た目を重視する人ではなく、もっとこう……思慮深い人がいいもの)
王太子妃教育の一環で、ロアンナは二年前から王太子宮で暮らすようになった。それからというもの、ジークは、事あるごとにロアンナに嫌がらせをしてきた。しかも、すぐに分かるような嫌がらせではない。
「おまえは、将来私の妻になり王太子妃になる。だから、これくらいはできなければならない」
そんなことを言いながらロアンナに、無理難題を押しつけてくるのだ。
(今度は、私にどんな嫌がらせをするつもりかしら?)
ロアンナとしては、こんな婚約、すぐにでも破棄してしまいたいが、今は実家の侯爵家の内情が悪く、一族が一致団結して動くことができなかった。
一族の協力を得られなければ、王命で結ばれた婚約を個人の感情でどうこうすることはできない。
そして、それはジークも同じだった。ジークだって、ロアンナが気に入らないからといって、この婚約を簡単に破棄できるものではない。それが分かっているからこそ、ロアンナが婚約者に相応しくないと周囲に証明しようとしている。
(私と婚約破棄したいのなら引きずり下ろすのではなく、ジーク殿下から陛下に懇願すればいいのに)
ロアンナとしては、この婚約になんの未練もないが、クラウチ侯爵家の令嬢が不出来だと言いふらされるわけにはいかない。
(家門のためにも、私の今後のためにも、ジーク殿下に負けるわけにはいかないわ)
ロアンナが、意思の強そうな瞳をジークに向けると、ジークの口端がニヤリと上がる。
「今日はロアンナに任せたいことがある」
(来たわね)
見下すような青い目が、ロアンナに向けられる。
「ロアンナなら、できるよな?」
作り物の微笑みを浮かべたロアンナは、美しい仕草で淑女の礼をとった。
「もちろんです。やってみせましょう」