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19 ライズからの提案

 デュアンの提案に、辺りが静まり返った。


 沈黙を破ったのは、ジークの楽しそうな笑い声だ。


「ハハハッ、ロアンナを調べる?」

「はい。まだ詳しいことはご報告できませんが、実はとある筋からロアンナ様のメイドに対する態度に問題があるという情報を得ています」

「それは、それは」


 ジークは、ニヤニヤしながらロアンナを見た。


「いいだろう。存分に調べてくれ」

「有難き幸せ」


 二人のやりとりを聞いたロアンナは、顔には出さないもののあせっていた。


(まずいわね)


 騎士団に調べてもらった結果、ロアンナがジークに度重なる嫌がらせをされていることが分かり、この婚約がジークの有責で破棄されるのならロアンナも大歓迎だ。


 しかし、ジークの指示で口裏を合わせたお飾りメイド達に、ありもしない罪をでっち上げられる可能性が高い。さらに、デュアンはルルの兄だ。


(デュアン卿が急に王太子宮に押しかけてきたのは、どうもルル様から手紙を受け取ったことが原因のようだし……)


 デュアンの態度を見る限り、手紙の内容はロアンナに好意的なものではなさそうだ。そんなデュアンの調査が、ロアンナにとって良いものになるとは思えない。


(もしこの勝負に私が負けたら、クラウチ侯爵家の名誉は地に落とされると思ったほうがいいわね。でも、勝てば王太子宮内に、専属メイドと専属護衛を置いて味方を作ることができる)


 意味のない勝負が、ロアンナの中で絶対に負けられない戦いへと変わっていく。


 ロアンナは、意志の強そうな瞳をジークに向けた。


「殿下。一度部屋に戻ることをお許しください」


 鼻で笑ったジークに「逃げる気か?」と問われて、ロアンナは冷たい笑みを浮かべる。


「まさか殿下は、この姿のまま馬に乗れとでもおっしゃるのでしょうか?」


 ロアンナが困っている表情を作りながらスカートの裾をつまむと、ジークが舌打ちした。


「サッサと着替えて、 厩舎(きゅうしゃ)にこい! いくぞ、デュアン!」

「はっ」


 二人に背を向けて、ロアンナは自室へと向かう。


(馬に乗るのが久しぶりな上に、愛馬じゃなく初めて乗る馬。しかも、競う相手は乗馬に自信のある騎士団長……)


 今までは王太子宮内だけの攻防戦だったが、エリーをムチ打ちにされたことで、ジークも手段を選ばなくなったようだ。


(それでも、私は負けるわけにはいかないわ)


 自室に戻っても、朝と夜以外にロアンナの世話をするメイドはいない。ロアンナが乗馬服に着替えるために、一人でワンピースを脱いだとき、ライズが戻ってきた。


『あっ、いたいた! ロアンナ様、お部屋に戻られていたんっ!?』


 下着姿のロアンナと鉢合わせて、キャーと悲鳴を上げたのはライズのほうだった。ロアンナはジトッとした目をライズに向ける。


「どうして、あなたが恥ずかしがっているのよ」

『ロアンナ様こそ、ど、どうしてそんなに堂々としているんですか⁉』


 丸く白い身体を真っ赤に染めて、背を向けるライズにロアンナはため息をついた。


「いちいち幽霊の視線なんて気にしていたら、生きていけないからよ」

『えっ? あっ!』


 幽霊はどこにでもいて、どこにでも入ってくることができる。

 恥ずかしがっていたら、何もできなくなってしまう。


『ロアンナ様……』


 気遣うようなライズの声に、ロアンナは口元を緩めた。


(本当に優しいんだから)


 乗馬用のズボンを履いて、上着に袖を通しながらロアンナはライズに尋ねる。


「それで? ルル様は見つかったの?」

『はい。部屋にいました』

「よくルル様の部屋の場所が分かったわね」

『王太子宮にいる他の幽霊に聞きました』


 ライズが言うには、ルルは呼びにきたメイドと一緒にクローゼット内の服をすべて出して悩んでいたそうだ。


「悩む? 何を?」

『それが……。ルルさんは、どうしようどうしよう、こんな服じゃお兄様に会えない! と涙目になっていました』

「こんな服?」


 お飾りメイドのルルは、いつも華やかなメイド服を着ていた。

 それは、普通のメイドが着ているような仕事着ではなく、胸元が大きく開いていたり、スカート丈が短かったりでなかなか個性的だ。


「確かに、あの格好で身内の前に立つのは、なかなか勇気がいるわね」

『そうですね……』


 そんな会話をしているうちに、乗馬服に着替え終わった。


 長い黒髪は邪魔になりそうなので、宝石箱から取り出したピンク色のリボンを使い、軽くひとつにまとめておく。


 ロアンナは「もうこっちを見てもいいわよ」とライズに声をかけた。


 おそるおそる振り返ったライズは、『わぁ』と感嘆の声を上げる。


『とてもお似合いです!』


 つぶらな瞳をキラキラさせながら褒められると、ロアンナも悪い気はしない。ロアンナの髪に巻かれたリボンが、おそろいだとライズは気がついたようだ。


『あっ、そのリボン!』

「これ、気に入っているの。私達はもう恋人ではないけど、リボンはおそろいでもいいかしら?」

『もちろんです!』


 嬉しそうなライズは、『あれ?』と身体を傾けた。


『でも、どうして乗馬服に着替えたんですか?』

「実はね……」


 今度はロアンナが、状況を説明するとライズの全身は青くなっていく。


『ええっ⁉ ロアンナ様と騎士団長が、馬で早駆け勝負をすることになったって、本気で言ってます⁉』

「本気よ。やるからには勝たないとね」


 黙り込んでしまったライズを見て、レイに合わせる、という約束をやぶってしまっていることに気がつき、ロアンナは申し訳ない気持ちになった。


「ごめんなさいね。ライズさんを、早くレイに会わせてあげたかったんだけど。これが終わったら、すぐに会いに行きましょう」

『いえ! 俺のことはお気になさらず!』


 全身をブンブンと左右に振ったあとで、ライズはおそるおそるロアンナに尋ねる。


『ちなみに、勝てる見込みは……?』

「デュアン卿の実力が分からないから、なんとも言えないわね」

『ロアンナ様の馬術の腕前は……?』

「弟に負けたことはないけど、兄には一度も勝ったことがないわ」

『うっ、なんというか、判断に困りますね』

「でしょう? でも、負けられないの」

『うーん……。必ず勝たなければいけない早駆け勝負に勝つ方法……』


 フワフワと空中を行ったり来たりしていたライズは、急にピタッと動きを止めた。


『ロアンナ様! 俺に考えがあります。うまくいけば勝てるかも……。でも、今回は必ず成功するとはお約束できないのですが』

「とりあえず、考えを聞かせてくれる?」

『はい』


 ロアンナが水をすくうかのように両手を出すと、ライズはフワフワと移動しその手のひらに収まる。


『じいちゃんが元いた世界から持ち込んだ書物の中に、ヘイケモノガタリ(平家物語)という本がありまして。

 その中で、ブシ(武士)、えっと、こちらでいう騎士ですね。騎士達が、どちらが敵陣へ一番乗りできるか馬で早駆け勝負をする話があるのです。その話を参考にするのはどうでしょうか?』


 その後のライズの説明をすべて聞き終わったロアンナは、こらえきれずクスッと笑ってしまった。


「面白いわね。それ、やってみましょう」

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