17 もちろんロアンナならできるよな?
ロアンナがさらに言葉を続けようとしたとき、小さな両手を広げたライズが顔の前に飛び出してきた。
『ロアンナ様、待ってください! どうも話が噛み合っていないような気がします!』
ライズがあまりに一生懸命、両腕をピョコピョコ動かすので、心を落ち着けるためにロアンナは息を吐く。
『どういうこと?』
『騎士団長は、ロアンナ様に王太子宮のメイドに会わせてほしいとわざわざ言ってきました』
『そうね。それで?』
『ですから、おそらく騎士団長はロアンナ様が王太子宮を管理していると思っているんですよ。ようするに、王太子宮の内情が分かっていないのではないかと!』
『それはそうでしょうね』
王族が暮らす宮内のことが外に筒抜けだったら大問題だ。
ロアンナがライズと声を出さずに会話している間に、デュアンは何やら覚悟を決めたようだ。
「まさかと疑いながらも念のためここまで来たが、どうやら妹の手紙の内容はまったくの嘘ではないようだ……」
ロアンナが「手紙?」とつぶやくと、ライズは『ほら、なんだかおかしいでしょう?』と囁いた。
『そうね。ライズさんのおかげで私も冷静になれたわ』
よく考えると、弟の上司とこれ以上もめるわけにはいかない。妹に会いたいというのなら、今すぐ会わせてあげればいい。ロアンナは客室の隅に控えているメイドを呼び寄せた。
「ルル様にデュアン卿が来ているから客室に来るように伝えて」
「かしこまりました」
メイドは確かにそういってから下がったのに、いつまでたってもルルは姿を現さない。時間が経つにつれ、デュアンの顔がどんどん険しくなっていく。
『もしかしてルル様は、いつものように私の指示を無視するつもりかしら?』
それを聞いたライズが『俺、ちょっとルルさんの様子を見てきます!』と壁をすり抜け飛んでいった。
(このまま、ここで待っていても仕方ないわね)
すくっと立ち上がったロアンナを、デュアンがギロリと睨みつける。
「なぜかルル様が来ないので、こちらから会いに行きませんか?」
デュアンは警戒しながらも、ロアンナのあとを着いてくる。そこで、一番会いたくない人にロアンナは出会ってしまった。
廊下の先に、派手な格好の少年が見えている。
(どうして、ここにジーク殿下が……。あっ、もしかして殿下もルル様に会いに?)
ロアンナが歩いてきていることに気がついたジークは、青い顔でビクッと身体を震わせた。
(この反応を見る限り、エリー様をムチ打ちされたことが、だいぶショックだったようね)
動揺していたジークは、ロアンナの背後にデュアンの姿を見つけて表情を明るくする。
「デュアン!」
駆け寄ってきたジークに、デュアンは礼儀正しく頭を下げた。
「王太子殿下にご挨拶を申し上げます」
「どうしてここに?」
「妹のルルに会いに来ました」
「ルル……? ああ、あの子はおまえの妹だったのか。ふぅん?」
ジークは口端をニヤリと上げた。その厭味ったらしい顔を見てロアンナはピンとくる。
(これってもしかして、今からまたいつもの無理難題を出すつもり? ぜんぜん懲りてないじゃない)
わざわざ今言うということは、デュアンの前でロアンナに恥をかかせたいのかもしれない。
「今日はロアンナに任せたいことがある」
(やっぱりこうなるのね)
冷ややかな青い目が、ロアンナに向けられている。
「もちろん、ロアンナならできるよな?」
今はそれどころじゃない、と叫びたい気持ちを抑えながら、作り物の微笑みを浮かべたロアンナは淑女の礼をとった。
「もちろんです。やってみせましょう」