16 急な来訪者②
走り出したい気持ちを抑えながら、あくまで優雅に客室に向かうロアンナの後ろを、幽霊姿のライズがフワフワとついてきている。
『ロアンナ様。俺も同席していいでしょうか!?』
ロアンナは声に出さず『もちろんよ』と心の中で返事をした。
『さっきライズさんも聞いていたと思うけど、来客のデュアン卿は王宮騎士団長なの』
『ということは、ロアンナ様の弟さんの上司ということですね? こんな早朝に訪ねてきたということは、弟さんに緊急を要する何かが起こったのでしょうか?』
『その可能性が高いわね』
一を聞いて十を知るようなライズとのやりとりは、急いでいる今のロアンナにとって有難かった。
廊下ですれ違う若いメイド達が、皆、どこかソワソワしている。
(騎士団長様は、本当に大人気なのね)
ロアンナが客室に入ると、デュアンはソファーに座らず立ったままだった。よほど急いで来たのか、美しい銀髪が少し乱れてしまっている。ロアンナに向けられたエメラルドのような緑色の瞳には温かさがない。
(氷の貴公子の名の通り、女性に向かってニコリともしないのね)
ロアンナの背後でライズが『うわっ』と驚いている。
『また美形? 王宮騎士団って顔で選ばれているんですか!?』
『そんなわけないでしょう。こう見えて、彼はこの国で一番強いって言われているのよ』
『顔がいい上に、強いってどういうこと……?』
ロアンナが長身のデュアンを見上げていると、デュアンは礼儀正しく頭を下げた。
「デュアン卿、まずはお座りください」
ロアンナが先にソファーに座るのを見届けてから、デュアンは向かいの席に腰を下ろす。
「急用ですか?」
ロアンナにそう尋ねられるまで口を開かなかったデュアンは、先ほどから自分より爵位が上の者への礼儀を徹底的に守っていた。しかし、ロアンナに向けられた視線は冷たく、その声はまるで怒りを含んでいるかのように硬い。
「王宮騎士団長に任命されているデュアン・オーデンです。まずは謝罪を。早朝から押しかけてしまい、大変申し訳ありません」
「かまいません。急用なのでしょう?」
頷いたデュアンの瞳は、さらに鋭くなる。
「単刀直入にお伝えします。ロアンナ様にお仕えしているメイドに会わせてください」
予想外の言葉に、ロアンナは小首をかしげた。
「メイド……? 私の弟に何かあったのではなく?」
「弟? ああ、レイ・クラウチはこの件に関係ありません」
ロアンナが安堵のため息をついたのも束の間、すぐに気持ちを切り替えてデュアンの顔をジッと見据える。
「メイドに会いたいといわれても、私の専属メイドはいませんよ」
「専属ではなくとも、王太子宮にルルというメイドがいるはずです」
「ルル……?」
どこかで聞いた名前ね、と思うロアンナの横でライズが小さな腕をピョコピョコ上下させた。
『エリーさんの次に爵位が高いお飾りのメイドですよ。ジーク殿下の次のお気に入りになる予定の。確か、ルル・オーデン……。オーデン!?』
ライズは、先ほどデュアン・オーデンと名乗った騎士団長を凝視する。
『ロ、ロアンナ様。この騎士団長、よく見たらルルさんと同じ銀髪です! ご兄妹なのでしょうか?』
『どうやら、そのようね』
二人の持つ雰囲気があまりにも違うので気がつかなかった。
ロアンナがライズと話している間の沈黙を、デュアンは悪い意味に受け取ったようだ。
「ロアンナ様は、使用人の名など覚えていないようですね」
先ほどから睨みつけられているとは思っていたが、相手をバカにするような物言いで、ロアンナは確かにデュアンからの悪意を感じとった。
(いくら騎士団長といえども、まだ爵位も継いでいない子爵令息にまで見下されるなんて……)
侮られたままではいけないと、ロアンナは薄く微笑む。
「そういうあなたは、家族ぐるみで我がクラウチ侯爵家を侮辱するつもりのようね?」
「どういう意味です?」
「まさか忠義に厚いと言われているオーデン子爵家が、王太子宮にお飾りメイドを送り込んでいたなんてね」
「お飾りメイド……?」
デュアンの端整な顔に青筋が浮き出ている。
「それはもしかして、我が妹に向けた言葉でしょうか?」
「それ以外に何があるの?」
バチバチと音が鳴りそうな睨み合いの中、ライズが『わぁ、ロアンナ様。落ち着いてください』とオロオロしている。