15 急な来訪者①
その日のロアンナは、朝日が昇ると同時に目が覚めた。
いつもは、重い体をベッドから引きはがすように起き上がるのに、今日はなんだか全身が軽い。
(ライズさんと街に行ったのが楽しかったからかしら?)
ベッドから下りて鏡を見ると、ふとライズの言葉が蘇った。
――大丈夫です。ロアンナ様のこれからの幸せを願ったコインは、女神の天秤に乗りました。あなたは必ず幸せになれます!
クスッと笑ったロアンナは、メイドを呼ぶためにベルを鳴らした。やってきたメイド達は、いつものように無言でロアンナの朝の身支度を整える。その間にロアンナは、昨晩、家族に向けて書いた二通の手紙を出すように伝えておいた。
身支度が終わり、メイド達が全員下がったことを確認すると、ロアンナはキョロキョロと辺りを見回す。
「ライズさん?」
すぐに窓の外にピョコと白く丸い幽霊が姿を現した。
『ロアンナ様……。おはようございます』
窓をすり抜けたライズの声は暗く、飛び方もフラフラしている。ロアンナが両手ですくうようにすると、ライズはロアンナの手のひらの上でシクシク泣き出した。
「どうしたの?」
『そ、それが……。昨日の夜、王太子宮内を散歩していたら、ジーク殿下と侍女長という方の会話を聞いてしまい……』
侍女長は、ジークの母である王妃の侍女達を総括していた女性だ。若い頃は、ジークの乳母もしていたらしい。
ロアンナとジークが対立する中、王太子宮内が混乱しないのは彼女のおかげだった。そして、ロアンナが王太子宮を管理できないのは、彼女がジークに付き従っているせいでもある。
(本当に私が王太子宮を管理するなら、侍女長を追い出すか、こちらの味方につけないといけないのよね。でも、一番の理想はジーク殿下と今すぐにでも婚約解消することだけど)
ライズに話しの続きを尋ねると、ジークがエリーを捨てて、次はルルという女性を愛する宣言をしていたらしい。
「意外ね。ジーク殿下とエリー様は、本当に愛し合っているのかと思っていたわ」
『それが……。ムチのあとが残って傷物になるから、もういらないって……』
「相変わらず嫌なやつね」
気落ちしているライズに、ロアンナは顔を近づけた。
「ねぇ、もしかして、エリー様がムチ打ちになったことを、自分のせいだと思っているの?」
ライズは、全身でコクリと頷く。そんなライズに、ロアンナは優しく微笑みかけた。
「あのね、ライズさんがいなかったら、あそこでムチを打たれていたのは私だったかもしれないの。だって、あの命令は本当なら私が命じられたことだったから。だから、私はあなたに感謝しているわ」
『ロアンナ様……』
ロアンナは、真摯な瞳をライズに向けた。
「ああなることを望んだのは私です。ライズさんが気にする必要はありません。あなたの行動の責任は私がとります」
『カ、カッコイイ……』
落ち込んでいたライズは、元気を取り戻したようだ。
そのとき、自室の扉がノックされた。入ってきたメイドが言うには、ロアンナに来客だそうだ。
(手紙を読んだレイが来たにしては早すぎるわね?)
つい先ほど出した手紙がもう届いたとは思えない。
来客の予定はなかったので、相手は王太子の婚約者であり侯爵令嬢でもあるロアンナに、約束もなしに押しかけて来たことになる。
(それをしても許される両陛下が、わざわざこちらに来られることはないだろうし、いったい誰が……)
不思議に思いながら尋ねると、メイドの口からは予想外の名前が出た。
「尋ねて来られたのは、デュアン様です」
「デュアンって、あの王宮騎士団長の?」
王宮騎士団長といえば、美しい銀髪に涼やかな目元、さらに鍛え上げた体で多くの女性を虜にしているにもかかわらず、どの女性にも冷たい態度を取ることから『氷の貴公子』などと呼ばれている。
「はい、あの王宮騎士団長様です」
そう言ったメイドの顔は、どこかうっとりしていた。
ロアンナとデュアンは、王宮で顔を合わせたことがあるものの、今まで一度も会話をしたことがない。しかし、王宮騎士団長という立場から彼はレイの上司に当たる。
(もしかして、レイに何かあったの!?)
ロアンナは、あせる気持ちを抑えながらデュアンが待つ客室へと向かった。