13 月明かりの下で①(ライズSide)
慌ててロアンナの部屋から飛び出したライズは、月明かりの下でも分かるくらい全身が真っ赤に染まっていた。
(困っていたとはいえ、ロアンナ様の部屋に押しかけるなんて!)
脳裏に先ほどのロアンナの姿が浮かんでしまい、小さな手を上下に動かしながら慌ててかき消す。
気持ちを落ち着けるために、夜空を散歩していると少しずつ冷静になってきた。
(俺が幽霊じゃないって、どういうことなんだ?)
そのとき、回廊を歩く二つの人影が見えた。ライズは思わず隠れてしまったが、幽霊姿では隠れる必要がなかったことを思い出し、そっと人影に近づいていく。
先頭を歩いている人物は、金髪で派手な服装をしていた。
(あれは、ロアンナ様の婚約者ジーク殿下だ。後ろの年配女性は誰だろう?)
使用人のような格好なので、ジークの母親である王妃ではない。
(こんな夜中に、どこへ?)
進む方角からして、ロアンナの部屋に向かうのではなさそうだ。
(ロアンナ様に害がなければ、気にしなくてもいいかと思ったけど……)
暇だったこともあり、ライズはなんとなくジークのあとを着いていった。
(まだお若く見えるのに、この年でハーレムのようなものを持っているってすごいな)
ライズが大好きな戦記ものでも、複数の女性を囲いハーレムを築く王や将軍がいた。それは冨や権力の象徴でもあったが、大抵は滅びの憂き目にあっている。
(色に溺れすぎると、頭が回らなくなるからなぁ。しかも、子どもが多ければ多いほど、血なまぐさい跡継ぎ争いが起きる可能性が高くなるし……。戦記ものでは、反旗を翻した子に父親が討たれることもあったな)
コツコツと足音を響かせながらジークが向かったのは、回廊の先にある部屋だった。豪華な扉の前に控えていた医者が、ジークに向かって礼儀正しく頭を下げる。
彼らのすぐ横で、ライズはまだ考え込んでいた。
(あっでも、ジーク殿下が想う女性は一人なのかも? 確か名前は……)
「エリーの様子はどうだ?」
ジークの言葉を聞いたライズは『そうそう、エリーさんだ』と頷く。尋ねられた医者は、困っているように見えた。
「少し前まで泣きながら殿下を呼んでいましたが、今は眠っています」
「ムチで打たれた背中の傷は?」
「殿下が庇ってくださったおかげで、命に別状なく軽傷です」
「そんなことを聞いているのではない。傷跡は残るのか?」
睨みつけられた医者は、わずかにたじろぐ。
「そ、そうですね……。うっすら残るのではないでしょうか」
「そうか」
それまで心配そうだったジークの声が、急に冷たくなったような気がする。
「傷跡が残るのか」
くるりと踵を返したジークは、ライズの横を通り過ぎるとき、確かにこう呟いた。
「じゃあ、もういらないな」
予想外の言葉に固まってしまったが、我に返ったライズは慌ててジークのあとを追う。
「侍女長。エリーが動けるようになったら、すぐに王太子宮を出るように伝えてくれ」
「はい」
侍女長が「エリー様が使っていたお部屋は、どうなさいますか?」と尋ねると、ジークは足を止めた。
「そうだな……。髪が短い銀髪のメイドがいたな?」
「ルル様ですね。オーデン子爵家のご令嬢です」
「ルルか。エリーの次に美しいのは彼女だから、エリーに与えていたものは、これからはすべて彼女に与えてくれ」
「かしこまりました」
「私の寵愛を受けられるのは、華やかで美しいものだけだからな。地味な黒髪女も、背中に傷ができた女も必要ない」
ジークと侍女長が立ち去っても、ライズはその場から動けなかった。