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10 見よう見まねのデート①

 幽霊姿のときのライズは、ずっと本を大事そうに抱えている。


(生前、兵法書や戦記を好んでいたと言っていたから、きっと本が大好きなのね)


 ロアンナが「分かりました」と頷くと、ライズは慌てた。


「でも、図書館ではデートになりませんよね⁉」

「どうかしら?」


 他の令嬢なら婚約者と街デートくらいしたことがあるはず。しかし、ロアンナとジーク王子はデートなんてするような関係ではなかった。


「私もデートに詳しくないの。でも、王立図書館周辺は公園になっていて、恋人達にも人気の場所だと聞いたことがあるわ」

「そうなんですね」


 ちょうど馬車は広場へと向かっている。王立図書館は、そこから東の方へ少し歩いたところに位置していた。


「広場から図書館までの道筋に市場が開かれているの。そこを二人で歩いたら、よりデートっぽいんじゃないかしら?」

「いいですね!」


 そんな会話をしているうちに、馬車は広場へとたどり着いた。御者が扉を開けると、ライズが先に降りた。続いて降りようとするロアンナに向かって手を差し出している。


(ちゃんと私をエスコートしてくれるのね)


 ライズはド田舎で育ったと言っていたが、貴族としての礼儀作法は身につけているようだ。差し出された手に、ロアンナがそっと手を重ねると、ライズの頬が赤く染まる。


「き、緊張してしまいます」

「気楽にね」


 ロアンナとしては、中身はライズでも外見が弟なので、緊張のしようがない。


 訪れた市場は、物が溢れ人で賑わっていた。野菜や果物を売る店からは、元気なかけ声が聞こえてくる。布を取り扱っている店や、アクセサリーを売っている店は、若い客に人気だった。不思議な香りを漂わせているのは、異国の調味料を扱っている店のようだ。


 ロアンナの隣を歩くライズからは、「わぁ」と感嘆の声が漏れている。


「今日はお祭りですか?」


 瞳を輝かせているライズを見て、ロアンナの口元が緩んだ。子どもの頃に兄弟達と初めてここに来たとき、ロアンナも同じことを言った記憶がある。


『お兄様。今日はお祭りですか?』


 そう聞いたロアンナに、兄のマックスがどう答えたのか、今はもう思い出せない。ただあの頃は、何を見ても何をしていても楽しかったように思う。でも、王太子の婚約者という立場になってからは、楽しいことを探すほうが難しい。


 ゆっくりと歩き出したロアンナは、「違うわ。普通の市よ」とライズに教えてあげる。


「えっ! ということは、毎日こんなに人が集まってくるんですか? 都会はすごいな……」


 二人並んで店の売り物を見て回るだけでも十分楽しめるが、せっかく市場に来たのだから、ライズに何か買って楽しんでほしいとロアンナは思った。


 ふと、視界に入ったのは、【恋人達のおそろいリボン】の看板。


(さすがにおそろいの物を買うのは、やりすぎだわ)


 他にいいものはないかと探しながら歩いているうちに、市場を出て目的地の王立図書館に着いてしまった。


 三階建ての立派な建物を見上げたライズが「ここは美術館ですか?」と、ポカンと口を開けている。


「ここが王立図書館よ。一階は誰でも入ることができるの」

「二階や三階は?」

「許可を得た人しか入れないわ」


 ロアンナが図書館内へと入っていくと、ライズもあとをついてくる。


 図書館内の広さや美しさに感動しているライズに「あとは、お好きにどうぞ」と、ロアンナは微笑みかけた。


 満面の笑みで「ありがとうございます!」と言ったライズを見送ったあと、ロアンナは図書館の中心にいくつも置かれているソファーの一つに腰を下ろす。


 ここにいる人達は、素晴らしい本と出会うことに夢中で、ロアンナのことなんて誰も気にしていない。


 蔑まれることもないし、罵られることもない。そんな静かな空間が心地好い。しばらくすると、瞳を輝かせたライズが一冊の本を胸に抱えて戻ってきた。


「これを読みます!」


 ライズの腕に隠れて表紙は見えないが、きっと難しい本なのだろう。


「どうぞ」


 ロアンナが隣に座るように促すと、ライズは少しためらいながらも隣に座った。ライズが緊張していたのは、ほんの僅かな間だけ。すぐに字を追うことに夢中になり、隣にいるロアンナのことなんて忘れてしまう。


 規則正しく捲られていくページの音に、ライズの深い呼吸音が重なる。


(不思議……。なんだか、落ち着くわ)


 そう思った瞬間、ロアンナは眠ってしまっていた。ハッと我に返ったときには、隣に座っていたライズの肩に寄りかかっている。


「ごめんなさい! 読書の邪魔をするつもりはなかったの!」


 ロアンナが慌てて姿勢を正すと、本を胸に抱えたライズは真っ赤な顔で、なぜかうっすら涙を浮かべていた。


「ロアンナ様。一生分のときめきを、ありがとうございます」

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