8話 魔力の扱い方と新しい力
「朔様!!魔力そのものを引き上げてください!!スキルで強化したらわかりますよ!!」
朔は魔フォンショップにいって数日経ち、冬の寒さが厳しくなり始めたころリヌイに言われた学園に入学するために特訓をしていた。この日はクロエの休日のため、特訓にクロエが付き合っていた。
クロエが出した指示は一つ、スキルによる身体能力の強化ではなく単純な魔力による強化だった。
理由は単純、入学試験でスキル未使用での魔力テストが行われるためだ。
魔力テストで魔力が低いからと言って試験に受からないということはないのだが、念には念をとクロエが提案したのだった。
ひたすら自分の奥底からエネルギーを取り出し血管の一本一本をイメージしながら体全体に魔力を流していく。朔は一応武道経験者だった上に血管などの人の体の仕組みをよく知っていたためムラなく魔力を全身にながすイメージはつかめた。
だが、異世界人だからか自身の最大魔力出力まで魔力を引き上げられずに苦戦していた。
「こうだよ、こう、自分がの中からどんどん力が湧いてきてあふれだす感じ、うわーって」
命がクロエと組手をしている朔に、身振りと擬音を用いながら説明する。
スキル禁止と言われた朔の動きは結構鈍く、クロエは朔が動き出してから動くという強者の風格を見せていた。
クロエの話によると命はすぐに魔力の扱い方も最大出力もつかんだらしい。
朔はその話を聞いて、「これだから命を感覚派って言うんだよ」と心の中で悪態をついていた。
「あまりにもセーブしようと無意識で働きかけすぎていますよ。俺を殺す気でこな......」
クロエが発破をかけようと言葉を飛ばしていると、言い終わる前に朔が急加速してクロエの懐に飛び込んでみぞおちに殴り込んだ。スキルによる強化ではなく正真正銘の魔力のこもった一撃だ。
朔は今までで一番の手ごたえを感じたがその拳は僅か1㎝を残して空中で静止していた。
今まで結界術を使っていなかったクロエが結界術を使ったのだ。
「さすがに今の一撃は魔力強化なしでは受け取れないので、結界を張っちゃいました」
クロエがやっちゃったっという表情をだして笑う。
命が「できたじゃん、私のおかげだね!!」といって朔の背中を叩いて、結構な大きさの音が鳴った。
その音にびっくりしたのか組手が終わって戻ってきた小鳥が再び飛び立った。
「これでやっと、次のステージに進めますね。」
クロエはそう言ってどこからか一枚の紙を取り出した。
紙には規則正しく文字がびっしりと書いてあって真ん中にひし形の幾何学模様が描かれていた。
それは魔導書であった。
魔導書と言われれば分厚い本のような物をイメージするかもしれないが、この魔導書は薄い一枚の紙だった。
クロエは地面に平行に結界を生み出しその上に紙を乗せて、朔に紙の上に手を置くように言った。
「この魔導書は、マルティネス家相伝のスキルを魂に刻み込むものです。そのため一枚の紙に収まってるんですよ。では始めますね。」
クロエが聞き取れない言葉を言った後最後に「武気術」と呟いたのが朔は聞き取れた。
紙の上の文字が一瞬赤色の光を発すると、朔の手を通り抜けて粒子となって散った。
「(!。。)魂にスキルが刻まれようとしています、対抗しますか?」
『いや、大丈夫だ』
シズテムが反応したことから本当にスキルが刻まれたらしい。
スキルが刻まれたと言っても肉体に何かの変化があるわけではなかったが、第六感というべきであろう感覚が朔の奥底に沈み込んだ。
ゲームなどと違って、ステータス表示やスキル欄の確認などができないのが結構不便でシズテムに聞ける朔はまだいいが、命やクロエは全部記憶していた。
「今、朔様に刻んだスキルは「武気術」というスキルです。肉体を硬質の魔力で覆い内側からも強化する肉体強化のスキルです。そしてその上から魔力の流動層を作り出し魔術や衝撃を受け流します。肉体を武器とするための術です。このスキルを相伝とし使い受け継ぐことでマルティネス家は武家としての地位を築きました。」
「武気術......5%」クロエがスキルを発動する。
魔力感知を得た朔にはクロエの周りが濃密な魔力で覆われたことが分かった。
クロエが足踏みをして目の前の岩を殴ると、地面が足踏みによって沈み込むのと同時に大岩がに穴が開いた。砕け散るのではなく穴が開くということは、周りの岩を壊さないだけの膨大な力と速さで岩を殴ったということだ。
朔にはこの光景に見覚えがあった。異世界に来て初日、命が巨大サソリを一撃で粉々にした時のことだった。はじめは、身体能力が上がったのだと思っていた朔だったが、今ので合点がいった。
「武気術は出力を調節できます。りぬ様はたった3日で100%を習得なさいました。あと限界を超えた先もあるにはあるのですけど、歴代でもこれを超えたのは初代とりぬ様を含めたった5人でした。」
「ちなみに私は15%の出力を出すのに4日かかったよ。」
クロエと命が補足をする。
朔がなんとなく見様見真似で構えを取りながらスキルを発動させると、自身が今までにないほど万能感に包まれた。周りの時間が遅くなって音が遠くなっていくのに、周りの状況ははっきりと頭に流れ込む感覚だった。
試しに地面に足を打ち付けると、結構な硬さだった地面に大きなひびが入った。
「出力3%ってとこですかね。入学までに出力を10%まで上げれるようにしたいものです。」
「10%か、まだやっぱりスキルを使うって感覚が慣れないな。できるといいけど。」
「できますよ。ちなみに、命は部位出力だけなら既に40%を超えています。全体出力だと28%でしたけど。」
クロエは命と朔を連れて少し周りより高い山に登った。見晴らしがよく、周りが見渡せる。
数分景色を眺めていると、命が何かを見つけたようで山を飛び降り駆け下りた。
朔とクロエは、クロエが空中に張った結界の上を滑ってついていく。
命が見つけたのは3匹の体長2メートルになるトラのような魔獣だった。
ただ、トラと違うのは異様に顔の毛が長く全体も黒ずんでいて尻尾だけが真っ白だった。
命は3匹を前にして躊躇なく前に踏み込んだ。
「神記書物解放!!」
命がスキルの名前を叫ぶと魔力によって生み出された本から破れたページが飛び出し命の前で消失した。
瞬間命の魔力の雰囲気が変わったのが朔にも分かった。
命の手にはいつの間にか剣が握られており、3匹の鋭い爪を剣で防ぎながら一匹の首を切り落とした。
血が噴き出し大きな頭がゴトンという音をたてて地面に転げる。
仲間がやられたことに、危機感を覚えたのか2匹は一目散に逃げだそうとするが一匹はクロエが投擲した剣によって足を負傷して、動けず同じように首を落とされた。
「シャドータイガーと言われる夜行性の魔獣です、昼間は弱体化してBからDまで下がります。臭みがなく油が多い肉でしゃぶしゃぶにするととてもおいしいですよ。」
クロエがシャドータイガのしゅぶしゃぶの説明をしている間に、命が血抜きを終わらせて戻ってきた。
「そういえば、私の術式の詳しい説明してなかったね。私の術式は「神記書物」っていうの、あっちの世界の神様の力を一部借りて戦ってる間宿すの。一種の憑依系の術式なんだけどあっちの世界の神様だから精神まで憑依されることがなかったんだ。本当ならもっと強い力を引き出せるはずなんだけど、まだ私はむりだったんだよねー」
朔が詳しく聞くと、どうやら命の術式は神様だけでなく仏や悪霊、悪魔や天使、その上実在した戦争の英雄など幅広い存在の力が借りれるらしかった、
因みにいま誰の力を使ったのかと朔が聞くと、命は「え、アーサー王だけど?」と言った。
国籍も違えば神様ですらない、命の性格通りの結構アバウトなスキルらしい。
だが、不十分なスキルの発動でも十分な力があることからそれだけ強力なスキルであることが伺えた。
「ですけど、最近強力な魔獣の出没が激しすぎます。この前の悪魔といい先日のドラゴンといい。このタイガだって普段は夜行性なので昼間は絶対に姿を現しません。表すとしたらタイガのねぐらに強力な魔獣が住み着き、タイガが追いやられた形です。」
「それって、けっこうやばいんじゃないか?だってこのタイガって暗闇ではBランクの魔獣なんだろ、それが追いやられるってことは少なくともBランク上位の実力のある魔獣ってことだろ」
「ええ、その上私が倒したドラゴンはAランクでした。考えられる最悪の可能性としてSランクの魔獣も挙がってきてしまいます。」
朔たちが特訓を終えて、ギルドに向かうとラスネルが3人を出迎えた。
いつもはお酒を飲んでいたりで、食べ物やお酒の匂いがする冒険者ギルドだが今日はなぜかその様子が無く、皆が慌ただしく動いていた。
「よかった、ちょうどいいところに。今から会議があるので3人も参加してください!こんな時にりぬ様の連絡がつかないんですよ!!普段はいいですけどこうゆうときくらい出てほしいものです。」
慌てて3人を席につかせようとするラスネルにクロエが話をきくと、どうやらギルドも最近になって高ランクの魔獣が数多く出没するようになったことを不審に思っていたらしく3ギルド合同で調査をしていたのだという。
その調査で今朝判明したのが、Sランク魔獣を中心とした魔獣群が近くの洞窟で発生していたとのことだった。既に洞窟の中は魔獣でいっぱいになっていて、あと数日もすれば魔獣大群が起こる可能性があるだろうとのことだった。
そこで3ギルドは合同緊急会議を開いて、対処できるように備えようとしていた。
魔獣討伐を主とするアナスタシアギルド所属の高ランク冒険者を中心としてエルメスギルド、ケルデリエムギルドからも高ランクに対応できる冒険者を派遣する方針とのことだった。
「アナスタシア様、エルメス様、ケルデリエム様が入られます。」
会議が開かれると3ギルドのギルド長が会議室に入ってきて、各々の席に着いた。
アナスタシアは女性で貴族のようなドレスを身にまとっている。対照的にエルメスはボロボロのマントに甲冑という格好で戦でもしに来たかと思わせる格好だった。
ケルデリエムはフード付きのローブをまとっており、長い長髪の間からとがった耳が垣間見えた。
「おい、アナスタシア!!なんだその恰好は、今から戦いが始まるってのに、ここは舞踏会ではないぞ!!」
「はぁ、うるさいわねぇもう少し風情ってのを持ちなさいよ、ただ殺せばいいってものじゃないんだから。」
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて、まずは作戦と資源の計算から、、、」
「「ケルデリエムは黙っとけ(喋らないで)!!」
2人は来て早々ケンカをはじめ、止めようとしたケルデリエムは一括されてしまった。
周りの反応からするに毎度恒例のことらしく、勝てればいいという考え方のエルメスと、勝利にも美しさを求めるアナスタシアは水と油のように相いれなかった。
そこで、アナスタシアはクロエが、エルメスはお付きの従者がなだめた。
まだにらみ合っている2人をよそにラスネルが全員のもとへ資料を配る。
「えっと、それでは、3ギルド合同会議を始めます!!」
ラスネルが静まったのを確認して会議を始めた。