44話 Let's蘇生クッキング
木の葉が斜陽をさえぎって、樹林の中を暗くする。
だが、一部がドーナツのようにぽっかりと開いており周囲を照らしていた。
その中心では樹林の木々とは比にならないほど大きな巨木が立っている。
巨木はこの世界では見ないような建物を守っているかのように建物に根っこを張り巡らせて沈黙を貫いていた。
そんな巨木と建物の前に、体力も精神もすり減らした男が、しっかりとした枝を支えにして何とか立っている。男は重い足取りで建物の扉の前にいくと、枝を捨て、扉に手をかけて、錆びた蝶番の音を気にしながらそっと開いた。
扉の奥には更に扉があり、開けてはいけないというかのように一枚のお札が貼られている。
お札には日本語の漢字で『封』とまがまがしく赤い文字で書かれていたが、異世界の人間である男、ソルアスには読めるものではなかった。
だからだろうか、ソルアスは気にも留めずピリッとという音と共に扉を開けた。
魔法による封印が解かれて、扉のわずかな隙間から、白い光が漏れる。
その瞬間、扉の中から膨大な魔力があふれ出てきて、周囲を包み込んだ。
「まずい!!」
ソルアスは慌てて自身の術式を使い、その魔力を隠蔽する。
だが、そのわずかな一瞬の間に弱い魔獣たちは、膨大な魔力を感じ取っていた。
その魔道具は、勾玉が3つ紐に通された簡素な作りだった。
だが、ただの蛍石で作られているその石からは、持っているだけでゾッとするような魔力が隠蔽してもなお、ひしひしと発せられていた。
僅か、瞬きをする間に森全体へと波動のように広がったその勾玉の魔力で、森全体がざわざわと音を立てる。ソルアスがジッと自然に溶け込んで波風を立てないようにしていたが、さすがは森に住む魔獣だった。
侵入者であるソルアスの匂いをはっきりとかぎ分けて、建物の前にぞろぞろと集まっていた。
(ちっ、もう魔力も体力も残ってないってのに........)
ソルアスは取り囲む魔獣たちを一瞥すると、すっと目を閉じる。
周囲にいる魔獣を全部把握すると、術式を発動した。
「誘導」
ソルアスがまっすぐ指をさすと、周囲の魔獣が一斉にその方向を向く。
バッと向いたことで僅かに風が巻き上がる。
そのわずかな隙で姿勢を低くしたソルアスは、反対方向に向かって駆け出して逃げることを選択した。
空気の波に逆らって、ソルアスは魔獣の包囲網を突破する。
密集するわずかな隙間を抜けたソルアスは、木を足場にして空へと飛び出し、下を見下ろした。
「もう誘導が解けている........相変わらず弱い術式だな........」
下にはソルアスを追って猛進してくる魔獣たちが、流れる水のように木々をよけつつ流れている。
だからこそのあの封印だった。
魔獣は自身に危害を加えようとする者やテリトリーを犯してくる者に対して、攻撃を行ってくる特徴がある。
要するに、森を抜けるまではソルアスを追い続ける。
普段のソルアスならば赤子の手をひねるよりも簡単な作業だったであろう。
だが、門番のような異形の魔獣と戦って、固有結界まで発動しているソルアスにとっては、高速で木の上を飛び回って逃げることは、かなりの苦痛だった。
呼吸のしにくい狐のお面を外すと、懐にねじ込んで更に速度を上げる。
荒い息を何とか整えながら、必死に森を抜けようとする。
5分
僅かな体力を必死にひねり出しながら走り切ると、薄暗い森が途切れて草原が見えてきた。
森を抜けた先には一人の綺麗な女がいる。
腕を組んで暇そうに爪を見ていた彼女は、空から勢い良く飛んでくるソルアスを見て、梟の仮面の奥の目を細くする。
「受け止めろ」とソルアスが叫ぶが、梟面の女は聞こえていないふりをする。
さらに、受け止めようとする気はさらさら無く、組んだ腕を解くこともなく、自身の術式を発動させた。
梟面の女に突っこんでいくソルアスに対して、梟面の女の周りの空間では光が屈折して捻じ曲がる。
そんな奇妙な空間にソルアスは勢いを維持したまま突っ込んだ。
視界が反転し、ソルアスは受け身も取れずに地面へとたたきつけられる。
一度たたきつけられただけでは勢いが収まることはなく、バウンドして地面に転がった。
「がはっ......末代まで恨むぞ.......」
胸に受けたダメージを何とか逃がそうと、ソルアスは空咳をする。
すると、口の中が切れていたのか、血の混じった唾が地面の草にかかった。
「貴方をこの胸で受け止めるなんて死んでもいやよ、でもさすが逃げ足だけは早いわね」
梟面の女はわざわざ「だけは」と強調して嫌味を言う。
だが、ソルアスは気にすることなく。懐にしまった面を取り出して顔に着けると、さらに勾玉のつるされた紐を梟面の女に突き付けた。
「ほら、取ってきたぞ」
女はソルアスの手から垂れた首飾りをジッと見つめると、それを抓むように受け取った。
そして手に取ってまじまじと観察すると、鼻で笑うような仕草をしてポケットにしまった。
「嫌な魔力ね、これ、貴方の術式で封印してるんでしょ? 触れたくもないわ」
「封印してもなお、僅かに魔力が漏れ出てくる、引き取ってもらえてありがたい」
「はぁ、さっさと教会に戻るわ」
梟面の女は面倒な物を持たされたことにため息をつくが、それが自身の仕事であるため大人しく再度ポケットの中を確認する。そして、確認し終えた梟面の女は、術式で空間をゆがませては陽炎のように消えていった。
草原の中に一人取り残されたソルアスは、森の方に目を配らせる。
一瞬、森の奥でキラリと光る眼が見えたような気がしたが、見ないふりをしてまっすぐ草原を歩き始めた。
「パンが食べたいな......出来れば硬いやつだ、スープに浸せば柔らかくなる.......」
ソルアスは春で芽吹いた若草を踏みながら、好物であるパンを食べようと決意した。
そして、どれ程離れているかも分からないエルンテルに向かって足跡を残し始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
外が吹雪でホワイトアウトする中、暖かい焚き火がパチパチと音を立てている自然の洞窟が一つあった。
パチパチと音を立てる焚火の上には水が張られた釜が置かれている。
その横では、浅久良が横になって倒れており、ケフィが常に魔力を送って何とか死なないように保っていた。さらにその二人の横には大量の素材が山盛りに置かれており、全身包帯とミーニスが切ったり磨り潰したりと、大変そうに作業していた。
「これ、材料多くない?」
「全部必要なんですよぉ、集めるの苦労したんですから」
青いキノコにどこにあるのかもわからない翼の生えた木の実、味もおいしくなく食べれたものでないと言われる魚に、危険な魔獣の内臓。更には触れることができないといわれる程強力な毒を持つ触手生物の心臓までがそこにあった。
全身包帯は材料に触れると、「分散転移」で毒や不純物を取り除いていく。
更に、ものによっては原型がわからなくなるほど分解して釜に放り込んでいた。
ぐつぐつと煮詰まっていくその釜の中は青黒く染まっており、到底回復薬には見えない。
一定時間まで煮込むと紺色のように色は濃くなって僅かな刺激臭が漂ってくる。
全身包帯は熱くなった釜を手に付けた巨大なミットで持ち上げると、蓋をして雪の降る外で一旦冷やす。
その間に全身包帯は自分が使っている包帯を一部巻き取って、簡易的に作った四角い枠を埋めるように巻きつけ始めた。
「冷えたらこれを私の包帯でこすんです、そうすることで私の術式が液体全体にいきわたってあの毒のような物がほら、この通り」
釜いっぱいにあった液体はいつの間にかわずか2リットルほどまで減っていた。
残った液体からは淡く爽やかな匂いがする。
更に地獄のような色をしていた釜の液体は、透き通った水色をしていた。
「すごいわね、まさかほんとに作れるなんて」
「何度見ても理解できないっす、いつ作り方をおぼえたんっスか」
驚く二人をよそに、全身包帯は一回分のポーションをすくって浅久良にぶっかける。
更にもう一回分をすくうと、浅久良の頭を膝にのせて喉へと流し込んだ。
維持するだけで精一杯だったケフィの魔法とは違って、目で分かるほどに浅久良の傷が癒えていく。
青かった唇は元に戻り、途切れ途切れだった息が静かに整った。
「なぐもさん、後は、貴方が起きるだけですよ」
浅久良に膝枕をした全身包帯はそう言いながら、中性的な顔でスヤスヤと寝始めた浅久良の頭をさらりと撫で上げた。
浅久良は夢を見ていた。
それは、異世界に来る前の記憶。
誰よりも充実していて世界を愛していれた唯一の記憶の夢だった。
「だーーれでしょ」
ピピピと機械音が鳴り続ける狭い空間に明るい声が響く。急に視界が暗くなった浅久良はため息をついているが、どこか楽しそうに笑いながら隠してきた手をどかして、グッと上を向く。
すると、こげ茶の髪をした優しそうな女の人がいたずらっ子のように笑っている。
「やったな?仕返しだよぉ!」
浅久良はそんな女の人の髪をわしゃわしゃと崩してやり返すと、お互いお腹を抱えて笑った。
そこは浅久良の勤める研究所だった。
マルチバースの研究所で人数もいるような研究所だったが、いつも残って研究するのはこの二人だった。
否。
二人にさせられていた。
研究所の皆は二人が恋仲なのを知っていたのだ。
そんな二人はある程度終わると、机の上を片付けて帰る準備をする。
コーヒーを買って二人で飲みあう。
もう一度浅久良は椅子に座ると、スーッと意識が遠くなっていく。
同時に「なぐもーーー」と呼ぶ声が聞こえてくる。
浸っていた夢から醒めた浅久良は、意を決して視界を開く。
見えたのは石でできた洞窟で、パチパチと音を立てる焚き火が熱を押し付けてくる。
更にそこにはのっぺり坊のように顔はないが包帯の下から表情の見える全身包帯と、無残ではあるが優しさもあるケフィ、厳しいところのあるミーニスが顔を覗き込んでいた。
(なんで、僕はこの顔を見て安心してるんだろ.......この世界を壊すと決めたのに........)
冷えていた身体が温まってくると、焚火に当たっている方が熱を帯びて痛くなってくる。
「熱いなぁ」と言って起き上がった浅久良は、地面に広がる薬草や捨てられた材料を見て、自身を助けようとしたことを確認して実感していた。




