35話 思い出
「 お主を、この学園で学ばせぬことにした 」
アルデリウスは静かに言うと、朔の顔をまっすぐ見つめた。
そして動揺する朔を見て静かに口を開く。
「 入学試験を見ていたのじゃが、あの狐面との最後の攻防、あまりにも不自然じゃった。 わしの目には自分の力のことをよく分からないまま、使っているように見えた 」
アルデリウスは僅かに肩の力を抜いて息を吐く。
朔はそんな学園長の様子を観察しながら、次の言葉を予想しようと頭の回転を速めていた。
「 追試験じゃ、入学式までの1か月の間でエルンテルという町へ行き、ピタヤという女性に会ってくるのじゃ、そして自らを見つめてきなされ 」
そういったアルデリウスは孫を見るような目でにっこりと笑った。
そうして、細かい説明を受けた朔は一旦ホテルに戻ることになった。
朔が戻ると、心配するような顔でリヌイがホテルの玄関に立っている。
歩いている朔を見つけたリヌイは少し駆け足で朔に近づいてきた。
「 朔ちゃん! アルデのおじいちゃんからなんて言われた? 」
心配そうに聞いてくるリヌイを見た朔は、少しいたずら心が出てきたのか、「受験、落ちたみたいです」と、から笑いをしながら言った。
すると、リヌイは物凄くしょんぼりしたような顔で「俺が直接言ってみればいけるかなぁ...」と言い出した。そのまま学園に飛んでいこうとするリヌイを、朔は慌てて制止する。
止められて驚いたリヌイは、どうしてという顔で朔の顔を覗き込む。
朔は少しだけこらえるように笑いながら、「冗談ですよ」というと一緒にホテルに入った。
部屋に戻るとルシアと命が既に部屋の中におり、二人でポテトチップスのようなお菓子をつまみながら、楽しそうに自身の防具のこだわりを話していた。学校出た朔が事前に魔フォン(通信機)で伝えていたのだ。
ドアノブが回る音が朔の部屋に響き、ルシアと命が振り向く。
そしてルシアが開口一番「 旅行でしょ? めっちゃ楽しみ!! エルンテルと言えば本場カツサンドの発祥地なんだよねぇ 」と、前のめりで言った。
それを聞いた命が胸の息を吐きだして大笑いする。
そしてルシアに朔が用事を済ませている間に一緒に行こうかと提案した。
朔はアルデリウスから言われたことを再び二人に説明する。
「 俺も追試験が終わったらカツサンド食べようかな、それで、追試験なんだけど、条件は試験官の人と俺たち3人でエルンテルという街に向かうことらしい。 エルンテルまでは学園所有の移動機関で送ってくれるんだと 」
「 確か出発は明日なんでしょ? だったら朔は今のうちにデルデアさんにメンテしてもらわないとね 」
しっかりと日時も覚えていた命がデルデアに道具を見てもらう提案をする。
朔はそれもそうだと思い、明日の集合時間を3人でその場で解散した。
朔が再びホテルを出てデルデアの屋台まで歩こうとすると、さっき解散したはずの命が駆け足で隣に並んだ。驚く朔が、どうしたのと聞くと、命は一緒に行こうかな思ったと答えた。
2人が歩く歩道は僅かに曇っている空で暗くなっており、なんとなく気分も下向きになる。
水をまいたのであろう水たまりが太陽を隠す薄い雲をとらえていた。
お互いに話すことがわからず、重たい沈黙が街のざわつきに飲み込まれる。
街では、終わったはずの祭の残り火を売り払ってしまおうとする商人が、大きな声を出して客を呼び込もうと必死になっており話は進まなくとも足は進む。
以前だと話す内容が尽きることはなかったが、どちらも相手の様子を伺うばかりできっかけというものもない。祭りの余韻が残る街をしばらく歩いていると、いつの間にかデルデアの店の前だった。
例にもれずデルデアも店じまいをしている最中で、朔が命と顔を出すと少しだけ驚いた様子で「あぁ、リヌイ様の所の」と呟いた。
「拳当てと防具がボロボロになってしまったから、修繕を頼みたいんだ。 明日の朝にはエルンテルに向かうことになっているんだけど、できるか?」
朔が狐面との戦いでボロボロになってしまった防具を見せると、デルデアは少しだけ難しそうな顔をした。そしてぼそりと「大太刀と短剣は大丈夫なのか?」と朔に聞いた。朔が大丈夫だと答えると、眼を細くして防具を見ていたデルデアは「夜にはホテルに届けよう」と、店じまいをしていた手を止めて朔の防具を受け取った。
「 髪飾り、あの嬢ちゃんにあげたんだな 」
朔の防具を受け取った時、デルデアは命の髪についてる髪飾りを見ていた。
「え?」と、聞き返す朔にデルデアは少しだけ笑って「よく似合ってるな」と嬉しそうに言った。
「 そういえば....最近きた朔様は知らないだろうが、あのお嬢ちゃん、色んな貴族や冒険者たちに求婚されていたらしくてな......ま、風の噂だが、いや、俺にしてはおせっかいが過ぎたか 」
デルデアは朔に背を向けると同時に、そう話した。
朔は「 そうなのか、 」と言いつつもどこか納得してしまっていた。
ガチャガチャと店の奥を漁るデルデアの巨大な背中をふけった様子で朔が眺めていると、朔の視界にひらひらと手のひらが写り込んだ。
「 もう、終わった? 」
その言葉で、朔は思考の海から一気に現実に引き戻される。
不思議そうに朔の顔を覗き込む命は、さっきまでの気まずさなどなかったかのように「なんか、お土産でも買っていく?」と、楽しそうに朔に問いかけた。
風が強く吹き始める、屋台のテントをバサバサと揺らして祭の残り香を巻き上げた。
暖かい風が春を告げているかのように、ふんわりと海を超えた花の匂いが朔の鼻をなぞった。
突然吹いた風に朔は空を仰いて、薄く透き通る空を眺める。
「 そうだな、何か買っていけば皆喜ぶだろうな 」
朔が言った言葉に、命は嬉しそうな顔をして腕を掴む。
命の髪では、朔が送った髪飾りが雲一つない空を映していた。
一方ホテルでは、暇を持て余したルシアがすることが無さそうなクロエとリヌイの下に突撃していた。
リヌイの部屋はみんなで泊っている部屋より少しだけ大きくて、数人がくつろげるようになっていた。
ルシアが部屋のドアを開けると、お茶菓子を食べながら楽しそうに話すリヌイと、始炎剣・フレイアを布で磨き上げながら話を聞くクロエの姿があった。
「 ルシアだ! なんかこの3人で集まるの久しぶりだねぇ 」
ドアに背を向けていたリヌイが、振り向きながらお菓子を渡してくれる。
受け取ったルシアは、お菓子を口元に運んでサクッという軽快な音を立たせながら、クロエの横に座った。
「 ルシア、いつの間にか強くなってましたね 」
「 でしょ! 毎日穴掘りしてるからね! 」
褒められたルシアが嬉しそうに太ももにくくられている尻尾をぶんぶんと振る。
クロエとリヌイは、その様子を見て苦笑交じりに笑った。
「 今思えば懐かしいですね、前領主様がルシアを連れてきた時のこと 」
「 ちょ、その話をしないでよ! はずかしいから 」
いきなり始まった思い出話に、ルシアが顔を赤くして慌てながら抵抗する。
だが、回想モードに入っているリヌイとクロエは止められなかった。
「 確か、お屋敷のメイド服で合うのが無かったから初めはドレスみたいにぶかぶかで、俺のお父様に見繕ってもらったんだよね 」
「 ですね、しかも毎日山で遊んでは泥だらけにしていますから、洗うのも大変でした 」
クロエが始炎剣を拭く手を止めて、一冊の手帳を胸元から取り出した。
気になったリヌイとルシアが覗き込む。
手帳を開くと、そこには一枚の写真が挟めてあった。
「 おぉ、懐かしいね 」
「 りヌ様も俺もまだ小さいですね 」
そこには、連れられてきてまだ間もないルシアや、新品の子供用執事服を着たクロエ、更にはまだ前領主の剣だったフレイヤを短い腕で抱きしめたリヌイが、領主夫婦と共に写っている家族写真だった。
「 あっはっは、見て! 俺とフレイヤの身長一緒だ 」
「 これを見ると、成長したのがわかりますよね 」
「 え、私、この時こんなきれいなドレス着てたんだ 」
3人で一枚の写真を数分ほど見て、昔の話に花が咲く。
長かった時間があっという間に過ぎていき、時間がたっていることに気が付いたのは、朔と命が一緒に帰って来た時だった。
美味しそうな匂いを嗅ぎ付けた、リヌイとルシアが写真から顔を上げて、ドアの方を見る。
それと同時に、コンコンとドアが叩かれてドアノブが回り、揚げ物や串肉を抱えた朔と命が入ってきた。
ルシアが部屋を訪れた時には高かった太陽も、いつの間にかその身を低く屈めて赤い光を幻想的に届けている。
すぐにお皿を用意したクロエが受け取った料理を並べると、いただきますと一瞬にして手を合わせたリヌイが一本目の串肉に噛みついて行った。
「 あっづっ!! 」
慌ててかぶりついたリヌイが、思った以上の攻撃力がある串肉に反撃を食らわせられる。
僅かな涙目で舌を冷やすリヌイを見て、ホテルの一室は笑い声に包まれていた。
神代 命 Cランク冒険者
主人公である朔の幼馴染の16歳
14歳までは現実の世界で生きていたが、大雪で朔との下校中にスリップしたトラックと自動車に挟まれて重症を負いながらも異世界へと転移してリヌイに拾われたことで何とか一命を取り留めた。
性格は優しいながら単純でよく人の事を見ている。
動くことや食べることも大好きで、ルシアと出会ってからは親友のように過ごしている。
術式は「神霊憑体」
自身の記憶の中の「神記書物」から神や英雄、更には伝説の力を自身の身に宿らせる。
異世界での隔たりによって神などの魂までは憑依させることができないが、力の一部を憑依させることができる。未だ英雄などの憑依が多く、神を憑依させることはほぼできていない。
必殺技である「王ノ断罪」はアーサー伝説からきている。




