34話 一度見た夢
朔は狐面との戦いの後、意識を失っていた。
そして、いつの日かの夢の続きを見ていた。
命がはしゃぎながら大鳥居をくぐり、冷たいと笑って柄杓を使い腕を清める。
朔は自分が子供であることに違和感を持つことはなく、同じように腕を清めて賽銭へと向かった。
二礼二拍手一礼
朔と命が、親の動きをチラ見しながら真似して手を合わせる。
辺りに、少しだけずれた柏の音が凛と響く。
そして朔と命は目をつぶって最後の一礼をした。
朔が顔を上げると、そこは既視感のある世界だった。
空間は歪曲しており、どこが天井でどこが足元なのかがわからない。
人々が争うような叫びが聞こえたかと思えば、次の瞬間には人々の喜びの歓声が聞こえてくる。
目の端に、砂漠で甲冑を着た兵士が戦をする様子や、古めかしい車が無数に舗装されていない道路を走り回る様子が写るが、朔がその様子を見ようと視線を合わせるとフッと消え去るように見えなくなる。
朔が一歩踏み出すと、霧が晴れるように真っ白い空間がグッと広くなったように感じられて、いつの日か夢で見た一人の女性が見えてきた。
彼女は朔に背中を向けて地面に座っており、相変わらず美しい白髪と体のラインがが神々しさを醸し出している。朔が更に近づこうと足を踏み出すと、前のように女はゆっくりと振り向いた。
「 久しぶりじゃな 」
あぐらで白い地面に座りながら肩と顔だけで振り向いた彼女は、薄く微笑んでいた。
朔が「 久しぶりです 」と声を出そうとするが、なぜか声が出ない。
そこで見えない口を触ろうと手を口持っていくと、朔の手はあるはずの口を超えて空振りした。
「 おや、お主は口がない事に気づいておらんかったのじゃな。お主の時代でも格言が残っていたはずじゃが...... 」
口が無いことに違和感を覚える朔を見て、彼女は僅かに眉を上げて朔の方に身体を向き直した。
そして前に垂れた絹糸のような白髪を耳にかけると「 そうじゃな、何を話そうかの、時間がないからの 」と後頭部を触りながら呟いた。
「 ここから楽しく見せてもらっとるぞ、お主は力の使い方が雑じゃな、我の術式も与えてやったのに未だにしみ込んでおらぬ 」
白髪の女性はあきれたような顔をして、朔のつま先から頭の天辺までもじっくりと眺めた。
朔はしゃべることもできずに、気まずそうな目をして女性を見る。
するとそれを感じ取った彼女は肩に貯めていた息をぐっと吐き出して、胡坐の足首を手で持ちながら限界まで伸びたばねのように背伸びをした。
「 ほら、お仲間が呼んどるぞ、次は会うときは現世じゃといいな 」
彼女がそう言うと、朔の意識は段々と遠く伸びていき今まで白かった視界がスッと暗くなる。
そして、一瞬が長く感じていた朔の意識は、だんだんとはっきりしていった。
目を開けた朔は見慣れない天井に少し戸惑うが、ベッドの周囲に置かれている旅行用の鞄を見て、ここがホテルだったことを思い出す。
ベッドシーツに赤い毛がついているのを見て、朔は運んできたのがリヌイだと気づいて少し申し訳ない気持ちになった。
朔は赤い毛を拾い上げてサイドにある机に置くと、机に置いてある妖天虎の防具を身に着ける。
そして肩掛けの鞄の中身に何があったかの確認を終えた。
ちょうどその時、ドアが3回ノックされて音もなく開く。
入ってきたのはクロエとリヌイだった。
「 お! おはよう朔ちゃん、痛いところはない? 」
「 入学試験は中止になったそうですよ、あそこまでの評価で入学者が決定するようです 」
朔はリヌイに言われて、ようやく自分が狐面と戦っていたことを思い出した。
顔を下げて腕を見ると傷一つ無くて、元々あったような小さい治りかけの傷すら全部なくなっていた。
大丈夫そうな朔の様子を見て、リヌイは安心と満足が入り混じったような顔で「よかった」と笑う。
そして、ちょっと眉を下げて朔の両手を取った。
「 朔ちゃん、もうあの力は使っちゃダメだよ 」
「 そうですね、もう少しでりぬ様の魔法でも回復できないところだったそうですよ 」
リヌイが諭すような顔で、2度とエネルギアの最大出力は使ってはいけないという。
だが、すぐにいつものような笑顔に戻って「 でも、すごかったよ? 頑張ったねぇ 」と朔の頭を撫でた。
リヌイがひとしきり話したのを察したクロエが、朔に一枚の紙を渡す。
それは、テオス・アナテマ学園の学長アルデリウス・フローヴィルからの招待状だった。
クロエも何の用事なのかは分からないと言っている。
朔はクロエとリヌイのお礼を言うと、カバンを手に取って部屋を出る。
そしてホテルのロビーを抜けて、テオスアナテマ学園に向かった。
ホテルの外に出ると、スカッとした太陽の光が朔の顔をを照り付ける。
事件が起きたにも関わらずお祭りムードは収まることが無くて、商人が商品を買って行けと声を上げていた。
朔が浮かんでいる街の広い歩道を歩いていると、チラチラと視線を感じる。
今まで注目された経験が無い朔は、居心地の悪さを感じながらそのまま進んでいると、一人の少女から話しかけられた。
少女は肩にかかる位で髪の毛を伸ばしており僅かな外跳ねが特徴的である。
そして、クリっとした目が急に話しかけたことを申し訳ないなさそうに、朔を見つめていた。
「 あの時は助けて下さって、ありがとうございました!!」
少女は何の脈絡もなく深くお辞儀をした。
そんな少女に対して朔は、少し後ずさりながら「身に覚えがないんですけど、」と言って両手を動かした。朔は自身達に集まる視線を気にして、少女と歩き出す。
よくよく話を聞いてみると、少女は狐面と朔が戦っていたその場に隠れていたことを暴露した。
「 私、貴方が戦ってた場所にいたんです、 ボロボロになってもあの女の子を助けようとしてたのがわかってた……でも、動けなかったんです 」
少女は思い出すように言うと再びぺこりと頭を下げた。
朔がどう反応したらいいか分からず黙っていると、彼女は話を続けた。
「 貴方の雰囲気が変わったとき、私は怖くなってその場から離れました。 そしたらすぐに大きな爆発音がして、あのお面をした人が空にいたんです 」
話し終わったのか、少女は「私が動けていればよかった」といって再び謝る。
歩いていたからか、いつの間にかチラチラと向けられていた視線はなくなっていた。
「 俺は友人を守るために必死だった。 多分貴方がいなくてもしたことは一緒だったし、気にしなくても大丈夫ですよ 」
朔がそう言うと、彼女は安心したような顔になって笑う。
彼女は町の方に用事があるらしく、朔が挨拶をしようとすると「では、次は学校で会いましょう!!」と言って、人混みの中へと消えていった。
彼女の名前も分からないまま別れた朔は、聞いておけばよかったと心の中で後悔しながら、自分の左側を見る。そこには右手にある公園からつながる蛇行した道と真っすぐの一本道があった。
朔が一歩一歩階段を上って学園の門の前まで歩いて行く。
そして、ふと気になって後ろを振り返ると、そこには海の上に広がるアクアウルプスの絶景があり、海の上を通るスカッとした潮風が朔の顔を吹き付けた。
春休み期間のテオス・アナテマ学園の門は閉じられているため、朔は門の横にある部外者受付に向かう。
受け付けでは、前髪で目が全部隠れている若い男が魂が抜けたかのようにぐっすりと眠っていた。
「 あのー、学園学長先生に呼ばれて来たんですけどー 」
朔がぐっすりと寝る男の顔を覗き込みながら声をかけるが、反応する様子は無い。
どうしようかと考えていると、一つの妙案が頭をよぎった。
朔はちょっと怪しい笑みを浮かべて、神社で手をたたくように両手を合わせた。
そして、軽い動きで手をたたくと拳銃の発泡音のような爆音が部外者受け付けの部屋に鳴り響いた。
朔がエネルギアで音のエネルギーを増加させたのである。
耳元で突然爆音が鳴り響いた爆睡男は、フゴッという情けない声を出して飛び起きる。
後ろを見て何もないことが分かると、ほっとしたように肩を下した。
やっと周りを見て朔を見つけると、「あ、なんでしょう」と、寝ていたことは何も無かったようにしらじらしく対応した。
朔は学園長であるアルデリウス・フローヴィルからの招待状を差し出す。
すると、爆睡男は驚いたような顔で「 すぐにご案内します! 」といって腰から杖を取り出した。
爆睡男がブツブツと独り言のように呪文を唱えて杖を振る。
すると、輪郭がはっきりしない霧でできたような子犬が現れた。
「 その子が道案内をしてくれるので、ついてってください 」
子犬が歩き出すのに合わせて、朔が歩いてついていく。
様々な色が混じり滑らかに磨き上げられた岩の床を踏みしめながら、壁を見ると2重になっているガラスが金属の装飾と共にはめ込まれており、高い技術で作られていることがわかる。
ふと、天井を見てみればルネサンスを思い浮かべるような彫刻や内灯がひっそりと天井を飾っており、朔は興味深そうに内装を眺めていた。
数分ほど、犬の背中を追いかけながら学校の中を歩いていると、一つの両開き扉の前で犬が立ち止まった。
犬は扉を前足で押すが、靄っとしている犬の体では扉が開く様子が無い。
それを見かねた朔が扉を開けるために触れると、扉はゆっくりと開いた。
中には一本の廊下があり、その奥に更なる扉が見える。
赤いカーペットのような床に朔が一本踏み出すと、頭上にあったロウソクの火が勝手に燃え出して天井の内灯が廊下を明るく照らした。壁はきらびやかな装飾があった校内とは裏腹に、深い茶色の木で壁も天井も出来ており不思議と懐かしさが湧いてくる内装だった。
奥の扉は一枚で、朔が3回コンコンとノックをすると「よいぞ」と、しわがれた優しそうなお爺さんの声がして勝手に扉が開いた。
「 お邪魔します 」
書斎のように一面が本で埋め尽くされている。更に空いている棚には様々な小瓶や置物がおいており、ひとつひとつが何に使うのか朔には分からなかったが、貴重のように思えていた。
そして、円形の部屋の入り口から一番遠い場所には、朔がイメージしていた通りの優しそうなお爺さんが座っていた。頬は瘦せてへこんでおり胸元までのびる白い髭はかなり特徴的で、人とは違って少しとがっている耳が更に見る人を惹きつけた。
「初めましてじゃな、ここの学園学長、アルデリウス・フローヴィルじゃ。 リヌイ様の弟子であり異世界から来た少年の 斥宮 朔 で間違いはないな?」
「 はい 」
アルデリウスは身元確認をしながらスッと朔の顔を見つめる。
そして視線を外すことなく視線を合わせてくる朔の様子を見て、内心では「肝が据わっておる」とつぶやいていた。一方の朔は急に呼び出されたことと、視線を合わせてくるアルデリウスにどうしたらいいかわからず、平静を装いながらアルデリウスの目を見ずに眉間をみることで精一杯だった。
そんな中、スッとアルデリウスが空気を吸う気配が朔に伝わって、朔は何を言われるのだろうと鼓動を早くして覚悟した。
「 お主を、この学園で学ばせぬことにした 」
「 えっ..... 」
朔は、アルデリウスから出てきた言葉に驚愕する。
思わず漏れてしまった言葉は状況を整理する事ができず、朔が無意識に発したものだった。
アルデリウスはそんな事実に打ちのめされる朔を、静かに見下ろしている。
そしてすでに朔が発した「えっ......」という声は本に吸い取られて、静寂が広がっていた。




