33話 膨れ上がった力
「エネルギア......最大出力......!!」
周りに放電(放電)が生じ、バチバチと音が鳴る。
空気が一気に膨れ上がったからか、朔の周りは陽炎のように揺らめいていた。
ドンッ
人が地面を蹴ったとは思えないほど、重く重厚感のある音が辺りに鳴り響いた。
潰された空気が破裂音を鳴らし、衝撃波が地面を捲りあげる。
狐面が驚き振り返るが、それは愚行というものだった。
瞬きする間もなく一蹴りで近づいた朔は、身体を反転させて狐面を真上に蹴り飛ばす。
狐面は抵抗することもできず、掬い上げるかのように真上に打ち上げられた。
朔の足は完全に使い物にならなくなっていた。
初めの一蹴りで左足を、そして半回転の蹴り上げで右足を使い潰していた。
(足は潰れた......でも、腕が......ある!)
朔が左腕を地面に叩きつけると、地面がひび割れ衝撃波が再び地面を粉砕する。
風が木々を押しのけ、朔の身体は上空の狐面の元まで雷のように向かう。
そして最後と言うがごとく、残った右腕で狐面の脇腹を殴りつけた。
狐面は力技で何とか耐えるが、口から出た「カハッ......」という音と共に沿岸上空まで殴り飛ばされる。
四肢を使いつぶした朔は、遠くなっていく意識の中で命の安全を確認しながら安堵した。
そして、沿岸に出現していた莫大な魔力を信じて落下していった。
島の沿岸には一人の大男が居た。
男は空を見上げて挑戦的な笑みを浮かべている。
目には朔に殴られて飛ばされてきた狐面と、力を使い果たして落下する朔の姿が浮かんでいた。
「 はっはっはっは!! よく守り抜いた、リヌイの弟子よ! 」
大男、ドメストは軽く屈伸するかのようにしゃがみ込むと、真っ直ぐにジャンプをした。
軽い動きとは裏腹にドメストは上空まで飛び上がって、狐面と同じ目線を共有する。
そして、飛んできた狐面の顔を鷲掴みにすると、真下に向かって全力で投げつけた。
「 っは! 軽いな 」
狐面は地面に衝突した後、水面を数回跳ねて沈んでいった。
ドメストは空中を蹴って狐面が沈んでいった場所に飛び込む。
海は隕石が落ちてきたように巨大な水柱を生み出す。
そして、その水柱と共に狐面は再び空へと打ち上げられた。
地面に衝突した衝撃で気を失っていた狐面は、海に沈んだことで何とか意識を取り戻す。
だが、取り戻したのもつかの間、ドメストが作り出した水柱によって再び空に打ち上げられた。
( くそ、あの異世界人の男のせいで計画が狂った。 さっさと神の子を攫っておけばこうはならなかったのに。)
狐面はお面の奥で怒りを顕にしながら、また来るであろうドメストの攻撃に身構えた。
(迎えの転送が発動するまで残り1分。耐えれるか。術式を使うほか無さそうだな......)
水柱で空中に浮かび上がった狐面は再びドメストに鷲掴みにされると、次は山のほうに投げられた。
地面を削りながら木々をなぎ倒して大岩にぶつかりなんとか制止する。
狐面はよろよろとふらつく足で何とか立ち上がった。
ドメストは地面に音もたてずに降り立つと、呆れたような顔で狐面をまっすぐ見つめた。
試験官であったメーアや教師陣を一人で倒したはずの狐面は、目の前の大男に手も足も出ずに一方的に負けたことが不思議だった。そのことを察したのか、ドメストは「お前さんさっさと、降伏すりゃいいのよ、後から話は聞いてやるから。」とため息交じりに言った。
「 降伏なんてしない。さっきのは油断してただけだ 」
狐面はそういうと、自身のローブをバサバサと大きくはためかせる。
すると、ドメストは狐面を視界に収めることに何とも言えない不快感をおぼえた上にどうしても後ろの様子が気になってしまい、つい視線を離してしまった。
「術式『誘導』!!」
狐面はドメストが一瞬目を離したすきに、ドメストに近づき掌底で腹部を殴った。
ドメストは破壊力のない衝撃に僅かによろける。
隙を狙ったかのように狐面が2回目の掌底を脇腹に放つと、ドメストの体がふわりと浮くように殴り飛ばされた。
「 うお!こりゃたまげたな 」
ドメストは眉を上げながら、体をぐるっと一回転させて着地する。
辺りを見回すが、すでに狐面の姿はどこかに消え去っていた。
だが、ドメストは狐面が最後に見えた方角に身体を向けて腰を落とす。
そしてぐっと地面を踏みしめながら手のひらを振り上げた。
木の葉が揺れて木々を根から揺らす。
その風は暴風となり、木々についた木の葉を吹き飛ばし、枝を折り飛ばした。
木々が一本一本丸裸になった森は日の光がよく入り、見晴らしを良くしていく。
ドメストは隠れていた狐面を見つけると、近くにあった10mほどある木を引き抜き全力で投げつける。
木はすぐに燃え始め、赤く光りながら他の木々をなぎ倒して、狐面までの一本道を作り上げた。
「クロエ!!」
ドメストが大きな声でさけぶと、狐面が逃げようとしていた先に牢で身を隠していたクロエがスッと表れて、結界で使い行く手を阻んだ。
「受け止めろよ!!」
ドメストは地面を蹴って狐面の元まで音よりも早くちかづくと、重さと速さを兼ね備えた拳を叩きつける。狐面はお面を粉々に砕け散らせながら、クロエの結界につっこむ.........はずだった。
「 俺は、先導者だ 」
狐面は拳が当たる寸前から一気に透明になって、あたかもその場にはいなかったかのように消えていった。
ドメストの拳は空中を大きく空振りした。
拳圧で海が小さく凹み、そこに一気に流れ込んだ海水が小さな渦をつくる。
そして、狐面が突っ込むはずだった結界にはドメストが大きな音を立てながら突っ込んだ。
「 いったった。やっぱクロエの結界はかてぇな 」
ドメストは膝をさすりながらクロエの結界の上に立つ。
するとクロエも足場にしていた空中の結界を解除してドメストの真横に降りてきた。
「 何者だったんですかあの人物は 」
「 さぁな、術式を使うレベルの相手でもなかったが、耐久力と逃げ足は良かったな.......なにかの阻害系術式も持っているようだった。 ところで、リヌイとは居なくて良かったのか? 」
ドメストはポリポリと無精髭をなでながら、思い出すように首を鳴らした。
聞かれたクロエは朔が落ちた方角をみて、遠くのリヌイの姿を見るかのように答える。
「 りぬ様なら、命とフィリムのところに向かいましたよ 」
「 そうか、こっちは侵入者で手一杯なのにご気楽だな 」
「 そんなことを言わないでください。 貴方も英雄なのですから 」
ドメストは腰に吊り下げていたお酒の瓶を引き抜くと、ポンッと軽快な音を立ててコルクを抜き取った。そして天を仰いで一気にお酒を飲み干す。クロエはそんなドメストの背中を見ながら昔の戦争を思い出していた。
僅かに時はさかのぼり、ドメストがリヌイとクロエの元を去ったころ。
リヌイとクロエが見ている映像には、なにかと戦う朔の姿が見えていた。
メーアが意識を失った事により映像にノイズが混じってとびとびになっている。
クロエは、映像が見づらくなった事でテンションが下がり始めたリヌイを気遣って外に出ようと提案する。クロエが美味しそうな出店がある事を匂わすと、リヌイは途端に元気になり、早く出ようと人込みを押しのけて進んで行った。
二人が外に出てみると、辺りは異様に静まり返っていた。
クロエが疑問を感じてリヌイに話しかけようとした瞬間、試験会場であるはずの島で ズンッ と重い衝撃音がして狐面の人物が打ち上げられる。そして、続けざまに木の葉を巻き上げながら、一人の少年が森から飛び出してその人物を殴りつけた。
少年は力を使い果たしたのか、真っ直ぐと下に落ちていく。
そして狐面が殴り飛ばされた方向では、一人の大男が狐面に向かって飛び出していった。
「 クロエ、俺は朔ちゃんの方に行ってくる 」
「なら俺は、ドメストさんの方に行ってきます。」
リヌイは炎で推進力を生みだしながらも、森に引火しないギリギリの火力で加速し続ける。
森に入ると、朔が戦闘した痕跡はすぐに見つかった。
加速するのをやめて辺りを観察しながら奥に向かう。
朔が通ったであろう場所は直径8m程の円でえぐれており、周囲の地面は削れ、木々は一面燃えてきていた。10mほど離れた場所では何とか木が生きているがリヌイに向いている面は真っ黒になって焦げていた。
「 命ちゃん!!」
リヌイは経路の途中で岩にもたれながら気を失っている命を見つけると、慌てた様子で駆け寄った。
駆け寄ったリヌイは刺激しないようにそっと顔を覗き込んで、口に手をかざして呼吸があるかどうかを確かめた。
呼吸があることを確認したリヌイは、安堵した表情を浮かべてほっと一息を吐く。
目立った外傷もなさそうだと判断したリヌイは、朔を探すのに奥へと足を向かわせた。
一番奥には深さ1m程のクレーターが形成されており、その中心で朔はひしゃがれた四肢を大きく広げて大の字で気を失っていた。
「 よく......頑張ったね...... 」
朔の痛々しい様子をリヌイは真っ直ぐと見つめる。
狐面を殴った腕と足は腫れ上がり、骨が折れて皮膚もボロボロで血が固まって瘡蓋になっている。だが、それはまだ良い方で地面を蹴った足と腕は青く内出血しており、シンと他の部分より冷たくなっていた。
リヌイは、腰につけてるポシェットから治癒に使われる魔法薬を取り出して雑に振りかける。
そして朔の上に魔方陣を生み出して、「體火」と呟いた。
すると、朔の身体は一気に燃え上がり周囲に影を作る。
だがその炎は朔の肉体を焼くことはなく、皮膚を治し、骨を繋げ、死んだ細胞を生まれ変わらせた。
厳しかった朔の顔色が何とかマシになると、リヌイはスッと朔を持ち上げる。
そして、命の元まで戻ると、命を背負い朔をお姫様のように抱っこした状態で、森の外を目指した。
リヌイが破壊された森を抜けると、ゴォ....と、しょっぱく湿った風が通り過ぎて行く。
ジャリジャリと二人を抱えたリヌイが砂を踏みしめていると、遠くから二つの足音が近づいてきた。
クロエとドメストである。
二人はリヌイを挟み込むように歩みをそろえる。
誰も何も言わない中、口を開いたのはドメストだった。
「 風が強く吹いてるな、湿っぽい風だ 」
ザッザと3っつの足音が揃って静かな浜辺に広がる。
クロエがリヌイの腕をツンツンとつつき、代わりに命を背負いなおした。
リヌイはちらりとドメストを見上げて、再び視線を戻す。
そして無表情で目を閉じている手元の朔の顔を見て、ふと立ち止まった。
急に立ち止まったリヌイに、横を歩いていた二人は少しだけ歩いて振り返る。
僅かな沈黙が空白のように3人の間を埋める。
リヌイは朔の顔から視線を外し、ドメストの方を向いて「 朔ちゃんは強かった? 」と、愁いを帯びたような作り笑いの顔で聞いた。
「 ん? あぁ、そいつは強かった。久しぶりにゾクッとした 」
ドメストは太い腕を組みながら、リヌイの目を見つめてはっきりとそう言った。
再び沈黙が流れようとした時、クロエが「 いきますよ、まずはちゃんとした場所で手当してあげましょう 」と言って、歩き出す。それを見たリヌイは「 いっぱい食べさせてあげようね! 」と、わざと明るくした声でドメストの横を歩いて通り過ぎた。
浜辺には3つの足跡が連なっていて、角度を低くする太陽の光が影を長く伸ばしている。
そして、海からの湿度のある風が3人を吹き付けていた。




