31話 加速と瞬足
兎の少年に煽られて対抗心が出てきたルシアは、兎の少年を追って森を駆け抜けていた。
だが、少年は意外にも早く木々を足場にして、素早く飛び回っていく。
一方ルシアは、あまりにも木々が密集していて術式の「加速と加重」を上手く生かすことができず、追いつけずにいた。
「おまえ、思ってたより早いな。来れるもんなら来てみろよ。」
「絶対、捕まえる!!」
兎の少年、アーロンは面白がって更に煽り始めた。
2人が高速で森を駆け抜けてていると、ほかの受験者と交わることもあり、驚かせてしまう。
だが、二人は追いかけっこに夢中で気にすることなく木々の間を風のように走り回って、スライムを倒して回った。
風を切り、小枝を折って森中を荒らしまわる。
そうして僅か20分ほどで島の半分ほどを網羅することで、倒したスライムとゴーレムの総数は100を超えていた。
「あれ、いねーな。まぁ、流石に無理だよな、、、はぁ。」
アーロンは、さっきまで追いかけていたルシアが、急に消えて静かになったことに違和感を覚えて足を止めた。だが、その瞬間背後に一人の少女が立っていた。
だが、アーロンは息を切らしており、その気配に気付くことはない。
「はい、捕まえた。」
ルシアがアーロンの肩を両手でがっしりとつかむ。
アーロンは「うわぁ!」と情けない声を上げてびっくりした様子で、飛び上がった。
アーロンは息を切らしながら恐る恐る振り返る。
そこにはもちろん、ルシアが余裕の表情を浮かべて立っていた。
「おま、いつの間に?!」
「ふへへ、捕まえるって言ったでしょ?」
「なんでそこまで、、、、」
「なんでって、逃げられたら追いかけたくなっちゃって。つい.....」
ルシアは少し恥ずかしそうに、頬をポリポリとかく。
アーロンはその様子を見ながら、ルシアが狼人だったことに気が付いた。
「はぁ、おまえ、狼人か、性質出すぎだろ。」
そういうアーロンは兎人だった。
追いかけられるとつい逃げてしまう。そんな習性が全面的にアーロンも出ていたのだ。
その時、少し遠くから強い魔獣の気配を2人は感じた。
アーロンはその長い耳を天高く立てて、後ろに体重をかけて何が来るかを待った。
それと同時にルシアは顔ごとその方向を向く。
ガサゴソと森をかき分けて大きな影が近づいてくる。
小枝を折りながらのっそりと出てきたのは、真っ白の巨体のゴリラのような魔獣だった。
2足で立って歩き、全身の筋肉が波を打つように盛り上がっている。
その見た目からでも、かなり強い魔獣であることが窺われた。
ルシアがアーロンを見ると、既に逃げ腰でルシアに早く逃げるぞと、目で合図を送っていた。
「なんで、逃げる必要があるの?」
「お前、バカかよ! あれはサベージアルブス。Bランク魔獣の中でもフィジカル派で魔法も効かない。Aランクでも負けることのある個体だ。足が早いだけの俺たちのだと勝てねーよ。」
アーロンはそう言って弱気に、ルシアのメイド服の裾を引っ張って逃げようとする。
だが、ルシアはそこから動こうとしなかった。
「あれに勝てたら、めっちゃ楽しそうだよね。」
「何馬鹿なこと言ってるんだよ! 死ぬぞ!」
サベージアルブスは、命と朔がギリギリで勝ったトルネードエイプと対になる個体だった。
速度特化のアーロンにはかなり相性が悪い、ここで逃げる選択をするのは一人前の冒険者の考え方でもあった。だが、ルシアはそうではない。
ルシアが真っ直ぐサベージアルブスを見つめると、怒ったサベージアルブスは手のひらで胸をドンドンを叩く。その衝撃はビリビリを周りに広がり、虫や鳥が逃げ飛び立った。
ルシアにもその迫力は伝わり、ふわふわの耳がバーと一瞬逆立った。
その様子を見たアーロンは「やっぱ逃げようぜ」と声をかけるが、ルシアは横に首を振った。
サベージアルブスは地面に両こぶしを叩きつけて、その勢いでルシアに飛び掛かる。
地面が削れ、空気が揺れる。
普段のルシアならば、加速でまず避けただろう。
だが、今は密集した木々の中で下手に加速を使えば自爆につながりやすい。
ルシアは、飛び掛かって殴り飛ばそうとするサベージアルブスに向かって一歩前に踏み出した。
「武気術60%。加重。」
武気術で強化され、更に加重で重くなる。
地面はルシアの一歩で少し押し固められた。
サベージアルブスが勢いのままルシアを殴り飛ばそうと拳を固く握って振り下ろす。
だが、ルシアは片手を前に出してそれを受け止めた。
ドン! という鈍い衝撃が走ってアーロンの耳を揺らす。
その光景はアーロンにとって衝撃のものだった。
ルシアはサベージアルブスの腕を掴んで地面へと殴りつける。
重さ×重さ
速度を封印し、重さを特化させた狼人の怪力は凄まじかった。
ルシアの攻撃をもろに受けたサベージアルブスは木々をなぎ倒しながら殴り飛ばされて、岩に打ち付けられる。だが、サベージアルブスもBランク上位のフィジカル特化。そのルシアの倍もありそうな巨体は無傷だった。
「シレクスロイって魔獣と戦った時に分かったんだ。加速できないなら絶対動かないぐらい重くしちゃえばいいってね!名付けてヘビースタイ....」
「おまえ、あぶない!」
アーロンが叫んだ時には遅かった。
サベージアルブスは、自身が打ち付けられた大岩を持ち上げ、ルシアに投げつける。
それを見たルシアは一瞬だけ加重を解いて少し飛び上がった。
飛び上がるルシアの両手には、愛用武器のヴェアボロフが握られている。
ヴェアボロフを振り下げる速度を一気に加速させて、更に重さを加えた。
そして、ヴェアボロフで大岩を叩きつけた。
ヴェアボロフがたたき付けられた大岩は、ひびが全体に入って粉々に崩れ壊れる。
石が飛び散って、ルシアを通り過ぎてアーロンに飛んで行った。
が、アーロンは石を手でつかむと、外に放り投げた。
「強すぎだろ。そうか、狼人の生き残りってこいつだったのか。」
ルシアは倒れた木を一本掴むとサベージアルブスに向かって投げつけた。
木が真っ直ぐ飛んでいく。木の葉っぱから鳴るバサバサという音がその勢いを物語っていた。
サベージアルブスは腕を振り払って防御しようとするが、サベージアルブスの腕は衝撃を受け止めきれずに折れてはいけない方向へと折れ曲がった。
白いゴリラが、地響きするほど巨大な咆哮を上げる。
だが、ルシアはそんなこと気にすることなく、ヴェアボロフを手に持って一気に距離を詰めた。
ルシアはさっき大岩を砕いた要領で、サベージアルブスにヴェアボロフを打ち付けた。
サベージアルブスが地面にたたきつけられて、再び衝撃が走る。
叩きつけた地面にはひびが入り、砂ぼこりが巻き上がった。
そして、サベージアルブスは再び立ち上がることは無かった。
サベージアルブスのぴくぴくと少し痙攣している指先が止まると、ルシアはナイフを取り出してサベージアルブスの首を搔っ切った。
ルシアは完全に死んだのを確認すると、収納袋を取り出してサベージアルブスを仕舞った。
「マジで勝ちやがった。」
「ふへへ、勝った!」
ルシアはあっけにとられるアーロンに向かって、ブイサインをする。
その瞬間、風が吹いて木々の間にぽっかりと穴が開く。
空いた穴からは一筋の光が差し込んで、スポットライトのようにルシアを照らした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一方場所は変わり、リヌイとクロエは島外にある観戦場から受験者3人の様子を見守っていた。
ずっと冷静に見守っているクロエに反して、リヌイは尻尾を激しく変化させて心配そうな顔や嬉しそうな顔をして1人百面相をしている。
「おおー! 見てクロエ! 朔君めっちゃ強くなってる。」
「ほんとですね。命もオオカミべロスと倒した時より魔力の流れがよくなってる。恐らく隠れて修行してましたね。」
クロエとリヌイが3人について話していると、リヌイの影を覆い隠すように一つの影が現れた。
驚いたリヌイが振り返ると、そこには小さな双角が生えた大男がたって覗き込んでいた。
「ドメスト!!」
「よぉ、どうせ様子でも見ながら百面相でもしてんだろうなって思ってきてやったぞ。」
ドメストはリヌイとクロエの間に割り込むと、興味深そうに3人の様子を眺め始めた。
更にはお酒まで取り出して、じっくり見る体制である。
「ドメストさん。教員の仕事は良いんですか?」
クロエがドメストに心配そうに聞くと、ドメストは大笑いして「今回の試験官は強えからなぁ」と安心したように言った。
「それにしても、こいつら学園入学する必要ねぇんじゃねぇか?狼人の生き残りもめちゃくちゃ強いじゃねぇか。」
「そう、ですね。あの子たちはちゃんと強くなりました。でもまだ戦争は終わっては無いんです。この国は平和ですけど。」
ドメストが言った事にクロエが苦虫を嚙み潰したような顔で答えると、ふとドメストは真剣な顔つきになった。そして瓶に入ったお酒を一気に飲み干す。
そしてドメストは自身の首に欠けていたロケットペンダントを取り出した。
ロケットペンダントを開くと、そこにはスラっとした綺麗な角の生えた一人の鬼の女性が映っていた。
「この方は、、、?」
「わぁ、綺麗な人だね。」
ロケットペンダントを覗き込んだリヌイが綺麗な人だというと、ドメストはやっぱりお前さんとは気が合うと嬉しそうに言った。
「こいつは、俺の嫁だ。俺は嫁を守るために戦ってあの戦争をお前さんたちと一緒に止めた。」
急に神妙な話になって、クロエとリヌイは身構える。
その雰囲気を察したのか、ドメストは笑って「まだ死んじゃいねぇよ。元気に料理作ってくれてるさ。」と笑った。
「クロエ、お前は戦争に備えてんだろ? 俺やリヌイでも止めれねぇようなもっとでかい戦争に。」
「はい。いま世界は揺れています。あの子たちはそのことを知らない。いえ違いますね、教えませんでした。」
「お前さん、学園の仕組み知ってるだろ?世界を旅させるんだぜ、よっぽどリヌイの元の方が安全だぞ?」
「それでも、あの子たちには楽しく暮らしてほしい。同じぐらいの子たちと競い合って平和に遊んで大きくなってほしい。」
「っは。お前さんも年齢はそう変わらんだろ?達観しなさんな。」
そう言ってドメストは再びお酒の瓶を取り出して、3人の様子をリヌイを見始めた。
リヌイの反応を面白がっているのか、リヌイの表情が変わるたびに大笑いしている。
クロエはその様子を見ていると何とかなるような気が少しだけして、今は3人の様子を見守ろうと思い直してドメストからリヌイを取り返すように割り込んだ。
だが、見守る3人は気づいていなかった。
試験会場で怪しい動きをする人物がいたことに。
アーロン
術式「瞬足」を持つ兎人の16歳。
アナスタシアギルドに所属しており、出身はマルティネスから遠く離れた片田舎。
日々することもなく魔獣を狩り続ける日々を変えたくて、テオス・アナテマ学園に入学しようと田舎から飛び出してきた。




