30話 孤島の戦い
白紙のテストが行われた1次試験を何とか突破した朔・命・ルシアの3人は、一夜明けてアクアウルプスから少し離れている離島に来ていた。試験で使うのか3人は係員の人から200枚程のお札の紙束を渡される。
離島の森では30mほどはあろう巨大な木が立っていたり10m、5m、の木々がまばらに生えている。また、広いビーチもあり、開拓すれば巨大な商業施設が作れそうなほどであった。
離島と言ってもかなり面積が広く、上からみたリヌイの感想ではマルティネス領よりも広い島とのことだ。また、様々な生態系が広がっているようで森中から動物の鳴き声がしている。
朔たち400名ほどの受験者が離島のビーチで集まって試験管を待っていると、一人の女子生徒が真っ黒な翼をはばたかせて空から降りてきた。
「はじめましてーテオス・アナテマ学園生徒会書記のメーア・スカイベリーです!この二次試験はあたしが試験官するのでよろしくお願いします。で、二次試験はここで行われます。ここは知ってる人も多いと思うけど魔境って場所でBランク以下の魔獣などが出現します。で、ここで生き残ってください。」
「いや、生き残ってっていつまでだよ。」
「試験官がこんな子供で大丈夫なのか.......」
「うん、来る学校まちがえたかな。」
予想外の可愛らしい生徒が試験官だった上に、急に最高Bランクの魔獣が出る森で生き残れと言われた受験者たちは口々に文句を言う。ざわつきだしたのが分かったメーアは、大きくため息をついて手のひらに小さな水球を生み出した。
メーアはただそれを無言で上に放り投げる。
するとその黒い水球は空間で一気に大きくなり破裂して雨となって降り注いだ。
ただの雨だったがその雨粒一滴一滴にはかなりの魔力が込められており、メーアがただの学生でない事が無言の圧により伝えられた。
一斉にその場が静まり返る。
その場にいる誰もがこの場が試験場だということを再び理解させられたのである。
メーアは静まったのを確認すると、にっこりとした笑顔になって説明を再開した。
「今から詳しいルールを説明します! この試験では各個人の全てを見させていただきます! ルールはいたってシンプル。このBランク魔境で生き残った上に、ある条件を満たしてもらいます。期間は教えません。で、! ある条件ってのはー」
メーアは一度言葉を切って、スーと息を吞んだ。
受験者全員がメーアの一挙手一動に注目する中、メーアは大きな魔法陣を展開している空に大きく手を広げた。そこからは真っ黒いスライムやゴーレムが続々を溢れ飛び出してくる。
「あたしのお人形たちを倒しまくること!! 大きさによって強さが分かれてて大きければ大きい程強いので気をつけてください!! ちなみに事前に配られたお札を人形達に張ることで倒すことができるから頑張ってね! 一応お札がなくなった場合はここに来たら貰えます。」
受験者達はかなり厳しい試験内容を見て、やる前からもう駄目だと膝をついているものもいる。
だがその反面、やる気がみなぎって来たのか聞きながら飛んだり準備運動をしてウォーミングアップを行う者もいた。
一方、朔陣営ではルールをうまく理解できないルシアが朔と命を質問攻めにしており、あまりの緊張感の無さから周りから睨まれていた。
「で!最後に記録用の浮遊スライムちゃんたちを一人一体に憑かせます! それでは試験スターーーート!!」
メーアの合図で一斉に受験者の人が飛び出した。
押し合うように飛び出して誰かを転ばすことも厭わず、人々が流れていく。
朔たちはそんな様子をポカンと眺めていた。
「すげーな。ここまで焦る試験か?」
「わ、みてみて。ここの土めっちゃ柔らかい!! うう、掘りたくなってきちゃった。」
「ちょっと、ルシア!! 急に地面掘らないで?!」
ルシアは急に地面を掘出し、それを止める命に、どうやって過ごそうかと頭をフル回転させる朔は周りから見て異常であった。
その様子を森の中から観察する人物が一人いる。
それは、前日朔とルシアの後ろを通り去って行った狐面の人物だった。
それに気づくことのない3人は、一旦ルシアが満足するまで穴掘りをさせて森に入ってみることにした。
ビーチから近い森では既に植物が踏みつぶされており、かなり荒らされていた。
「うわ、ひどいね。お花が可哀想。」
「そうだな、まぁ。こうなるよな。」
「う、すっごい草の匂いがする。」
鼻の良いルシアにとってはかなりきついらしく、鼻を抑えて森を進んでいく。
命もあまり良い気はしていないようで、足取りを早くした。
僅か20分程でかなり狩りつくされており、森にはメーアのスライムの影も形も見えない。
多かった魔獣の鳴き声や鳥のさえずりもいつの間にか止まっており、静まった中の森ではたまに悲鳴が響いていた。
しばらく歩いていると、何かに気付いたルシアがふと足を止めた。
進む方向を90度右に曲がって軽く走り出す。
朔と命が慌ててついていくと、その先では2体のスライムがぴょこぴょこと地面をはねていた。
「お! スライムいたよ! お札どこだったっけ。」
スライムを見つけたルシアが、ごそごそとバッグの中を探す。
見つけきれない事に気づいた朔と命が、同時に1枚づつ差し出そうとすると、上からガサゴソと何かが凄い勢いで近づいてくる音がした。
「お前ら、ちんたらしてんじゃねーよ。悪いけどこれ、俺のポイントなー」
そう言って、長い耳を風になびかせた兎の獣人が、瞬きをする間にスライムを倒して、ジャンプしていく。煽られたと感じたルシアは兎の獣人の後を追って全力で駆け出した。
「あ、行っちゃった。」
「ああなると、ほっとくしかないよなぁ。」
一瞬の間に姿が見えなくなったルシアを放っておくことにした朔と命は、森が見渡せるであろう頂上を目指すことにした。頂上からスライムやゴーレムを見つけ出す作戦である。
それは試験期間が分からない以上動き回って体力を使うのは得策じゃ無いと、朔が判断したためであった。
「(!!・・)南西40m先Bランク魔獣発見しました。急接近中です。」
やはり、魔境では魔獣が多いらしく朔と命の初対面相手は危惧していたBランク魔獣であった。
朔は大太刀ではなく、腰バックからすぐに取り出せるようになっていたメリケンサックナイフを手にはめて警戒を示した。
「朔君、いつの間にそんな物騒な物手に入れたの?!」
「昨日デルデアに渡されたんだ。大太刀だと森で振り回すのには向かないからって。早めの入学祝いだってさ。」
「デルデアさんってやっぱ優しいよね。この髪飾りもデルデアさんが作ってくれたんだっけ。」
「う、うん。ほら来るぞ。」
朔と命の前に現れたのは、真っ白いサルだった。
長い毛並みで、尻尾をマフラーのように巻いている。
更にサルと言っても体調が2mは優に超えており、相当な威圧感が朔と命を覆っていた。
「これは.....」
「トルネードエイプ。Bランク魔獣の中でも風の魔法を操る上位種。」
命が安全のために一歩後へ下がると、トルネードエイプは「逃げるな」とでも言うように大きなおたけびを上げて魔法を発動させた。
一気に木々がなぎ倒されて、直径50m程の風の壁が円状に朔と命を取り囲む。
朔はエネルギアを発動させて、命はアーサー王の力をその身に宿らせた。
「武気術15%」
「武気術9%。」
2人が同時に武気術を発動させると、トルネードエイプの様子ががらりと変わった。
全身の毛を逆立てて、マフラーのように巻いていた尻尾を外す。
トルネードエイプが尻尾を振ると、木の葉を巻き上げながら風の刃が2人に放たれた。
シズテムで事前に察した朔が、命をかばうように前に出る。
かばわれたのに気付いた命が、ハッとした表情を浮かべた瞬間。
風の刃はただの突風となって、朔の髪をなびかせた。
朔は、当然そうなることがわかっていたかのように一歩前へと踏み出して短剣を突き立てる。
だがトルネードエイプは見た目以上に素早い動きで跳躍して、命の後ろへと飛んで行った。
「朔君! 今の風の刃。どうやって防いだの?!」
「エネルギアで風の刃のエネルギーを抑えたんだ。相手が生き物で良かったよ。ほとんど抵抗を受けなかった。」
風の刃が効かないと気付いたトルネードエイプは、鋭い爪を立てて命に突進した。
だが、相手はアーサー王の力を宿した2年の冒険者。
見えない刀身を宿した命の動きは、風の刃など比になることなくトルネードエイプを惑わした。
「共闘! 初めてだね!」
「そうだな。楽しいよ。結構やばいけど!!」
高速で動き回るトルネードエイプのせいで、朔と命はいつの間には背中合わせで死角を潰しあいながら戦っていた。命には見えない風の刃に対抗する手段がないため、朔の術式である「エネルギア」の半径4m範囲内でしか戦えないのだ。
トルネードエイプもそのことが分かってきたのか、煩わしそうに再びおたけびを上げる。すると、一体だったトルネードエイプが6体ほどに見えるようになった。
それはトルネードエイプの固有魔法「風分身」だった。
実態を持つその分身はトルネードエイプをBランク魔獣として足らしめている要因だった。
「あれ、どれが本物かな。」
「分かんない。全部倒すしかないでしょ!!」
「脳筋すぎる.......」
鉄砲玉のように迷いなく脳筋を披露する命に半ば呆れる朔は、真上に飛び上がった。
その瞬間何かを察した命が真横に剣をスライドさせる。
「武気術40%!!」
円を描くように高速でスライドさせられた剣先からは魔力の衝撃派が走り、トルネードエイプの分身をすべて消し去った。
「今だよ朔君!!」
「あぁ!」
着地する前に本体を確認した朔は、見失わないように狙いを定めて一歩踏み出す。
踏み込んだ威力とは裏腹に加速度が増加され、朔の身体は一気にトルネードエイプの目の前まで突っ込んだ。
「エネルギア10倍。」
朔が拳を固く握ってトルネードエイプを殴ろうとすると、トルネードエイプは腕を十字にクロスさせて風魔法を発動させる尻尾で風を生み出し衝撃を緩めようと防御した。
だが、エネルギアで底上げさせられた朔の一撃は重かった。
風の壁の抵抗を打ち破ってクロスされた腕の中心を捉える。
バキバキとトルネードエイプの腕が折れる音がしてトルネードエイプはまっすぐ後ろに殴り飛ばされ、木々をなぎ倒しながら自身が張った風の結界に打ち付けられた。
「そこ、どいて。」
その瞬間、命の魔力が一気に膨れ上がった。
手に持っていた剣が金色のオーラと共に姿を表す。
「王ノ断罪!!」
それは、命がオオカミべロス戦で見せたアーサー王の力を使った必殺技だった。
だが朔はそれよりも威力が向上しているように感じていた。
振り降ろされた剣が魔力の刃を生み出して斬撃が放たれる。
斬撃はなぎ倒された木の切り株を2つに分けながら、延長線上にいるトルネードエイプを半分に切り分けた。
喉すら待っ二つにされたトルネードエイプからは叫びが聞こえることなく、消え去った風の結界の音が余計に静けさを引き立てた。
ルシアと朔はトルネードエイプを収納袋に仕舞うと、再び山の頂上に向かって足を延ばす。
こうしてテオス・アナテマ学園の二次試験が幕を開けた。
教えてシズテム!!~観客はどうやって2次試験を見てるの?~
(!* *)/ はいっ!観客の皆様はメーアの記録用スライムを通して島外から閲覧することができます!またメーアの記録用スライムは現在研究中の精霊魔術との合作であり、テオス・アナテマ学園が誇る最新技術の一つでもあります。また、記録用スライム以外にも自由行動している浮遊スライムもおり、島外へ状況を伝えています。




