26話 秘密の特訓
朔の両手には魔力があつまっていく。
渦のように段々と集まってまとまった魔力を朔はエネルギアで増幅させようと術式を発動させた。
「うわ!!」
魔力をエネルギアで増幅させた瞬間、魔力は膨れ上がり制御を失って四方に拡散する。
朔は反動で椅子ごとひっくり返り逆さまになってしまった。
「いたた。」とぼやきながらもう一度挑戦するが、どうしても莫大な魔力は制御を許さず朔の手元に収まってくれない。何度か挑戦した朔は悩んだ様子で椅子から立ち上がり、大太刀を手にとった。
朔は異世界で生活して数ヶ月、その間にある程度の魔力の扱いを身に着けてはいた。
だが、それは単純な肉体強化によるものだけであり、魔力の性質を変化させたり形状を変化させる事はできないでいた。理想としてはリヌイのように魔力で炎を生み出し操るような形であるが、なかなか難しい。
一時期はシズテムと活用しようと考えたが、術式の制御をするシズテムでは体外に出ている魔力の制御をすることはできず断念する結果に至った。
魔力は肉体や刀など、何かに込められているときの方が安定する。
反面肉体の外に放出して操るとなると、レベルが格段に上がり難しくなる。
それを改善したのが魔法陣や魔法を発動するための道具に魔力を流す方法だったが、魔力放出ができた者は魔法陣を魔力で描くようになりそれが主流となっていった。
朔は大太刀に魔力を込めて目の前の木に刀を振り下ろす。横幅1mもあるような木に大きな切れ込みが刻まれる。そして朔が流れるような動作で地面と水平の刀を振るうと木は切られたことにも気付かないようにその場にとどまり続けた。
「(#・・)もうそろそろお止めになってはいかがですか?」
朔の魔力が尽きそうな事を察したシズテムが朔に警告するが、朔は全力で魔力を放出し続ける。
魔力が無くなり疲れ始めた朔は椅子に掛けていたバッグから一本のコルク付きの試験管を取り出した。
試験管にはルビーのように赤く輝く液体が入っている。
それは、先日クロエに言われて取りに行ったマルティネグラスの抽出液だった。
生成方法は簡単で、70度のお酒にマルティネグラスを漬け込みアルコールを飛ばした物である。
朔は試験管を手に持って親指で蓋であるコルクを押し出すと、一気にのどに流し込んだ。
干乾びた砂に水が浸み込むように、マルティネグラスの魔力が無くなった魔力を補完していく。
朔の身体は急に流し込まれた魔力に驚き、めまいを引き起こした。
ふらつきながら再び椅子に座ると、「はぁー」と息を吐き出だした。
「シズテム、今の魔力保有量と最大出力はどれぐらいだ。」
「(!。。)マルティネグラスの使用を含めた修行により以前のスタンピード時の3倍ほどとなっております。最大出力の方は僅かな向上が見られてはおりますがクロエ・フローレスの五十分の一にも至っておりません。」
「そうか、まぁ仕方ないよなぁ。」
(放出した魔力や体内の魔力をエネルギアで増幅させると制御が効かなくて発散してしまうし、エネルギアのエネルギー増加三千倍ってのもあまりにも大きすぎて制御できずに反動が来る。軽減できる反動は精々20倍ほどのエネルギーまで......か。)
朔が数ヶ月間エネルギアを使用し続けて分かったことであるが、エネルギアでエネルギーを減少させるとき減少が簡単にできるエネルギーと出来ないエネルギーが存在した。
それはエネルギーの発生源に依存していた。
自分や自然界からのエネルギーは比較的増減しやすいのだが、相手の魔法や攻撃などエネルギーの発生源が相手に依存しているとかなり増減しにくいことが判明した。
そして、絶対に増減が出来ないエネルギーもあった。それは他人の魔力そのものや生命エネルギーである。それが魔法などに変化されていれば増減できるのだが大本となるエネルギーは出来なかった。
「シズテム、そういえば元々刻まれていた謎の術式については何か分かったか?」
「(:。。)否。解析を進めてはおりますが術式の根幹に触れようとした瞬間、逆に私が破壊されるほどの抵抗が起きてしまい、術式による肉体の影響ほどしか分析することができません。」
「あー、引き続き安全圏内で進めてくれ。」
朔は再び椅子から立ち上がると、片手の手のひらを上に向けて魔力を一点に集める。
再び制御を失って発散されるかと思われた魔力は一点に集中してとどまり続けた。
(そうか、思ったとおりだ。エネルギアで増幅させるんじゃなくてエネルギアで仮に減少させた魔力なら一点にまとまる。)
朔は魔力が拡散しないことを確信すると更に魔力を放出しながら一点に集め圧縮する。
その魔力の一点はエネルギアによって膨大な魔力が小さく縮めて集められたものだった。
その状態を維持しながら一点の魔力を、立てた人差し指に乗せると数ミリほど浮いた状態となった。
その大きさはビー玉程で淡く青白い光を放っている。
朔が試しに手首を倒して目の前の壁に点を投げると、点は一瞬で壁にぶつかって衝撃波を発した。
銃声よりも重い音が鳴り響き、石壁はクレーターのように当たった部分が削り取られた。
衝撃波で軽い風が起きて朔の前髪を揺らす。
朔は思わずぽつりと呟いた。
「凄いな。」
異世界に来て早数ヶ月。
ずっと肉体強化中心の鍛錬をしてきたためか、魔法やスキルなどのthe異世界のようなものを自分で扱うことがなかった。そしてやっと取得した魔力の形態変化。
クロエのように巨大な結界を張る事も、リヌイのように膨大な炎で全てを焼き尽くす事もできるわけではないが、自分自身で出来る魔法のようなものを作り上げれたことに朔は達成感を得ていた。
「(!!。。)主。今の技をスキルとして取得して発動を早めることができます。いたしますか?」
「ん?そんなことができるのか、ならそうしてくれ。」
「(#。。)了解しました。スキル名を教えてください。」
「うーん。なら、色からとって「白群」とかどうだ?」
「(””・・)良いと思います。それではスキル「白群」として取得しておきます。」
自力で必殺技を生み出すことができた朔は満足し、今日の秘密の特訓をここで終わり帰るための身支度をする。再びエネルギアを発動させて出入り口である大岩をどかすとその場を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして場所は離れて、テオス・アナテマ学園では入学試験の準備が着々と進んでいた。
生徒会長を務めるアリスタは生徒会室でお昼のデザートを頬張っていた。
入学試験があるといっても基本的には先生方が全て行うので生徒会自体が動くことは無く暇を持て余していた。だが、そんなゆっくりとした空間の中をぶち壊すように生徒会室の扉を開けて一人の女子生徒が飛び込んできた。
「あーりぃーーすーーたぁぁぁぁぁ!!」
「ちょ、何ですか!いつも飛び込んでこないでって言ってるのに、、、、」
少女は結構急いできたようで少し息を切らしている。
アリスタは手に持っていたスプーンをお皿に置くと、何があったのだろうかと顔を上げた。
膝に手をついていて何も言わない少女にアリスタが声をかけようとすると、少女はにっこりとした顔で顔を上げた。
「あのさ、今回の入学試験の第三試験。誰が試験官か知ってる?」
「えっと、まだ聞かされていないですけど.....誰ですか?」
「ふっふっふ、、、あたしだよ、あーたーし。」
「え、メーアが?!」
アリスタは驚いて再び手にとったスプーンを凍らせてしまった。そして凍ったスプーンを申し訳なさそうに日の当たるところにおいた後メーアと呼んだ少女に話しかけた。
「なんでまたメーアが試験管を務めるんですよ。あれは上位の傀儡術師や死霊術師が試験管をしてましたよね、でもメーアは海洋術師じゃないですか。」
「だからだよ!あたしの術式の黒海洋は生み出す水でお人形作れるからねしかも操らなくても勝手に動いてくれるし。まぁ、アリスタには意味なかったけど。」
「そういえばそうだったね。」
そう言ってメーアは手の平に小さなスライムを数体作り出して生徒会室に離した。
透き通る黒色のスライムはぴょうぴょんと自由に跳ね回ったのち、ドヤ顔を披露するメーアを後ろにしてアリスタの目の前の机に集まった。
アリスタは、「はぁ。」と苦笑いをしてため息をつくとスライムたちの頭をつついた。
真っ黒に透き通っていたスライムたちは、アリスタに触れられたところからクリスタルのように無色透明になって凍り付いた。
メーアはこの生徒会の名ばかりの書記である。
名ばかりというのは、基本的にアリスタが記録を取っているだけなので生徒会所属とはいえほぼ仕事をしていないからだ。
そんなメーアが生徒会に所属している理由は強さを買われての事だった。
メーアの黒海洋は上質の黒曜石のように透き通る水を生み出し操る能力であり、その水の質量も自在に変化する。その莫大な物量はあらゆるものを押し流し、入学して僅か1年で学年2位へと上り詰めた。
そして入学初期から不動の1位を保ち続けているのが生徒会長であるアリスタだった。
アリスタの術式「樹氷」は氷を樹木のように形成したり操る能力であり、生やされた氷の枝に触れた物は温度を奪われ凍りつくため、メーアとの初期戦闘ではあらゆる物が凍りつくはめになった。
そんな二人が仲良くデザートを食べていると、どこかで爆発音が聞こえた。
規模は大きく、座ってデザートを食べていた2人が揺れに気付く程であった。
「ねぇ、今日訓練とか無いよね。」
「えぇ、しかも先生方も受験の準備で出払っています。」
メーアはアリスタに目を合わせると、生徒会室の窓から飛び出した。
そしてそのまま黒い水で作った翼を広げ上へと飛び立つ。
アリスタは床に手をつき、学校の職員室にある緊急非常ボタンを壁の間から通した氷の根で押した。
学校中にアラームが鳴り響き、結界で覆われる。
そしてアリスタも現場に向かうために生徒会室の窓から飛び降りた。
飛び降りたアリスタは、下で待ち構えたメーアの巨大なスライムによって受け止められた。
丁度放冷の時間であったようで、アリスタの身体から冷気が漏れ出し巨大なスライムを一瞬にして凍らせる。
爆発があった場所の方を見てみると煙が立っており、何かが燃えていることが分かる。
アリスタは急いで足場を氷漬けにして滑りながら移動していった。
爆発した場所まで行くと、既に戦闘しているメーアの姿があった。
敵は一人であり濃紺のローブを身にまとっている。
メーアが水流を生み出しながら飲み込もうとするが、敵は爆発で水を散らしていく。
ローブからは金色の髪がちらりと見えており、爆発を操るその男の目はニヤリと試すように笑っていた。
メーア・スカイベリー
テオス・アナテマ学園の生徒会所属の書記
会長のアリスタと仲が良くその強さから合わせてトップ2と呼ばれている。
慌ただしく元気でアリスタをからかったりとお茶目な一面も持ち合わせている。
学校内では付き合っているなど噂が立っているが、その真意は2人にしか分からない。




