25話 神剣所持者
砂埃が晴れてきて男の姿があらわとなる。
男は身長が高く若々しい、そして何よりも目立つのがくせ毛でとがっている金髪だった。
祭壇と壁で隠されていた空間には大量の書物と魔力の結晶である魔石が散らばっており、壁一面には魔法陣が書かれていた。散らばった書物はきれいな状態の物や角が剝げている物ばかりで、散らばっている事を除けば大切に扱われていた事がよく分る。
ただそんな大量の本と魔石よりも異質で圧倒的な存在感を放っているものがあった。
それは金髪の男が腰にかけて持っている一振りの剣だった。
「へぇ、良くあの爆発を受けて生き残ったっスね。」
男はたった今まで読んでいた本を閉じて地面に置くと、ひょうひょうとした顔でクロエとリヌイの二人を眺めた。
「何を......していたんですか。返答によっては私たちと一緒に来てもらいます。」
「はぁ....?言う必要ないっしょ。てか言ったとしてもついていかないっスよ。」
男は尖った金髪を揺らしながら、床に散らばった本を眺めてふと口を開いた。
「あんたらが何者かはわかんないっスけど、せっかくなんで教えてあげるっス。あんたらはここがどんな場所かわかってるスか?」
男の様子からは、時間稼ぎをしているようにも見えない。
本気でクロエとリヌイを相手にしても勝てると思っているようで、その態度は余裕そのものだった。
クロエとリヌイは男をとらえるのを後にして先に男の話を聞くことにした。
ただリヌイは早く突っ込みたくうずうずしており、その様子をクロエは感じていた。
「わからないっスよね。ここは昔、特級レベルの魔法使いが閉じこもって死んだ場所っス。」
「だから、何ですか?」
「急かさないっスよ。特級の魔法使いはこの書物に禁術を、そして自身が転生する呪いを、この二つを施して死んでいったんス。」
男は壁にある本棚に唯一残っている本を掴むと自身の鞄の中に入れた。
「あ、この本はまだ読んでないので貰っていくっス。で、話の続きっスけど、魔法使いの死体ってどうなったと思うっスか?そうっす、あのリッチっスよ。この土地に眠っていた怨念と共に強い魔力が反応してリッチが生まれた。」
「そいつは俺が倒したよ。」
「え、こんな子供があの単騎全軍っスか?!まぁ、良いっス。」
「子供じゃないんだけど?!」
男は相手がリヌイ・マルティネスだと分かっても余裕を崩すことは無かった。
現在、唯一の出入り口である元祭壇から反対側にある椅子に座って語りだした。
どうやらこの男はリッチがスタンピードに出て、この洞窟に何もいなくなったと同時に入り込んだらしい。そしてこの書物を永遠と読み漁っていたそうだ。
男の目的は禁術を盗み出すことだった。
「ナグモアサクラって知ってるっスよね。俺はあいつと取引をしたっス。それはロードリッチの遺産を引き渡す代わりに、ここに入れて貰う事。結果は大成功、最終的にロードリッチとなって禁術の数々を見せてくれた。」
男は話し終わった様子で椅子から立つと、肩掛けバックを斜めにかけて外に出る準備をし始めた。
鞄の中には数冊本が入っており、収納袋なども見られる。
「さ、誰か来た以上ここには要はないっスから俺は浅久良たちと合流することにするっス。」
男は外に出ようと歩き出すが、その歩みはクロエが張った結界によって止められた。
足がぶつかって結界がわずかに震えるが、ひびすら入る様子がない。
早くここから出たい男はなかなか退くことをしないリヌイたちにイラついてきていた。
「最後にいいですか、Aランクの冒険者が2人ほど来たはずです。どうしたんですか。」
「ん?あぁー来た時爆発したでしょ?あれで死んだんじゃないっスか。」
男がそういった瞬間、洞窟の温度が一気に急上昇していく。
原因はリヌイだった。
「もういいよクロエ、ぶっ倒して連れていく。話はあっちで聞けばいい。」
「あんたに俺は倒せないっスよ。」
男は腰にはめていた剣を抜くと、めんどくさそうに鞄の紐を閉めて落ちないように固定した。
「爆神剣・ファイアワーク」
男が神剣の名を言うと、地面が揺れ洞窟の壁が小さい爆破で覆われ床に散らばった書物の数々が炎を上げて燃え尽きた。そして壁全面にひびが入って細かい砂がパラパラと落ちてくる。だがリヌイは微動だにすることは無かった。
男は足元を爆発させてリヌイの目の前まで一気に加速すると剣を振り上げた。
剣からは爆発が放たれ更に加速する。
迫りくる神剣を前にして、リヌイは避けることなく素手で受け止めた。
リヌイの素手に衝突した瞬間に刃が爆発するがリヌイには利かず、ただの演出のようにその場を照らすのみだった。その間、クロエは洞窟の全面を覆うように結界を発動させて何重にも補強を施していた。
「うーわ。神気を含んだ爆発が一切効かないっス。でもあんた基本的に広範囲でしか戦えない魔術師タイプっスよね。」
男はリヌイに神剣を押し付けながら辺り一面を続けざまに爆発させていく。結界の内側の岩や石が爆音と共に砕かれ粉塵が舞う。それでも効かないと感づいた男がリヌイから離れた瞬間、リヌイの姿は影を残すように消え去った。
男が背後に莫大な魔力を感じて振り向くと、リヌイが斜め上の壁面に足を付けて剣を構えている。
居合を放つ姿勢で壁に張り付いたリヌイは周りの石が溶けるほどの熱量を放出しており、莫大な魔力が可視化できるほど濃く練り上げられていた。
「赤炎刺突・居合。」
リヌイが壁を蹴るだけで何重にも張られた結界に大きなひびが入る。
振り返った男が防御を取ろうとした瞬間にはもう遅かった。
爆風が洞窟の壁を押し付け、爆発で舞っていた砂やほこりを全て壁に張り付ける。
居合のように無駄な動きも無く最大限のエネルギーを注ぎ込まれた一撃は、男の胴体を2つに切り分けた。
男の身体は燃え上がり灰となる。
風は落ち着きその灰は地面に山のように積もった。
「リヌ様。まだですよ。」
男を倒したと思ったリヌイがほっと肩を下ろそうとしたら、クロエが結界をもう一度張り直し警戒の表情を見せる。
リヌイが疑問の言葉を言おうとした瞬間、燃え尽きた灰から金髪の男がその髪を金色に輝かせ、更に大きな一対の金翼を背中に生やして蘇った。
「こちとら一回死なないと本領発揮できないんス、でも始剣解放すらしてないのにあそこまで強いとなるとまともに相手してたら勝てないんで、また今度っスね。」
逃がさまいとクロエが結界を張るが、男は神気を流用して結界の隙間をギリギリですり抜けていく。
逆に男を追いかけようと走りこんだリヌイが衝突してしまい、心配したクロエが洞窟全体の結界を解いたことにより男は洞窟の外に出てしまった。
「あぁぁ。逃がしちゃった。不死鳥かぁ、あいつ」
リヌイは残念そうに肩を落とすものの、一度全力でぶった切ったからかその顔はすがすがしさまである。
「すみません。結界、解いてしまいました。」
「大丈夫。クロエいないと洞窟を壊さないであのレベルの攻撃できなかったから。逃げたのは仕方ないし帰ろうよ。」
「ありがとうございます、リヌ様。でもリヌ様ならできましたよ。」
そう言われたクロエは謙遜の言葉を口にするが、リヌイは「なわけー」と言って笑っている。
それでもクロエは少しでもリヌイと対等であるためにさらに強くならないといけないと考えていた。
しかし、そんなことを思っているこのクロエという男も対外化け物だった。
リヌイの「赤炎刺突・居合」などリヌイの攻撃は基本的に周りの周辺にも甚大な影響を与えるため、洞窟などの閉所では扱えないのだが、クロエ結界を使って補強することによって戦闘を確立させている。
さらに、急上昇する熱で普通のAランク程度ならば熱失神で倒れてしまうのだが、長年にわたりリヌイの炎を浴び続けたクロエは熱耐性を獲得しており、リヌイの炎を浴びても横火程度なら気にならないほど強かった。
そんなクロエだからこそ、洞窟に一切の被害を出さずにリヌイの任務をしっかりと補佐し、洞窟の外にも影響は与えなかった。
因みに男が不死鳥だったために取り逃がしただけで済んだが、そうじゃなかった場合リヌイが一撃で殺してしまっているのでどちらかというと反省しなければいけないのはリヌイの方だった。
二人は洞窟の外に出ると、近くの丘で食事を取ることにした。
クロエが作った食事を美味しそうに頬張るリヌイを見てクロエは満足そうに微笑んでいる。
そして、一足早く食事を済ましたクロエはアナスタシアに提出する為の書類を書き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
時は少し遡り、リヌイが起きてきて食堂に降りてくる前のこと。
晴れてDランク冒険者となった朔は命やルシアにも何をするか内緒で、命と再開した魔境にきていた。
異世界転移した当初は訳の分からない森林だったが、数ヶ月異世界で過ごしていると段々と魔境にも慣れてきて一人でも入れるようになった。
そして朔は森を探索するのが日常になっていた。
朔は目印をつけた木を探しながら森を抜けて歩くと、一つの大岩の前で立ち止まった。
大岩に近づき自身の術式である「エネルギア」を発動させると大岩にかかる重力を減少させる。
そして素手で数十トンはあるであろう大岩を軽々と横にずらした。
大岩をずらした先にあったのは自然にできたのであろう岩のトンネルだった。
そのトンネルを抜けると周が岩で囲まれ上がぽっかりと空いたギャップがあって、そこは日中に日が差し込むようになっている。
朔はこの場所が気に入り、私物などを置いて自分の秘密基地のようにして扱っていた。
そこには朔が中古品で買った棚や机が並べられており、天井はクロエからもらった結界で雨が入らないように工夫が凝らしてある。棚や机の上には試薬がありマルティネス邸ではできないような実験などもできるようになっていた。
朔は置いてある背もたれ付きの椅子にリラックスしながら座ると、両手を開きエネルギアを発動させた。
爆神剣を扱う不死鳥の男
名前は「ケフィ・アフタルシア」
語尾が独特で相手を舐めたような特徴的な話し方をする若い男。
その場をノリで過ごすことが多く、高い実力からか傲慢な態度も多い。
自身の興味関心のない物に一切の意識を割くことをせず、息をするのと同じように殺していまう残忍な性格。所持する神剣である「爆神剣・ファイアワーク」は命を削るが不死鳥であるためあまり効果は無く、無制限で神剣を使えるというかなり非常識な性能をしている。
数少ない不死鳥の一族であるため、あまり性質は知られていない。




