23話 氷山の魔物
「あ!そうだアルデのおじいちゃん。3人の内2人は異世界人だから。」
渡されたばかりの教員免許を装備のポケットにしまったリヌイが言う。
アルデリウスはそう言われて慌てて入学願書を確認した。
「これはまた、異世界の少年少女に戦場の狼姫か今年は色物が出そろったの。」
アルデリウスは書類から顔を上げてリヌイの目を見つめる。
話が終わったと思っていたリヌイがもう出て行っていいかと尋ねると、アルデリウスはその質問には答えずに「そなたは母親にそっくりな目をしておるな。」といった。
「さ、もうそろそろ帰らないといけないであろう。玄関まで送っていくからの。」
突然母親のことを言われて固まるリヌイの横をアルデリウスは通り過ぎ、学園長室のドアを開けた。
ドアを開けると少し冷たい風が流れ込んでくる。
リヌイはアルデリウスから言われた言葉の意味を考えるのをやめてドアの方へと向かった。
外では生徒会長であるアリスタが待機していた。
流れ込んできた冷たい風はアリスタから出ていたようで、アリスタの頭にある角に霜が降りていた。
リヌイが驚いたように「わ、涼し。」と呟くと、アリスタはパッと顔を赤くして「すみません、1時間に一度放冷してしまう体質で....」と恥ずかしそうに自身の首根っこを触った。
こうしてマルティネス一同がほのぼのとした学園準備をしている時、浅久良 南雲と全身包帯の2人は雪山で遭難していた。
「ちょっとーなんでこっちの道にしたんですか!!結局遭難してしまったじゃないですか!」
「うるさいなぁ、とりあえず頂上目指せばどうにかなるだろ。」
「頂上って!!馬鹿なんですかぁ、雲の上ですよ?!」
猛吹雪で視界が閉ざされる中、浅久良が持っているライト一つを頼りにして2人は頂上を目指している。
浅久良は雪山の麓の村で買った裏毛のコートに身を包んでおり、全身包帯はいつもより厚く包帯を巻いているように見える。
冷たい空気を閉じ込めながら柔らかく積もった雪は、浅久良たちの足を飲み込み足取りを遅くする。
やっとの思いで半分の二千メートル地点まで登り切っていたが、余りにも激しい吹雪で浅久良たちの体力は限界に近かった。
浅久良たちがそこまでしてエルンテルへ急ぐのには理由がある。
それは真脈と呼ばれる魔力の川にあった。
真脈は半月周期で弱くなったり強くなったりする。
古来から大きな町を作る際は真脈が通る場所に町を作るのだが、浅久良の水銀計画はその真脈に流れる魔力も利用していた。さらに浅久良自身も真脈の魔力に干渉して力を使うことができる。だからこそ真脈が一番強くなる時を狙って町を襲撃しないといけなかった。
浅久良の真脈を感じ取り干渉できる魔力の性質はこんな雪山でも役に立っていた。
視界が見えない状況でも真脈を感じ取れば大きな魔力の流れが見えてくる。
浅久良は真脈の流れの揺らぎを見ながら雪の中を進んでいった。
「この先に洞窟がある。いったんそこで休もう。」
浅久良が洞窟を見つけたことを言うと、背の小さな浅久良を風よけにしていた全身包帯がぬるりと前に出てくる。そして全身包帯は分散転移で雪を転移させて道を切り開いた。
浅久良は少し不満そうに「初めから使っとけよ。」と言って全身包帯の後ろを歩るく。
「こう見えて、自分が触れているもの以外で広い範囲を転移させるのは大変なんですよ。」
そういいながらも表情の見えない包帯の上からでもわかるような顔で笑った。
何とか全身包帯が雪を全て転移させて洞窟への道が綺麗に作られる。
だが、後からその道を浅久良が通って洞窟へ入る頃には雪が積もって道が消えていた。
洞窟。そう言ってもそこまで大きい洞窟ではない。
灯りを照らせば奥まで見えるような浅い洞窟だ。
浅久良はライトに込められた魔力を消耗しないためにカバンから松明を取り出して火をつけた。
松脂の独特な匂いが辺りを覆いつくす、そして寒かった洞窟が段々と暖かくなった。
「あ、こんなところに死体と木がありますよ!腐ってなければこれを燃やして食べましょうよ!」
「おい、ちょっと待て。それは死体じゃ.....」
冬の洞窟では気を付けなければならない存在が潜んでいることがある。
それは冬眠中の生き物だ。そしてこの世界で冬眠できるような生き物は決まって強い。
暖かくなった外気と松明の匂い、そして浅久良の静止で止められなかった全身包帯が冬眠中の生き物を覚醒させてしまった。
ゆっくりと起き上がった生き物に全身包帯が殴り飛ばされる。
洞窟の外まで飛ばされそうになった全身包帯は、浅久良の「世界ヲ分ケル者」によって受け止められた。
「だから待てって言ったじゃんか。ここは真脈の流れが強い。僕も全力を出せる。」
浅久良は松明を木の上に投げる。
油分を多く含んでいる雪山の乾燥した木はすぐに炎を受け取って燃え始めた。
急に大きくなった火に生き物の全身が照らされて、全体像があらわとなる。
その姿は浅久良の5倍はあるであろう巨大な熊だった。
せっかくの冬眠を邪魔された怒りと、ねぐらを荒らされた鬱陶しさから熊は牙をむき出しにしてうなっている。
「ど、どどどど、どうします?これ。確実にAランク以上はありますよ。」
「あ、あぁ。今日のご販はどっちになるだろうね。」
浅久良と全身包帯の二人は一歩後ずさる。
その瞬間2人がいた足元はクマによって大きくえぐられていた。
えぐられた石や砂が2人に降りかかるが、「世界ヲ分ケル者」によって止められる。
止められた礫は世界の境界を伝って地面に落ちた。
「認識阻害。」
浅久良が一つのスキルを発動させる。
そのスキルは商業街ダールデンの郊外にて襲ってきたエルメスギルドの追手の物だった。
突然、浅久良の気配がその場から消えた。
大熊は驚き辺りを見回す。
だが、魔力感知を持たない大熊には浅久良の気配を察することは不可能だった。
それでも熊の前には全身が包帯でくるまれたもう一匹のエサがいる。
熊はいなくなったように感じる浅久良のことは忘れて目の前のエサをどうやって食い殺そうかと、狙いを定めた。
熊の大きな体に対して小さな目が全身包帯に焦点を合わせられる。
大熊はじっと全身包帯を見つめながら真上の大きな掌を振り下ろした。
勢い良く振り下ろされた掌が地面の砂を分けてさらにその下の岩を砕く。
全身包帯はそんな破壊をもたらす手の上に立っていた。
「危ないですね。まぁ当たればですけど。」
分散転移は自分と自身が触れているものを転移させることができる。
その際転移には僅かなタイムラグが発生する。
全身包帯はそのラグを利用していた。
上手くタイミングを合わせて同じ場所で転移をすれば敵の攻撃をすり抜けられる。
だから全身包帯は大熊が腕を振り下ろすタイミングに合わせて同じ場所に転移し、攻撃をすり抜け大熊の掌の上に立っていた。
再び全身包帯を薙ぎ払おうと大熊が腕を振り上げる。
だが腕は大きくはじかれ大熊の腹部が少しめり込み、大熊驚いて後退した。
全身包帯が何かしたわけではない。
正体は認識阻害によって透明人間となった浅久良だった。
浅久良の攻撃力では大熊の分厚い筋肉にダメージを与えることはできない。
それでも嫌がらせはできる。
全身包帯が転移をしながら相手をおちょくり、浅久良が意識外からの攻撃をする。
大熊は捕まえられない獲物とたまにくるかゆいぐらいの攻撃によって段々を苛立ちを募らせていった。
いくら経っても大熊は浅久良達を捕まえることはできない。
そして浅久良たちも格上の猛獣である大熊にダメージを与えることはできない。
そんな泥試合は突如として終わりを迎えた。
それは全身包帯の魔力切れ。
全身包帯が3桁に届こうかとする転移をしようとした瞬間、体内に秘めていた魔力が底をつき大熊の薙ぎ払う手が全身包帯の胴をしっかりと捉える。
全身包帯の身体は宙へと投げ飛ばされ、洞窟の奥の天井にぶつかって地面へと落ちた。崩れ落ちた全身包帯のフードからは血がにじんでいる包帯が見える。
浅久良は慌てて洞窟の奥まで戻って、認識阻害を解いた。
やっと見えるようになった浅久良をみて大熊は歓喜した様子で大きな雄叫びを上げる。
魔力を含んでいる雄叫びは衝撃となり洞窟内を揺らした。
度重なる洞窟への攻撃と今の雄叫びによって洞窟の出入り口が壊れてしまい塞がれる。
大熊はもう逃げることができない獲物を見て、やっと食事にありつけると感じ安堵した。
そう。大熊は安堵してしまった。
パチパチと音を立てて燃える木が崩れ、さらに大きな炎となる。
光で照らされた浅久良の顔はニヤリと笑っていた。
大熊の動きがピタリと止まる。大熊は浅久良という獲物に対してやっと食べれるという安心感を抱いてしまった。
浅久良の狙いはそこだった。
ずっと逃げ続け食べれないところに、動けなくなった2人が洞窟の最奥で倒れる。その時の大熊の食べれるという安心感が浅久良の「世界ヲ分ケル者」の所有化のルールに適応されるかどうかをかけたのだ。
結果は大成功。浅久良の物となった大熊は意識を殺されてただの肉塊へと変った。
「ふー危ない危ない。ギリギリでしたね。」
「ここが真脈じゃなかったら支配できなかったな。まじで気を付けてよ。」
「へへ。すみません南雲さん。」
崩れ落ちた途端にポーションを飲んで回復していた全身包帯がむくりと起き上がる。
全身包帯は実際は完全に魔力を切らしたのではなく、一定の量を残してわざと攻撃を受けていた。
それもすべて浅久良の思惑通り。
2人は大熊の遺体を外に持ち出して血抜きをする。
死にたてほやほやの温かい血が真っ白な雪を僅かに溶かすがすぐに凍ってしまった。
それから部位ごとに遺体を切り分け収納袋に切り分けていく。
気付けば全身包帯の包帯は血で真っ赤に染まっており、浅久良はそれを見て笑っていた。
この熊肉だけで一ヶ月は肉に困ることは無い。
2人は熊肉を焚き火で焼き上げ塩をかけてほおばった。
冬眠をするために大きく太っていた大熊の肉には脂肪がいっぱい付いており、牛肉に近い食感と高級なうまみは疲れたら2人の身体に染み渡った。
出口が塞がれ、換気程度の風しか入ってこない洞窟は暖かく寝るのには丁度いい温度である。
久しぶりにお腹いっぱい食べることができて尚且つ身の安全も確保できた2人はぐっすりとその夜を寝ることができた。
後日、出口を開けるために全身包帯が「分散転移」でこじ開けて洞窟全部を破壊してしまうのだが、それはまた別のお話である。
浅久良と真脈
真脈とは世界に流れる魔力の流れのようなもので。周期的に弱くなったり強まったりする。そして真脈は大きな流れから細分化して世界を覆う事で世界の隅々まで魔力をいきわたらせているがその流れの大本は魔境と呼ばれる魔力溜まりからである。基本的に街は街を覆う結界を維持するために真脈が通っている部分に街を作る。その際は浅久良のように真脈を感じ取れる人が必要不可欠である。魔力の性質は人のよって様々だが、浅久良はたまたま真脈を感じ取り真脈から力を受け取れる魔力の性質を持っていた。だからこそ「世界ヲ分ケル者」という規格外のスキルを長時間発動する事が出来ている。




